カテゴリー「宗教関連」の20件の記事

2009年11月 8日 (日)

聖書の改ざん、誤謬説、サタニストがつくり上げたペテン説を斬る

今回は聖書にまつわる事を書いてみたいと思います。要するに、巷言われている「改ざんされている」であるとか、ユダヤ=カバリストがでっち上げた作り話の偽書とかいう話です。ひどいのは「悪魔教徒のペテン」であるとか・・・

以下私の見解。ちなみに私は、口語訳を愛用してます。

また、聖書を信じない人は怒り心頭に達する人もいるかもしれないのでスルーして下さってけっこうです(-_-;)・・・それでは行ってみましょう。

確かに、翻訳の時点で誤訳などがあったかもしれない。

また聖書の訳は、新しくなればなるほど、意図的に訳が捻じ曲げられているという話も知っている。

NIV聖書では単語の削除、意図的な曲解がなされているとも聞く。

>NIV訳を始めとする最近の英語訳聖書には勝手に削除されたことば、恣意的な翻訳がまかり通っている。驚くなかれ、NIV訳においては5万語以上の聖書の単語が削除された!!

http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5614/index.html

No 25 より

また私は詳しくは知りませんが、「新共同約」の聖書訳は問題が多いとも聞いてます。

じゃあ、聖書は信用ならんのか?と問われるならば、答えは「否!」

確かに聖書はすべてを語っているわけではなく、隠されていることもあるゆえ、わからない箇所も多い。すべて解明しようと思えば発狂することだろう。

だからといって、我々人間にわからないから改ざんされていると言うのは説得力がない。歴史書の記述や有名な学者先生が書いた著書と聖書の記述がバッティングした場合、どちらをとるかといわれれば、私は聖書をとる。

たとえ100歩譲って、改ざん箇所があるにせよ、私には聖書以上に信頼できる書物は、世界広しといえどないと考えるし、聖書以上の絶対基準、羅針盤はないと思っている。

「人間の良心、自分の内なる声に聞け」という人もいるが、そもそも人間の良心など、ある程度は参考になるが、どうしても自分に甘くなるゆえ、アテになどならない。人によって千差万別で、そこに絶対基準を見出すことなど出来ないだろう。

よって、主イエスから直接、日本語で誰にでもわかるように教えてもらうわけにはいかない以上、私は聖書を絶対基準に、最終判断のリーザル=ウエポンにしている。もちろん、至らぬゆえの解釈の間違いはあるだろうし、その時は、間違いは間違いとして謙虚に認めようと思う。

また、このような事を書くとおもしろくない人もいることだろうが、信仰、聖霊の助けがないと、聖書を知っているというだけで、単なる知識で終わってしまう。宗教学者などがこの部類に当てはまるだろう。学問としてしか捉えることが出来ないところに限界がある。よって、正しい解釈など出来るわけがない。

。。。。。。。とまあ~、ここまでは私個人としてのオリジナル。ちょっと説得力に欠けるなあ~、インパクトが弱いなあ~ ーー;

と感じるので、最後に、とある牧師先生の書いた論評を転載します。

これぞまさしく、神の知恵、最終兵器です!

私は「蛇に睨まれたかえる」のごとく、まったく反論できなかった(-_-;)・・・というか反論する必要ないのだが(^^ゞ

転載開始~

聖書の改ざん説を嗤う

最近、ある人々が「聖書は改ざんされている」と、あたかも真実のように言っている。では伺うが、聖書のどの書のどこからどこまでが改ざんされたのか。それを正確に言っていただきたい。聖書66巻のどの書か。そのうちのどこがどう改ざんされたのか。

そういう人々は何回聖書を読んだのだろうか。私は50回以上聖書を通読したが、どこにもそのような痕跡を発見することは出来ない。聖書は非常に厳密な構成で成り立っている。どこかを直せば必ず矛盾が起るはずである。しかし、どこを読んでもそのような矛盾は発見できない。何事であれ、あいまいに、適当に、総括的に「何々だ」と、何の根拠も示さないで、あたかも真実のごとく吹聴するのは止めないか。そういうのを愚かしい迷信というのだ。大切な事を言うなら、どんな反論にも耐えうる根拠を明示せよ。

おそらく、今言われている改竄説は、デイビッド=アイクの書いたものが元になっているのだろうが、彼は元々オッチョコチョイのオカルティストで厳密な研究から出たことではない。

聖書は2000年間、攻撃され続けた書物である。批判、揶揄、騙し、時には軍隊が動員され、焚書され、所持したり、翻訳しただけで殺された。チェコ語に翻訳したヨハン=フスは生きながらに火刑に処せられた。しかし、それらのすべてを聖書は跳ね返してきた。

聖書の正確さと真実さについては古来、専門家による数え切れない論争と、厳密な審査が繰り返されてきた。それらのすべてについて調べたのか。改竄説者はそれらすべてを簡単に否定しきることが出来るほど自信をお持ちなのだろうか。

聖書の真実のためなら命を掛ける人は世界に数億人はいる。私は額に銃口を押し付けられても聖書の真実性と、正確性を信じ続ける。火で焼かれても信じ続ける。聖書の改竄について語るなら命がけで言うべきである。もしそうでないなら軽はずみに「改竄されている」などというべきではない。信仰とは命がけのものである。それだけの価値のあるものなのだ。命を掛ける価値のない信仰なら、信じる価値はないのだ。

転載終了~

絶句! m(__)m

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2009年8月30日 (日)

キリスト教を理解するにあたっての基本

まずは、内実様、バルナさん、前回のエントリーでの冷静沈着なるコメント、やりとり、ありがとうございました。私は途中で臨界点を超えてキレてしまいましたが、ある程度?平和な形で終わらせましょう?

ここのところ、書かねばならないエントリーが与えられます。

またまたいつもながら前もって断ってから書きましょうか。

何を信じるか信じないかは各々自由であって、そこに強制、脅迫、おしつけがあってはならない。あくまでも個人の自由意志。

従うのも自由、従わないのも自由・・・ということを前提にお読みください。

いやはや、論点のレベルが高くて、ついていけなくなりつつあります(涙;)

意外にも?キリスト者、陰謀論者?だけじゃなくて、様々な信仰を持った方々(スピリチャル系を含む)が、読んでいるようだ・・・ということがわかりましたので。

ここで、我々キリスト者の信仰の立場を、僭越ながら、チョコッと私から。

私は一発で気に入って、「納得!こんな真理今まで生きていて、聞いたことがなかった!!」となり、キリストを信じたわけなのですけどね・・・

気に入らない方は、ネガティブ=コメント入れないで、他のブログへとジャンプしてくださいね(笑)

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キリスト教の根本は、人間に対する徹底的な絶望から始まるのである。日本においては、なぜかキリスト教が、愛と善に満ちた人間の宗教と言う視点におかれてしまった。

確かにキリスト者はそれを目標としている。しかし、そのためには人間の中にそのような資質はまったく期待できないのだという確認から始まらなければならないのである。

聖書は人間がまったく罪に満ち、自分の努力では、いかようにも救われないと言っている。それが旧約聖書の中身である。

それに対して、新約聖書は、だから神が人となって救いに来たのだというのである。

(悪魔最後の陰謀ー小石泉著

  第10章ーシオンの議定書はいかに読むべきか~154Pより

   1993年6月第一版~第一企画出版~現在は廃版です)

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要するに旧約聖書を診断書とするならば、新約聖書は処方箋と考えるとわかり易いでしょう。

かく言う私も、だいぶ人間丸くなりましたが、昔からの読者であればご存知でしょう(-_-;)・・・

キリスト者になってからも、ギリギリまでは忍耐しますが、限界を超えるとキレます。おわかりでしょう、私みたいなタイプは例外なのかもしれませんが、どう努力しても、罪から離れられないのです。いくらがんばっても清くなれない・・・

そのためのキリストの贖いの十字架なのです。

そして、人間には、一度だけ死ぬことと、死んだ後裁きを受けることと定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。

ヘブル書9:27~28

そうです・・・キリストの十字架は一度だけ。完全であって、付け加えるものはなにもありません・・・

よって、我々のこの世における生涯も一度だけで充分です。

そして、そう遠くないうちに・・・再び「メシヤとして、王の王として」来られると、私は信じます。

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2009年8月27日 (木)

キリスト者として、輪廻転生について考える

はじめに断っておきますが、生まれ変わりを信じる信じないは自由です。強制、押し付けは一切いたしません。あくまでも自由意志で。

しかし、キリスト者を自称する者が信じるのは、いかがなものでしょうか?

ええ~、火に油を注ぐ結果になるかもしれません・・・自分自身、本調子でないのに、こんなこと書いてブログが炎上するかもしれませんが、ハッキリしなければならないことですし、どうもスッキリ、もやもやが晴れない・・・背中を押される気がするので、この際私の考えを書いておきましょう。

生まれ変わり、カルマというのは、そもそもヒンズー教の教えです。キリスト教とは対極のはず。

参照 ↓

http://kirisutoinochi.seesaa.net/article/126035398.html

生まれ変わりという洗脳:苫米地英人著「洗脳」より

常連コメンテイターである、モトイさんのブログより抜粋させていただきます。

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引用開始~

インドの社会的な洗脳であるカースト制度はいまも働いています。苫米地氏によるとカーストの低い階級の人々は貧困の中にあえいでいるそうです。しかしこのカルマの思想のおかげで、社会的な慈善活動が受け入れられないそうです。彼らにとって現世で苦しむことは来世での良いステージを約束するので、慈善活動は全く以って大きなお世話なのだそうです。

不思議なことですが、このようなインドのヒンズー教的な社会洗脳に疑問を持った人物がゴーダマ・シッダールタ(釈迦)のはずでした。しかし日本の仏教は釈迦の否定した生まれ変わりもカルマもすべて受け入れてしまっています。

引用終了~

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私が生まれ変わり(リーインカーネーション)を肯定するクリスチャン(ごく少数派だと思いますが?)に、一つ聞きたいことがあります。

うまく回答をごまかされてしまいましたが。

もっとも基本であり、大切である「キリストによる救い」をどう理解しているのでしょうか?

わかり易いように具体例を提示します。

救いに与かり、御国の住人になったとします。

仮に10回生まれ変わったとしましょう。ということは、10の人格が存在するわけですよね?そのうちの誰として御国の住人となるのでしょうか?おそらく10人で、我先にと争うことでしょう。その他の9人の人格は消滅するのでしょうか?

はたまた、10人が全員クリスチャンなわけでしょうか?クリスチャンである人物だけが住人となるのでしょうか?何人か救われない人格者も存在するというのでしょうか?それとも一人救われていれば、その遡及効果は全員に及ぶとでも言うのでしょうか?

または一人の人物の中に、10の人格が存在するのでしょうか?いわゆる多重人格です。

そんなバカな?まるでどこかのカルト宗教ではないですか。

このように「救いと輪廻転生」に関しては、矛盾だらけで、ツッコミどころ満載なわけですよ。

自分は自分だけ唯一人でいいではないですか。

こんなことくらい、聖書学者でもなければ、教師でもない一平信徒の私でさえ理解できます。

そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。

ヘブル書9:27~28

ヘブル書には、人間は一度死ぬと書いてあります。どう解釈すると二回も三回も死ぬのでしょうか?

神の主権を否定することにはなりませんか?

そしてバプテスマのヨハネは、エリヤの生まれ変わりだという方がそれなりにいます。

私、口語訳聖書を使ってますが、

そして、もしあなたがたが受けいれることを望めば、この人こそは、きたるべきエリヤなのである。

マタイ 11: 14

弟子たちはイエスにお尋ねして言った、「いったい、律法学者たちは、なぜ、エリヤが先に来るはずだと言っているのですか」。

答えて言われた、「確かに、エリヤがきて、万事を元どおりに改めるであろう。

しかし、あなたがたに言っておく。エリヤはすでにきたのだ。しかし人々は彼を認めず、自分かってに彼をあしらった。人の子もまた、そのように彼らから苦しみを受けることになろう」。

そのとき、弟子たちは、イエスがバプテスマのヨハネのことを言われたのだと悟った。

マタイ 17:10~13

輪廻転生肯定論者にとっては、文字通りそのように取りたくなるのもわかりますが、「エリヤが生まれ変わった」などとはどこにも書いてありません。

聖書解釈には、たとえ、比喩というのもありますのでお忘れなく。

類推解釈または拡大解釈です。

よって輪廻転生がないのであれば、前世の罪とカルマという概念も、関係ないと考えますが。

蛇足ですが;

神奈川県の厚木、相模原界隈にそのような事を公然と説く教会があるとは聞いております・・・

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2008年12月25日 (木)

聖書~ある一考察

こんばんは、ザアカイです。今日は25日、今年も残すところあとわずかです。今回のエントリーを入れてあと二つくらいアップできるでしょうか?アベレージ月8本くらいのペースですね。ここのところちょこっと?調子が出てきました。帳尻は月末までに合うようです(笑)。

激動の一年でしたが、今年はプロローグ、終末への導入期で終わりそうですね。なんでもインドとパキスタンがきな臭そうですが、今年は新自由主義の終焉の年であったなと感じます。あらゆる面で、来年は大変な年になりそうです・・・憂鬱です(-_-;)・・・

前置きが長くなりましたが、本題。

今回はコラム的記事になりますが、テーマは

「聖書はすべてを語ってはいない。まだまだ隠されている真理がある。我々では知る必要のない(わからなくていい)、神のお考えがあるのであろう。しかしながら、救いに関しては必要十分である。」

と結論からトップ=ヘビーでいきます。

以下のことを念頭においてから読んでいただきたいと思います。

○ 誤解しないでいただきたいのは、聖書を否定するものではない。歴史書、考古学文書、文献の類、研究者、学者先生の解説書、極端な場合、「死海文書」、「イエスの墓」、「ユダの福音書」、「ダ=ビンチ=コード」などとバッティングするような時・・・私は聖書を取ります。

○ 歴史とともに、特に新しくなるほど誤訳なども増えているようです。極端な場合、意図的改ざん、み言葉の削除などもあるでしょう(エレミヤさんが精力的に研究をやっているようです)。

○ 聖書記述に矛盾を感じる箇所も多々あるが、これは聖書がすべてを語ってないからであり、聖書の権威を否定し、偽りの書であるということではない。ただ、それをいい事に、偽りの教師などが惑わし、洗脳を目的にするリスクもあるから、バランスが大事である。

○ 真実は来るべき御国で、主イエスにお会いする時はじめて、間違いを含めて明らかになるであろう。直接教えてもらっているわけではないのだから。だから必要以上に、自分の信仰が正しいのだとうぬぼれ、他人を裁くべきではない。「すべては仮説である」くらい慎重でいいのかもしれない。もちろん、“贖い、復活、再臨”、“来るべきメシヤはキリストであり、唯一の救い主である”などの根幹部分は別。これまで確信を持てないようでは、キリスト教でなくなってしまう。

ということで「総論」終わり。

次、「各論」として、具体的事例をいくつか見て行きましょう。このほかにもたくさんあると思います。

特に創世記は謎が多いです。

人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。そのころ、またその後にも、地にネピリムがいた。これは神の子たちが人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。

創世記 6:1~4

「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。しかし、ノアは主の前に恵みを得た。

創世記 6:7~8

ここは、聖書学者、牧師先生の苦肉の策=「聖絶」にも関する所です。納得できる解釈を出来る人を私は一人も知りません・・・が、私が一番納得できるある牧師先生の説明はこうです。

神の子(ヨブ記にも出て来ます)というのは、いわゆるルシファーが天界を追われたとき、引き連れていった1/3の堕落天使のことで、生まれたのは、デーモンと人間とのハーフであるという。いわゆるハイブリットというヤツです。そこからネピリムが生まれたと。この現象は現代でもあるという。ロスチャイルドやイギリス王室などはそうであるらしい?天使に性別はないらしいのですが、物質世界では男でも女でも双方の姿をとることが可能らしい・・・もちろん、聖書にそのような説明など書いてません・・・

そんなこんなで(これは、我々が考えている以上に重要なようだ)が乱れたので、神は人類を滅ぼそうとされたのだと。ノアとその家族だけは、純血種=人間であったと。パウロはローマ書で「義人は一人もいない」といっていることから、そういう解釈は可能である。

その後、神はイスラエル民族を用いて、カナンの地のハイブリットを「一人も残してはならない」と絶滅を計画したのだというものです・・・

もちろん、これが正しいとは限らないし、異端の烙印を押されることでしょう。そんなこと聖書には書いてないです。それでもこの解説が一番、私は納得できます。またノアの洪水ですが、中東の地限定だったのでしょうか?全地球規模だったのでしょうか?聖書には書いてません。また洪水以後も、ゴリアテなど、ハイブリットは存在してます。なんでよ?洪水で聖絶したはずなのに・・・ということは、洪水は中東地区限定なのか?それとも箱舟にうまく紛れ込んだか?ハムとカナンに憑依したのだろうか?謎です・・・

世間一般の常識から言えば、「狂人の戯言」として病院送りでしょう・・・

次行きましょう。

主はカインに言われた、「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。カインは主の前を去って、エデンの東、ノドの地に住んだ。 カインはその妻を知った。彼女はみごもってエノクを産んだ。カインは町を建て、その町の名をその子の名にしたがって、エノクと名づけた。

創世記 4:15~17

確か神は、地の塵からアダムを造り、人類史上初?のオペを行って、あばら骨からイブを造って、人類初の夫婦・・・と私は理解してますが・・・

上記の聖書箇所は、カインが弟アベルをこれまた人類史上初の?尊属殺を犯し 、エデンから追放されるわけですが、ノドの地で、妻を見つけ、町を建てたということになってます。町を建てたということは、結婚したということは、アダム、イブ、カイン以外に人間がいたということです・・・降って湧いたのでしょうか?それとも、アダムの系図以外にも人類を創造したのでしょうか?聖書はアダムからアブラハムの系図の歴史のみ記しているのでしょうか?これまた聖書には書いてません・・・

3つ目。

黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった。

イザヤ 14:12

わたしイエスは、使をつかわして、諸教会のために、これらのことをあなたがたにあかしした。わたしは、ダビデの若枝また子孫であり、輝く明けの明星である」。

黙示 22:16

これはどうにもわからない!イザヤ書の「明けの明星」は明らかにサタン=ルシファーのことだし、黙示録の「明けの明星」はイエス=キリストをさしていると思う・・・

これを持って、キリストの正体はルシファーであるなどと、トンでもない事を言う御仁がいるが、我々世間一般における人間の理解では仕方がない気もする。

それとも、ルシファーが堕落する前は、天使の世界では、ミカエル、ガブリエル以上の天使だったのだろうか?だからたとえとして、同じ明星である?明けの明星でも、黎明の子と輝けるでは違うのだろうか?可能ならば、主イエスご自身に聞いてみたいものだ・・・

最後です。

エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、その上に主の霊がとどまる。これは知恵と悟りの霊、深慮と才能の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。

イザヤ 11:1~2

主イエスは、聖霊によってマリヤに受胎したわけだから、ヨセフのDNAは持ってないわけで、人間的常識で言うならば、ダビデの子孫となるのかな?などと(ーー;)・・・まあ、肉体を仮の宿とするなら、大した問題ではないと思いますが・・・

逆にマリヤのDNAを持つとするなら、人間のDNAを持つわけだから、そこに罪が入ってきて、無原罪ではなくなるし・・・これもまた・・・主ご自身に聞いてみないとわからない・・・わからなくていいのかもしれない・・・

また当たり前のことですが、主にはヤコブ、ユダその他兄弟がいたわけで、彼らまで聖霊によって受胎したとは考えにくい。よって、聖母マリヤが無原罪の永遠の処女で、被昇天したなどと信じるのは・・・無理がある。

そういうわけで、聖書を根つめて解明しようとすると、頭がフリーズし、発狂するから私はやりません・・・

「今はわからなくていい」ということにしております。

~おわり~

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2008年10月24日 (金)

ユダヤ人とは~再考

本日は、その都度触れては来たが、わざわざ取り上げては来なかった・・・わがブログを運営するに当たり、避けては通れない命題・・・ユダヤ人についてエントリー記事として書いてみようと思う。

初めに断っておくが、ユダヤ人が大きく分けて、アブラハムの直系であるスファラディー=ユダヤ(アブラハムとサラの子イサクの子孫であるとする、ちなみに側室であったハガルの子イシュマエルがアラブ人の祖とする)と、アシュケナジー=ユダヤ(コーカサス地方はドン川河口にそのルーツを持つという(今のウクライナのあたり)、8世紀ブラン王の時最盛期を迎えた。カザール王国に端を発する、セム系でないトルコ系民族であるとする)であるとか、今のアングロサクソンが、失われた十部族のうちの、ヨセフの子孫であるとする説(大枠でアメリカがマナセ、イギリスがエフライム)、また日ユ同祖論(ちなみに私の立場はニュートラル、一部日本に来ていたかもしれないし、神輿やワッショイ、義という漢字、平安京(エルシャローム)、三柱鳥居などから、その名残は読み取れるが、だからと言って、日本人がユダヤ人の血を受け継いでいると断定するのは勇み足だとも思える)などの学術的なことには触れない・・・って、しっかり触れていたりして(^_^;)。

その他、母方がユダヤ系であればユダヤ人(レーニン、サルコジなどがこれ、ヒトラー、クリントンなどは父親がそのようだ)だとか、ユダヤ教を信仰していればユダヤ人(カザール人などがこれで、改宗ユダヤ教徒とされる)であるとされているが、最近あまり意味がないような気がしてきた。

ボアズの妻であったルツはモアブ人であり、ダビデ、ソロモン(700人の妻と300人の側室だって!ご苦労さん!!m(__)m!!、いいなあ~(^^ゞ、男のロマン?(笑)と・・・思う反面、体がいくつあっても持たないだろうし、気苦労も多かったんじゃないかな?大奥の世界ですな(ーー;))も異邦人の妻を抱えていた。また、ディアスポラの時、ユダヤ人は東にも移動しただろう、そうでなけりゃ、一体誰が?カザール人にユダヤ教を伝授したのか?おそらく世界中に散ったユダヤ人。かなりの割合で混血している事だろう。

よって私は、色は白いが、全部が全部偽ユダヤ人だとは思わない。逆に、狡猾でずる賢い、ヤコブの劣勢遺伝子をよくも受け継いだものだと感心する(笑)。クリントン時代の財務長官=ルービン、元FRB議長=グリーンスパン、スピルバーグなどがそう。

こんな事を書くと、おそらく私もご多分に漏れず、反ユダヤの陰謀論者だと思われている事だろう。しかし、そうでもない。

私は旧約聖書で活躍したユダヤ人(特にダビデがすきなのですが・・・何故かと言うと、素晴らしい信仰と王としての威厳を持ちながら、適当に失敗し、奢ることなく、涙を流して悔い改め、人間臭くて、女性にだらしない・・・これはどうでも良いのですが^_^;)は大好きだし、あの壮大な物語には圧倒される。ワクワクすらする。それと同時に、旧約聖書はユダヤ人(もちろん人類の縮図)の罪の歴史でもある、決して褒められた記録ではない。そして新約ではペテロ、パウロ、オリジナルのザアカイさん(笑)、個人的にはニコデモやナタナエル(12使徒の一人、バルトロマイだとされる)、ラザロ・・・きりがない。憎む理由などない。

しかしながら、自らの欲望のため進んで、サタンに身を売り、崇め、この世的には何の罪もない善人を不幸に貶める諸悪の根源=エスタブリッシュメントの中心に、ユダヤ国際金融財閥が、地上の神々のごとく君臨しているのも事実だ。これをカバリスティック=ユダヤ、ユダヤ=カバリスト、改革派ユダヤ教徒、フランキスト、ユダヤ=タルムード凶、もしくはカバラ凶などと言う。要するにサタニスト、ユダヤ悪魔教徒である。その根底には、古代イスラエルのバール崇拝があるのだろう。ウォール害にも金の子牛の像があるから。

だから日本人でも善人と悪人がいるように、ユダヤ人にも善人と悪人がいるでいいと思う。どこの国も、どこの民族もそうだが、程度の差はあれ、支配層は反吐が出るようなワルが多いが、一般市民レベルでは、けっこう善人がいるものだ。ユダヤ人だからといってコンプレックスを感じて、媚びへつらう必要などない。

また、「イスラエルのためにはパレスチナ人が殺されるのは仕方がない。どんな事があってもイスラエルを応援しよう!」などという和製シオニストを認めるつもりもない・・・ユダヤ人だったら、何をやっても許されると言うのだろうか?私は絶対にそうは思わない。

モーセの十戒はどう教えているのか?もっとも、バビロニア=タルムードによると「異邦人はゴイム(豚)だから、この限りではない」とあるが。アメリカの福音右派のアホ連中も洗脳されて、「イスラエルの為に~!」などと熱くなって、イラクとフセイン打倒に傾斜したが、その一方で殺されるアラブ人のことなど考えもしない・・・私はこれを絶対に是認しない。

それと参考になるのは、イスラエルには、シオニストのパレスチナ人虐殺を認めない、律法を守る正統派ユダヤ教徒が少数派となったが存在しており、国内で迫害されているということ。彼らは純粋に、メシヤ到来を熱望し、「パレスチナ人を殺すのはやめろ」とシオニストを糾弾している。彼らは敵ではない。このように、ユダヤ人とは何とも複雑怪奇なのである。

最近、誰かがイエス=キリストの福音を伝道したわけでもないのに、「イエス=キリストこそメシヤであった」と、リバイバルが起きているという。神のご計画とは何とも壮大であり、美しい事か。聖書には、ユダヤ人は最後には、イエスをメシヤであると認めるとある。

わたしは言っておく、『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』とおまえたちが言う時までは、今後ふたたび、わたしに会うことはないであろう」。

マタイ 23:39

そしてパウロは、ローマ書の中で語っている。長くなるので一部抜粋するが、特に11章を通読されたい。

兄弟たちよ。あなたがたが知者だと自負することのないために、この奥義を知らないでいてもらいたくない。一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人が全部救われるに至る時までのことであって、こうして、イスラエル人は、すべて救われるであろう。すなわち、次のように書いてある、/「救う者がシオンからきて、/ヤコブから不信心を追い払うであろう。そして、これが、彼らの罪を除き去る時に、/彼らに対して立てるわたしの契約である」。福音について言えば、彼らは、あなたがたのゆえに、神の敵とされているが、選びについて言えば、父祖たちのゆえに、神に愛せられる者である。

ローマ 11:25~28

私もこれは成就すると思う。良くも悪くも、ユダヤ人抜きで、終末は語れないのだ。

神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。

伝道の書 3:11

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2008年7月12日 (土)

私は「ものみの塔」のまわし者ではありません

 想像だにしなかったところからコメがありました(^_^;)。私も1年以上前に書いた記事なので内容をチェックしなおしました。間違ったことは書いてないとは今でも思ってます。

 ただ自己弁護になりますが、森を見て、木を見てなかったという点は否定できません。カトリックの中でも、バチカンに対し疑問を呈している方もいることだし、ジュセリーノに対し、毅然とした態度で「あなたは偽善者ではないのか?」と迫る神父もいる。カトリックの神父の助けを受けた、プロテスタントの牧師先生もいる。シスターの姿をした天使?(らしい)の導きによってプロテスタントの牧師になられた方もいる・・・

個人的には、ヨハネ=パウロ1世(1世です、アルビノ=ルチアーノ)においては、尊敬の念すらいだいてます。壮絶なる殉教者なはず。マラキ預言も信じております。

そしてかく言う私も、あるカトリックの方から、多大なるアドバイス、情報提供を受けている一人であります・・・

何が言いたいのかというと、世の中もそうですが、信仰の世界も、杓子定規で測ったように、白黒はっきりつけることは、我々人間の理解力では困難であるということです。二年近く続けたブログ活動で分かったことです。100%否定は出来ないということでしょうか?偽善者ぶって人の事をとやかく言える立場ではない・・・ということも自分自身の歩みの中で示されました。

ただ、「マリア崇拝」と「エキュメニズム(教会統一一致運動)」だけは、どう転んでも受け入れることは出来ないとだけ、ここでは書いておこうと思います。それを言ったら、ビリー=グラハムもエキュメニカル賛成で、同罪ですが。たとえ宗派、信仰が違えど、いい所は取り入れ、悪いところは拒否する態度が重要なのでしょうね・・・と偉そうに聞こえたならば、寛大な心でお許しください。

とここまではカトリックに関して。

「ものみの塔」ですが、わがブログを一部しか読んでないようですね(^_^;)・・・我が家にも地域伝道における長老の方が、定期的に訪問に来ます。おもしろがって、教理論争を挑んだのが間違いでした(ーー;)。何度ディベートしても痛み分け・・・それでも来ます(-_-;)。

人間的には温厚でとても「いい人」です。しかし「いい人」と「正しい人」とは違います。エホバの証人でなければいい仲間になれたのに・・・と思うと残念でなりません・・・

 まず私、教祖のチャールズ=ティズ=ラッセルの欺瞞から教えられたので、この時点ですでに勝負ありなのです。あの時代、あの小冊子を発行するのにどれだけの資金を必要としたか・・・巨大な組織の影がちらつきます。あのF=スプリングマイヤー氏が身の危険を覚悟で(実際に今、刑務所の中)書いたレポート。ウソのわけがない。確か彼自身、ものみの塔に一時期いたとか?記憶が定かではないのですが。

 聖書に「血を避けよ」とレビ記なり使徒行伝にありますけど、輸血を拒否して死なせるのが神の御心とも思えないし、イエスの公生涯から察するに、偽善であると思えます。そして144000人が、バブテスマのヨハネ以降の人物云々とか、ものみの塔の長老からとか、聖餐式でぶどうジュースを回すだけ(小ばかにされているということが分からないのだろうか?)、キリストによる救いとなるとうまくごまかすし・・・伝道活動をするのは立派ですが、その行いの実績によって救いに与るなど・・・明らかなるカルトです。「救い」は信仰義認のはず。信仰の土台はキリストですが、その上に建てる家は個人にかかっているわけで・・・強制されるべきものでもないでしょう。信仰に立っておこなって、家を立ち上げればいいわけで。そしてその働きは人それぞれ違うはずだし・・・(マタイ伝、ローマ書参照)

 ただ誤解を恐れずに言うならば、これまたエホバの証人は、誰にでも分かるウソ=100%デタラメというわけでもなく・・・納得できることも言う(-_-;)・・・

だから統一教会、モルモン教会に比べ、一筋縄ではいかないわけなのです。

そうそう忘れてました、明日のための霊的備え~その2

勇敢だったヤマト(と言っても、宇宙戦艦ヤマトですが^_^;)のクルーから学びましょう。友のためならわが命惜しくなどない・・・自己犠牲の精神、無償の愛・・・かっこよかったですね。また、ささきいさおの「真っ赤なスカーフ」がいいですねえ~。

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2007年4月23日 (月)

聖母マリヤとは、一体何者なのか?

またまたカトリック=サイドの憎しみを買ってしまいそうなタイトルです(-_-;)。必要以上にドグマ主義に陥ることはないと思いますが、「まあ細かいことはいいでしょう。」という問題ではないと思いますので、ここではっきりと白黒つけたいと思います。

 自分のことを棚にあげて、あまり人のことをとやかく言うのも問題があるかとも思いますが、知らないで間違っているのと、知っていて間違いを黙認するのとでは、スタンスが違うとも思うので。いわゆる刑法の不作為犯ですね。

 久しぶりにエレミヤさんのメルマガより引用いたします。

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    □□□□□「黙示録を読む」□□□第2662号 (土曜版)
    2007/4/21発行
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■■■黙示録2:20しかし、あなたには非難すべきことがある。あなたは、イゼ
ベルという女をなすがままにさせている。
■■■

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□□□今週のもくじ□□□

◆イゼベルの教え◆ その185

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土曜版では、「◆イゼベルの教え◆ 」として、
カソリック教会の偽りの教理に関して学んでいきましょう。
フリーメーソン、悪魔礼拝者の関与がしきりに
噂されるこの教会の教理にはまさに蛇の偽り、
狡猾そのもののような、巧妙な
偽り、惑わしがはびこっています。


*「救いは恵みによる」と名目上語りながら、
実質は、善行、告白等の行いが必要であるとする「行いによる救い」。

*モーセ10戒のうち、偶像礼拝禁止の箇所を
「改ざん、削除」した偽りの教え。

*「ことばは神である」といわれた神のことば、聖書にも間違いがある、
間違いがないのは法皇だけである(!?)などと
進化論を教える、猿法皇を聖書の上に置く冒涜教理。

等々、この女、イゼベルの偽り惑わしは数えきれません。これらの偽りの
教えを某神学博士の文章から見ていきましょう。

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◆イゼベルの教え◆  その185

(2)エバとしてのマリヤ
 この、マリヤの起源をどこに求めているのでしょうか。教会憲章56、58
には「アダムの娘であるマリヤ」という一文があります。これは、本来のエバ
は神に従う事に失敗した。しかし、「新しいエバ」であるマリヤは神に従順で
あった。従って、マリヤはアダムの娘であり新しいエバなのだというのです。

 アダムの子どもについて、創世記4章1-2節には「カインとアベル」であ
ることが記述されています。しかも、二人は男兄弟です。なぜ、マリヤは「新
しいエバ」であり「アダムの娘」なのか。このように彼れらの主張は、キリス
トとアダムの比較を根拠にします。聖書は、キリストを第二のアダムと理解し
て比較します。そのように、マリヤはエバと比較することが可能であるとしま
す。
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(エレミヤのコメント)
”従って、マリヤはアダムの娘であり新しいエバなのだというのです。”との
ことです。なんでもかんでもこじつけて、マリヤ礼拝を
正当化しますが、しかし、どれもこれも聖書からはかけ離れた
論理
であることを正しく知るべきです。


しかし、ろくに聖書を読まない、
カソリック教徒は、これらのこじつけ教理をやすやすと受け入れ何の疑問も感
じません。彼らがこんなにだまされるその理由は彼らが聖書を読んでいないか
らであることを知るべきです。

聖書を何度も繰り返して読む人はマリヤには聖書的に特別な位置などないこと
を正しく知ります。これは理屈抜きにわかるのです。
しかし、読まない人は比
較のすべがないので、やすやすと
だまされるのです。ろくに聖書を読んでいない、カソリック教徒と議論しても
無意味です。

カソリックの教会では、礼拝ごとに聖書の箇所が印刷されたプリントが渡され
るので、 彼らは自分の聖書を持つ必要もないのです。
しかし、彼らカソリック教徒が聖書を読まない習慣がついているのは、
意図的にそう慣らされているからであり、その理由は
下手に聖書を読まれ、教理のおかしさに気づかれては困る、
そういう思惑があることを知るべきです。


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太字、色文字はザアカイによる。

ー以上引用ー

* 辛辣なコメントです・・・が間違ってはいないと私は思います。

 結論から言うと、私オリジナルの考え、信仰としましては、聖母マリアは、「神の母」であるのは間違いありません。そして重大なる使命、任務を全うしたと思っております。そういう意味では尊敬します。しかし、我々と同じ人間であると。主イエスと同じポジションに置こうとすること自体間違っており、冒涜に当たる。

 今は死んでいる状態であり(ということは、カトリックのマリヤ無原罪論などというのはペテン)、復活を待っている。144,000人の初穂の中には入っているかもしれない。しかし崇拝の対象ではない。マリヤ崇拝は偶像崇拝にあたり罪である。よってマリヤに向かって祈る、ロザリオの祈りも間違い。見事なまでのカトリック=バチカンのマインド=コントロールである。少し考えれば、聖書的ではないことくらいわかると思うのに。ここに宗教の恐ろしさがある。よって、「血の涙を流すマリヤ像」「ファチマ」の予言というのもマリヤの霊からではない。おそらくマリヤの名を語る悪霊でしょう。

 私は、カトリック教会が、シモン=ペテロの名を語る魔術師シモンが立ち上げた教会であるという説というか神の啓示(ウェインランド師)を支持します。そしてローマ帝国のご機嫌をとるために取り入れた女神崇拝であるということも信じております。そして黙示録のバビロンの大淫婦であることも。

 わたしはまた、もう一つの声が天から出るのを聞いた、わたしの民よ。彼女から離れ去って、その罪にあずからないようにし、その災害に巻き込まれないようにせよ。

彼女の罪は積もり積もって天に達しており、神はその不義の行いを覚えておられる~

黙示 18:4~5

 もちろんカトリックの信徒のなかにも、素晴らしい信仰を持った人たちもいるかと思います。ここの箇所はそのような人たちに対する警告のような気がしてなりません・・・

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2007年2月20日 (火)

淫婦バビロン=教会版~統一へと向かう英国教会とバチカン

 終末のサインの一つでしょうか?聖公会とバチカンが接近しております。もともとイギリス国教会は、ヘンリー8世が離婚したいがためにローマ教会から離れただけで、一応プロテスタントに分類されていますが、教理その他、一番カトリックに近いとされています。

 そしてエキュメニカル運動なる単語を聞いたことがあるでしょうか?要するに世界の教会は一つ、それが神の御心であると・・・良いようですが、ここには巧妙な罠があることを知りましょう。そもそもマリア被昇天、マリアに対して祈るロザリオ、主イエスの十字架のあがないを冒涜する煉獄、進化論は科学的だ(だったら人間になったサルが歴史上一匹もいないという事実はどうなるのか?)、ローマ法王は、絶対に間違えない(うそをつくな!うそを!教皇が変わると教理も変わる^_^;、そこに矛盾が生じることは、私のようなバカでもわかる。)、そのことは聖書の権威をないがしろにする。大体カトリックショップで、マリア像の入った仏壇を売ること自体が、冒涜の極致ではないかと・・・ひるがえって、ウェストミンスター大司教ときたら、「イエスの復活など信じられない、あれは願望だ」などと、上位の聖職者がこのようなことを言っていいものか?双方とも根幹部分において、あまりにもひどい。こんなところと合同などできるはずがない。もし私が聖職者だったら、怖くて口に出来ません・・・地獄の業火で未来永劫焼かれるのはノーサンキューですので。

聖書からも終末になると、教会が揺り動かされることがわかります。聖公会とカトリックは一つになるべくしてなる・・・背教の道をまっしぐらといったところでしょうか?

純粋なる末端の信徒の方々へ、悪いことは言いません。もしこのブログを読んでいるのなら、直ちにイゼベルなる女=カトリックから離れることをお勧めします・・・時間が余りありません。裁かれたくないのなら・・・

ちなみに、今のベネディクト16世もしくは、次の最後となる法王かはわかりませんが、信頼できる筋からの情報によると、終末の3年半の大艱難期をローマ法王は生き延びる・ら・し・い・です。そして主イエスの再臨の時に死ぬと・・・おそらく地獄へまっさかさま・・・ひょっとしたら黙示録に出てくる第二の獣がローマ法王?なのかもしれません・・・

それでは阿修羅掲示板の重鎮、バチカン研究の第一人者「バルセロナから愛を込めて」氏からの投稿を引用いたします。

英国教会とカトリックが教皇の下に統一に向かう(英タイムズ紙):エルサレムで会いましょう、ってことか
http://www.asyura2.com/07/cult4/msg/169.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2007 年 2 月 20 日 00:37:03: SO0fHq1bYvRzo

英国教会とカトリックが教皇の下に統一に向かう(英タイムズ紙):エルサレムで会いましょう、ってことか

まあ、いずれこうなることは分かりきっていました。あのオプス・デイが1946年に本拠地をマドリッドからローマに移管して直後に、どこよりも先にロンドンに支部を作った意味がこれではっきりしました。ヘンリー8世以来の英国国教(アングリカン・チャーチ)の歴史もこれで終りでしょう。エルサレムに本部を置く「世界統一神権国家」に一歩近づいた、ってことです。

女房がオプス・デイに近い筋と言われるカトリック信徒であるトニー・ブレアーが(本人もカトリックに鞍替えした、あるいは近い将来鞍替えすると言われている)英国の首相となって、ネオコンと一緒に行動した裏には、単に政治屋どもの動きばかりではなく、こういった坊主どもの働きかけがあったはずです。こういった流れの裏には丸ユ勢力のたくらみが潜んでいることはミエミエです。

その鍵は「第2バチカン公会議」とオプス・デイが握っているでしょう。タイムズ・オンラインの記事をそのまま貼り付けておきますが、その下にタイムズからの参照記事、そして参照すべき阿修羅投稿を掲げておきます。

*************************************

http://www.timesonline.co.uk/tol/comment/faith/article1403702.ece

以上引用ー

Gn0019m2

*最近になって、最後の法王はもしかしたらベネディクト16世で、ローマ人ペテロは法王ではないような気がしてきた・・・カトリック内の、善意の大司教クラスが現れるのかな?などと・・・

 

写真はご存知、ローマ教皇である、ベネディクト16世こと、ヨセフ=ラツィンガー

なんでも青年期にナチス親衛隊組織(正式名称は忘れました)に入隊していた過去があるとか・・・

この写真はまだかわいいのですが、写真によっては、まさしく悪党、西洋やくざの親分で、神の僕というより、かつてのパリサイ派の大祭司、偽善者のような・・・

というわけで、聖書より

 私の兄弟たちよ。あなた方のうち多くの者は、教師にならないがよい。私たち教師が、他の人たちよりも、もっと厳しい裁きを受けることが、よくわかっているからである。 ヤコブ 3;1

 裁きが神の家から始まる時が来た。それが、私たちからまず始められるとしたら、神の福音に従わない人々の行く末は、どんなであろうか。 ペテロ第一 4:17

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2007年2月 9日 (金)

イスラムに対する挑発か?~神殿の丘での思惑

 ザアカイです、久しぶりに記事をアップします。わがブログは、日記というよりも福音&警告&陰謀暴露系ウェッブ=マガジンの形式(基本的なポリシーは、「蛇のように聡く、鳩のように素直なれ」です)を取っているため、ネタ切れ状態でした(^_^;)・・・ここ一週間のあいだ、それだけ表向きは平和だったのでしょうね^_^;。できればそう願いたいのですが、長くは続かないようです。

 さて無視できないニュースが入ってきました。時期が時期だけに(イランという爆弾&ヒズボラとまた小競り合いを始めました)要注意記事です。以下アップします。

イスラエル通路掘削工事でパレスチナ人反発逮捕も

2月9日17時16分配信 毎日新聞

【エルサレム前田英司】エルサレム旧市街で、イスラエルの文化財当局がイスラム教の聖地につながる通路を修復するための掘削工事を始めた。これにパレスチナやイスラム諸国が「聖地の一部が破壊される」と激しく反発。イスラエル警察によると6日の工事開始以降、パレスチナ人ら30人以上が投石などで工事を妨害したとして逮捕された。イスラム教組織は金曜礼拝が行われる9日、現地での抗議行動を呼びかけており、暴動を誘発する恐れがあると緊張が高まっている。
 文化財当局などによると、工事は旧市街南部の糞門(ふんもん)からイスラム教の聖地「ハラム・アッシャリーフ」(ユダヤ名「神殿の丘」)につながる傾斜路を再整備するもの。04年2月の地震と雪害で傾斜路の一部が崩壊し、これまで木製の仮橋を設置して使用していたが、老朽化などで安全性に問題があるとして6日からショベルカーを使って修復工事を始めた。
 現場はユダヤ教徒が祈りをささげる「嘆きの壁」のすぐ脇。イスラム教の預言者ムハンマドが昇天したとされる黄金色の「岩のドーム」や「アルアクサ・モスク」が建ち、イスラム教の聖地とされる高台の下部に当たる。
 文化財当局は「作業は考古学者ら専門家チームの監督下で実施する」と安全性を強調する一方、ワクフと呼ばれるイスラム教の聖地管理組織に「事前に計画を伝えた」と主張。イスラエル首相府も「(工事で)聖地を傷つけることはない」と説明している。しかし、ワクフ側は「(工事に)同意していない」と反発している。
 聖地を巡っては96年9月、イスラエルが「嘆きの壁」の地下にあるトンネルを開通させたことにイスラム教徒側が反発し、イスラエル兵16人、パレスチナ人69人が死亡する事態に発展したことがある。
 イスラエル放送などによると、ヨルダンやサウジアラビア、イランなど周辺イスラム諸国も工事に反発。イスラム原理主義組織イスラム聖戦は8日、工事への抵抗として、ガザ地区からイスラエル領内にミサイルを撃ち込んだ。

以上引用ー

* 岩のドーム、アル=アクサ寺院のある神殿の丘は、ソロモンの第三神殿の建設予定地でもあります。また岩のドームは預言者マホメットが昇天されたとするところ(しかし、マホメットがエルサレムに来たという史実はないと、小石牧師の確か本?で読みました)。神殿再建というこの大事業を、ユダヤ人は決してあきらめてはいないことでしょう。

そして蛇足ながら、岩のドームだかアルアクサ寺院だか忘れましたが、なんと!その真下に「モーセ契約の箱」がある!!という陰謀の匂いがぷんぷんする説を展開するユダヤ=カバリストの犬とも言うべき考古学者が存在します。

神殿の丘はイスラエル政府といえど、そう簡単には手出しできないでしょうが、大イスラエルを成就するための手持ちのカードの一枚、しかもイラン侵略と並ぶ2枚のジョーカー的存在であると私は見ています。

今は事態の推移を見守りましょう。成り行きによっては、ここから導火線に火が点けられるかもしれません。正直言って、こちらのほうがイスラエルにとっては、一石二鳥とも言うべき効率的な戦略なのかなと・・・

 それにしても、どうして血で血を争う流血がなくならないのでしょうか?どうして同じ人類でそこまでして憎みあわなければならないのでしょうか?日本人には理解不能なのでしょうか?神はいつまで沈黙しておられるのでしょうか・・・

 正直言ってもうたくさんです。イラク、パレスチナでは日本では想像もできないほどの人命が、毎日のようにテロ、その他で失われています。

ほんの少しでいい、みんなが他人を思いやり、弱きを助け、愛することができれば・・・やはり人間は罪深い生き物なのでしょうか?

人間は神によらなければ救われないのですね。しかも御子キリストを通して・・・私は、それしかないような気がします。

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ー工事の写真、左奥に見える黄金のドームが、マホメットが昇天されたとされる岩のドームですー

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2007年2月 3日 (土)

聖書預言から見る近未来

 今週の木曜版メルマガ、エレミヤさんの「黙示録を読む」に興味深い近未来予測というか、聖書預言解釈が載っておりました。

 小石牧師の解釈とは反キリストの解釈において違うのですが、方向性、ベクトルは同じであります。おそらくこうなるのか?と思われます。それもひょっとしたら?1~3年以内に起こる可能性があります。

 まずはメルマガをご覧ください。

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    □□□□□「黙示録を読む」□□□第2583号 (木曜版)
    2007/2/1発行
  ==============================================================
■■■ 使徒の働き 20:19 「私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、また<ユ
ダヤ人の陰謀>によりわが身にふりかかる数々の試練の中で、主に仕えました。

■■■

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□□□今週のもくじ□□□
◆湾岸報道に偽りあり◆その51

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みなさん、こんにちは。エレミヤです。
木曜版では木村愛二さんの書かれた「湾岸報道に偽りあり」の連載を始めるこ
とにします。転載歓迎とのことですので、転載させていただきます。
獣の国アメリカのメデイア支配、報道偏向、操作を見ていきたいと思います。


=======================================================================
◆その51
 
 ところが、アメリカ軍の側には、油を流出させる動機が十二分にあった。今
現在、この文章を執筆中にも艦砲射撃で上陸作戦の前段攻撃を続けているが、
海兵隊の上陸の際に油に火を放たれては大変困るのである。だから、事前に爆
撃して流出させるのは、作戦上当然の措置なのだ。問題は環境汚染の罪を負う
ことだけなので、それはイラクのせいにする。これまた、当然の帰結である。

=========================================================================
(エレミヤのコメント)
「それはイラクのせいにする。これまた、当然の帰結である。」とのことです。

自分の行った悪行を他国のせいにして、恥じない、超極悪大国、最悪のならず
者国家、それこそ偽ユダヤの傑作作品、獣大国アメリカの姿なのです。

偽ユダヤの性格そのもの、タルムード精神そのものの嘘と偽善の国なのです。
人類の歴史上、 史上最悪の帝国はアメリカであり、
その国はダニエル書、黙示録によれば、
終末の鍵を握る特筆された極悪大国です。


繰り返しますが、この極悪国家の最大の大嘘が終末の日の復活劇なのです。
この国が復活劇にからんで計画していることは、他国から(多分ロシア)突然
やらせの攻撃を受け
、その際、前から目をつけていた反対分子を皆壊滅させる
こと、 その後、壊滅した国を急速に復活させ、全世界の国を平伏させることです。


その後、アメリカ、獣の国の世界支配は、現実化するのです。その中で、真の
クリスチャンへの迫害、 いわゆる艱難時代が始まります。
それは、以下の様に黙示録13章に明記され
ています。

「黙示録13:3 その頭のうちの一つは打ち殺されたかと思われたが、その致命
的な傷も直ってしまった。そこで、全地は驚いて、その獣に従い、
4 そして、竜を拝んだ。」

この箇所は、嘘つきヨタ話、レフトビハインドのいう反キリストという個人の
復活ではなく、国の復活をさしています。

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おすすめ本:

「ユダヤ人と彼らの嘘」(コピー試作版)マルチン ルーテル 著 
歴史修正研究所出版部刊
1,810円 電話03-3813-7825
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* ザアカイのコメントー

確かに、エゼキエル書、ダニエル書、黙示録等、終末の預言書を読む限り、このようなシナリオが予想され、まずは世界的な大戦争(おそらく第三次世界大戦(米ロ最終戦争)となるだろう、ハルマゲドンではない)が起こり、反キリストの登場となる。

それも、今の世界情勢を分析する限り、明らかに終末に突入しており、時は近いといわざるを得ない。その鍵を握るのが、わがブログでもシリーズ化になってしまったイランではないかと・・・

小石牧師の説はこのことによって、“米ロが壊滅的な打撃を受け、覇権がヨーロッパ、イスラエル、中国へと移り、ヨーロッパから反キリストが出て、エルサレムが世界首都となるのだろう”としているのに対し、エレミヤさんはアメリカという国家による世界征服の完成としております。

黙示録 13:3,4の記述を読む限り、反キリストはアメリカという国家なのかな?という気がしないでもないのですが、

ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である。 黙示 13:18

から、反キリストは一人の政治家、世界政府大統領を立てるという気もします。でないと第二の獣はなんなのだ?ともなるし・・・そうなるとやはり歴史と伝統のヨーロッパからか?新興国家アメリカの名家よりイギリス王室(ウィリアム王子もしくはヘンリー王子?)かユダヤ大王=ロスチャイルド家から・・・という気がしなくもありません。

そして私の持論は、“アメリカとイギリスとイスラエルは一つの国家であり、司令部はロンドン”であります。

“さらば宇宙戦艦ヤマト”を見たことがある人ならばわかると思いますが、敵である彗星帝国・・・帝国を守り、敵を蹴散らす表面を覆う強大な渦の部分がアメリカに相当し、渦で隠されている見えざる都市帝国がイギリスという黒幕であり、そのまた本体である巨大戦艦がイギリス王室かロスチャイルド家であるような気がします。そして世界首都がエルサレムという感じで。いわゆる三重構造なのかな?と。

私レベルでは、はっきりしたことはわかりません。お二人ともご自分の威信をかけて自説を展開しておりますし・・

アメリカという国が反キリストの母体であることは間違いないでしょうし、エジプト→アッシリア→バビロン→ペルシャ→ギリシャ→ローマという歴史上の帝国の末裔であり、史上最後のユダヤ世界帝国の表の顔であるというのは間違いないような気がします(ダニエル書のネブカドネザルが夢で見た像の足の部分に当たります)。

そして大艱難時代→ハルマゲドン→そしてもはやこれまでか・・・という時主イエス=キリストの再臨→千年王国→サタン最後のあがき→最後の審判→新天新地(新しいエルサレム)=御国の成就・・・これがキリスト教のゴールとなるのではないかと・・・

荒唐無稽の与太話と言われても、私は信じます、いや信じたいです。もはや日本を見ても、悪くなることはあれ、良くなることはないでしょう。艱難時代も待っていることだし・・・覚悟だけはしなくてはなりません・・・そしてそのような時の唯一の希望はキリストであると私は何度でも言いたいです。

 そういう意味では、我々はアンラッキーな世代であり、一方で再臨に立ち会えるならば、史上最高のラッキーな世代となるのかなと・・・

主よ来たりませ 

AMEN

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