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なんでも&緊急連絡版

カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の209件の記事

2018年7月13日 (金)

今の時代、この地球上に安全な場所などない・・・

https://jp.sputniknews.com/opinion/201807105099576/

「誰も安全を保障されず」 

あるロシア人女性の目から見た西日本豪雨 「みんながこう言います、岡山は自然の異変が起こらない県だと。でも、今回起こったことの後、誰も安全を保障されていないということが分かるようになりました」。

岡山市に住むロシア人女性のエフゲニア・ペトルセワさんは、スプートニクに対しこのように語った。同市は、西日本を襲った豪雨によって最も大きな被害を受けた地区の一つとなった。 スプートニク日本 エフゲニアさんは、「雨は金曜日(6日)に降り始めましたが、災害の前兆となるものは何もなく、天気予報は台風が近くを通り過ぎるだろうと言っていました。今回起こったことに対して、私たちは準備ができていない状態でした。私たちの地域では、もうかなり以前から、このようなことがなかったからです」と語っている。

台風の危険性について、既に前日には警告が出されるようになっていたにもかかわらず、エフゲニアさんは6日の昼、東京に向け新幹線で出発しようとしていた。「私の列車は昼の3時の予定でした。私は駅に着くとすぐ、何かおかしいと分かりました。列車が全部停まっていたからです。プラットホームにはとても多くの人がいて、みんな切符を返していました。次の列車を待つようにと、私は言われました。

私は駅で夕方の8時までずっと待ち、この時刻に駅から新幹線が発車しました。この新幹線の後にはもう列車はないかもしれないと言われました」。 エフゲニアさんは、東京からは翌日にバスで戻るつもりでいたが、このバスも運行が取り消されたため、旅行を取り止めて岡山に留まることにした。エフゲニアさんの話では、夕方には市内でバスが運行を止め、人々をあちこちに送り届けるためにはタクシーが不足していた。エフゲニアさんは自宅まで、土砂降りの雨の中を徒歩でたどり着かなければならなくなった。

豪雨のピークは、エフゲニアさんが自宅で安全を確保していた深夜に訪れることになった。 災害の結果について、エフゲニアさんは早くも翌朝には気づくことになった。「土曜日に私は店へ出かけて、人々がいくつもの民家から、水をかき出したり荷物を放り出したりしているのを目にしました。全てのものが水浸しになっていたからです。どの店も人でいっぱいでした。みんなが避難に備えて、飲料水や食料を買い占めているところだったのです。コンビニでは土曜日にも、日曜日にも食べ物がありませんでした。この時には何かがもう起こっていたのです。

コンビニに郵便配達の人が何かの郵便物を返しに来た時に、配送が中断していると私は耳にしました。どの交通手段も停止しているので今は何も発送できないと、配達人は言いました。大部分の学校も閉鎖されていました」。 エフゲニアさんの話によると、8日に天気は改善し、市内での生活は復興し始めた。9日には交通機関の運行が事実上完全に再開し、大学での授業も再開した。

「自宅の隣で山崩れが起こりました。大きなものではなく、そして有難いことに、周辺の建物には何も押し寄せてきませんでした。山の隣にある民家数軒が囲われて、人々が避難しました。でも、これについてニュースでは何も伝えていませんでした。このような小さな地滑りはとてもたくさんあったので、いちいち報道するようにはならなかったのだと思います」。

岡山県で最も大きな被害を受けた地区は倉敷市だった。同市は、エフゲニアさんが暮らしている場所から23キロの場所にある。「今回のこと全てが起こった時、私はこれ以上ないショックを受けました。このようなことが自分から遠く離れた場所で起こる時と違って、20キロの所で起こる時には神経質になり始めるものなのです」。

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夏だというのに日本国・・・重い・・・ずっしりとした重石が乗っていて息がつまりそうです。

我々は、「創造主なる神に生かされているに過ぎないのだ・・・」少なくとも間違ってはいないでしょう。

己自身も経験した東日本大震災、熊本大地震、そして今年になってからの大阪北部地震、今回の西日本大豪雨・・・マトモな神経の人なら第三者としても、具合が悪くなり、何かが狂ってきているかもしれない?と考え、胸がチクチクと痛むことだろうと察します。

ハワイ島のキラウェア火山は相変わらず溶岩を垂れ流し、噴火が治まる気配無く、北米では40度を超える熱波でカナダでは30~40人ほど死亡のニュース・・・カナダには冷房など必要ないと私は勝手に思っているところに、こんなのが来たら、体の弱っている人、老人に死亡者が出ても何の不思議もありません。

これも天からの何らかのしるしなのだろうか?

何はともあれ、あのテレビの現地映像はあまりにも残酷で見るに耐えません。現地に行けばあんなものじゃないのでしょう・・・この世をサバイバルすることのなんとも厳しいことか・・・この歳になってつくづく思う、というか、いい時代を生きてきたからそのギャップに耐えられないというのもあるのだろうか・・・

話は中東、イスラエルに跳び、イスラエル北部、ガリラヤ湖周辺で微小地震が頻発していると「オリブ山便り」にありました。そしてイスラエルは、建国以来、今が最高に繁栄を享受していると。この情報はアミール氏と同じ見解、間違いないでしょう。

聖書の第一テサロニケにありましたね。

5:2あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。
5:3人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。
5:4しかし兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。
5:5あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。 5:6だから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして慎んでいよう。

第一テサロニケ 5:2~6

季節的に時が近いのは間違いない・・・イスラエル北部は要注意間違いなし。戦闘は仮に地域戦争に終わることになったとしても、その影響力は全世界へと及ぶこと間違いなし。
しかし、それが1~2ヶ月先なのか?それとも半年?はたまた1~2年先なのか?これがわかれば何の苦労もない、そこまでは、わからんものはわからん。

しかしながら、主を待ち望む以外に希望が見えないのも事実。

1:1いと高き者のもとにある
隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる人は
91:2主に言うであろう、「わが避け所、わが城、
わが信頼しまつるわが神」と。
91:3主はあなたをかりゅうどのわなと、
恐ろしい疫病から助け出されるからである。
91:4主はその羽をもって、あなたをおおわれる。
あなたはその翼の下に避け所を得るであろう。
そのまことは大盾、また小盾である。
91:5あなたは夜の恐ろしい物をも、
昼に飛んでくる矢をも恐れることはない。
91:6また暗やみに歩きまわる疫病をも、
真昼に荒す滅びをも恐れることはない。
91:7たとい千人はあなたのかたわらに倒れ、
万人はあなたの右に倒れても、
その災はあなたに近づくことはない。
91:8あなたはただ、その目をもって見、
悪しき者の報いを見るだけである。
91:9あなたは主を避け所とし、
いと高き者をすまいとしたので、
91:10災はあなたに臨まず、
悩みはあなたの天幕に近づくことはない。
91:11これは主があなたのために天使たちに命じて、
あなたの歩むすべての道で
あなたを守らせられるからである。
91:12彼らはその手で、あなたをささえ、
石に足を打ちつけることのないようにする。
91:13あなたはししと、まむしとを踏み、
若いししと、へびとを足の下に踏みにじるであろう。
91:14彼はわたしを愛して離れないゆえに、
わたしは彼を助けよう。
彼はわが名を知るゆえに、わたしは彼を守る。
91:15彼がわたしを呼ぶとき、わたしは彼に答える。
わたしは彼の悩みのときに、共にいて、
彼を救い、彼に光栄を与えよう。
91:16わたしは長寿をもって彼を満ち足らせ、
わが救を彼に示すであろう。

詩篇 91篇

少なくとも、最悪でも地獄の業火で永遠に焼かれ苦しむことはないでしょうから。

我らを苦難から救い出したまえ、守りたまえ。

主よ、来たりませ、マラナタ。

2018年7月 4日 (水)

十字架信仰という偶像崇拝の罠

1:26兄弟たちよ。あなたがたが召された時のことを考えてみるがよい。人間的には、知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、身分の高い者も多くはいない。
1:27それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、
1:28有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。
1:29それは、どんな人間でも、神のみまえに誇ることがないためである。
1:30あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。
1:31それは、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりである。

第一コリント 1:26~31

21:25また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、
21:26人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。
21:27そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
21:28これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから」。

ルカ 21:25~28

キリスト教の原点、罪の贖い=贖罪=救い=永遠の命=ゾーエーとなるのですが、このギフト、言い換えると神からの一方的な憐れみ、恵み・・・

このことを念頭に始めましょう。

本人の名誉の為、名前は伏せておきますが、無視すればいいのですが、どうしても沈黙を保っていられない・・・

仮説とは断りながらも、これは言葉は悪いですが、私に言わせれば、○カの一つ覚えの何でも十字架、十字架の偶像礼拝信仰。

“イエスの血が罪を贖い、十字架が命を贖った”?は~?

すべての業、救いはイエス=キリスト、ジーザス=クライスト、ヤシュア=ハ=マシヤ、イエースース=フリストス etc・・・ 呼び名には私はこだわりませんが、神の御子なるイエスが十字架上で為された「シミ、傷一つない贖いの子羊」として我々(ユダヤ人だけではありません、ローマ書3章を参照されたし)、全人類の犠牲となられた。

これによって、「テッタレスタイ」=「(救いは)完了した」となった(過去完了)のではないでしょうか?すべては100%キリストの為せる業であって、十字架は単なる物質でしょう?
十字架自体に何の効力があるというのか?理解に苦しみます。

本末転倒、主従関係逆転ではありませんか!これでは「十字架教」になってしまいますわね?

よって、エホバの証人のように、「あれは十字架ではなく杭だ」などと、冒涜的なアホなことを言うつもりもありませんが、どうしても人間と言う生き物は極端に走りやすい・・・だからと言って十字架を否定するつもりもない。上記ルカ伝を引用したのはそのためです。

>また日と月と星とに、しるしが現れるであろう

このしるしとは様々あるでしょうが、その最終的な決勝打は十中八九、十字架であろうと私は思います。

しかし今やキリストは、初臨において、十字架上での贖いの業を成し遂げ、復活して天に昇り、父なる神の右の座に座して、再臨の時を窺っている。

カトリックのベント・クロス(法王の持つあの曲がった十字架)のように、何時までわれらのメシヤを十字架上に放置するのか?とうの昔に十字架から降りられたのだから。
ちなみにアンクー・十字架(上がリングになっているヤツ)もオカルトのシンボルなので注意されたし。

十字架はシンボル、象徴であって、キリストだけが救い主、King of Kings 、万軍の主ではありませんか!

私は最近、祈りの時、光り輝く十字の光の中から、主なるキリストが降りてくる姿を連想するようにしてます・・・十字架上には今や誰もいないのだから。過去完了なのだから。

それにしても偉そうに記事を書きつつ、自分の信仰の弱さに辟易する次第・・・とほほ。

2018年4月15日 (日)

シリア情勢~今後

シリア情勢、最悪のシナリオはひとまず回避されたようで。

本日は手抜き、でも石堂女史のブログ「オリーブ山便り」に重要なことが書いてあったので紹介します。

http://mtolive.blog.fc2.com/blog-entry-1755.html

一部抜粋~

<石のひとりごと:今後について>

今後どうなるかだが、残念ながら、予測不能な中東に加えて、予測不能なトランプ大統領が、世界を動かしている。専門家でも予測を述べられる人はいないだろう。

米露が戦争を始める可能性は、まだまだ残されているが、それ以上に、イスラエルとイランが戦争となり、ヒズビラが山のようにミサイルを飛ばしてきて、アメリカが介入。米露の戦争に発展していくシナリオの方が可能性は高いかもしれない。

そうなれば、ロシアとイランと同盟になっているトルコも介入してくるだろう。いよいよゴグ・マゴグの戦いの気配だが、そうなると、イスラエルにはまもなく大きな地震が発生し、中東は大混乱になるということである。(エゼキエル38章)

しかし、今は一応落ち着いている。今日の聖書箇所には次のように書いてあった。

神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなた方は救われ、落ち着いて信頼すれば、あなた方は力を得る。」イザヤ書30:15

追記~

スプートニクの報道によると、さっそく?

シリア北部アレッポで爆発が発生、少なくとも20人が死亡した。15日、CNN Türkテレビ局が報じた。

スプートニク日本

同局によれば、爆発が起きたのはアレッポ南部のイランの練習キャンプ。キャンプ近郊では戦闘機が捕捉されたが、戦闘機の国籍は不明という。

https://jp.sputniknews.com/incidents/201804154784308/

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イランの練習キャンプというのが気になるが・・・

だいぶ慎重に記事を書くようになったが、まだまだ未熟で申し訳ないです。

2018年3月20日 (火)

この春の重要イベント~メモ

Ⅰ 4月2日(ずれる可能性大)~中国の打ち上げた人工衛星、天空1号が制御不能

地球に落下するのは間違いないらしい。
アメリカのミシガン州に落下の可能性が大きいとか。重さ8.5t、大気圏内ですべて燃え尽きるかどうかも不明らしい。また欧州中部、NZ、タスマニア、ブラジル、南アフリカなど南半球説も?

要するに、よくわからないと言うことか?わかっていてもはっきりとアナウンスしない?

Ⅱ 5月12日~アメリカがイラン核合意を破棄する可能性が強まる

これは危惧すべき問題でしょう。

Ⅲ 5月14日~アメリカ大使館、エルサレム移転

イスラエル建国70周年記念日に合わせた模様。これまたひと悶着ありそう?

Ⅳ 5月予定~米朝核問題協議

北朝鮮が核を放棄するとは思えないのだが・・・イラクのフセイン、リビアのカダフィの例をあの北の若き将軍様が知らないはずがない。
決裂しなければいいのだが。決裂するとなると・・・

その他、わが国では永田町、霞ヶ関を巻き込んでの一大疑獄事件の真っ最中。政権支持率も暴落、さて、どうゆう結末になるか・・・

また、ロシア大統領選挙でプーチンが圧勝。わかりきっていたことだが。
直近のプーチンの発言からして、もし、アメリカがシリア、イランを攻撃するなら、おそらく今度こそ、ロシアも黙ってはいないだろうと思われる・・・

2018年3月 9日 (金)

今朝、ふと脳裏をよぎった聖句

更新が滞ってます・・・そろそろ賞味期限切れかな?(笑)

今朝はわが魂の反射光であるかのような、土砂降りの雨、暴風雨。

何故か、理由もなく以下の聖書箇所が思い浮かぶ・・・
私に与えられた時間はあとどれほどあるのだろうか?

12:2信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。
12:3あなたがたは、弱り果てて意気そそうしないために、罪人らのこのような反抗を耐え忍んだかたのことを、思いみるべきである。 12:4あなたがたは、罪と取り組んで戦う時、まだ血を流すほどの抵抗をしたことがない。
12:5また子たちに対するように、あなたがたに語られたこの勧めの言葉を忘れている、
「わたしの子よ、
主の訓練を軽んじてはいけない。
主に責められるとき、弱り果ててはならない。
12:6主は愛する者を訓練し、
受けいれるすべての子を、
むち打たれるのである」。
12:7あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。
12:8だれでも受ける訓練が、あなたがたに与えられないとすれば、それこそ、あなたがたは私生子であって、ほんとうの子ではない。
12:9その上、肉親の父はわたしたちを訓練するのに、なお彼をうやまうとすれば、なおさら、わたしたちは、たましいの父に服従して、真に生きるべきではないか。
12:10肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、たましいの父は、わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。
12:11すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。

ヘブル書 12:2~11

更にたった今、執筆中に、別の聖書箇所が思い浮かぶ・・・これが答えなのだろうか・・・?

42:11わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。
何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。
神を待ち望め。
わたしはなおわが助け、
わが神なる主をほめたたえるであろう。

詩篇 42:11

2018年1月29日 (月)

小室哲哉氏のスキャンダル引退に思う

>僕たった1人の人間の言動などで日本であったりとか社会が動くとはまったく思っておりませんが。

先ほども言いましたように、なんとなくですが、高齢化社会に向けてであったりとか、介護みたいなことの大変さであったりとか、社会のこの時代のストレスであったりとか、そういうことに少しずつですけど、この10年で触れてきたのかなと思っているので。 

こういったことを発信することで、みなさんも含めて、日本をいい方向に少しでもみなさんが幸せになる方向に動いてくれたらいいなと心から思っております。微力ですが、少しなにか響けばいいなと思っております。ありがとうございます。

↑これは、先だって、不倫疑惑だか何だかで、魔女裁判の集中砲火を浴び、芸能界引退を表明した、1990年代を席巻した小室哲哉氏の記者会見後の、メディアでは報道されなかった発言だそうです・・・

異論反論あるでしょうが、私はどちらかというと、小室氏に同情のバイアスがかかってしまう。
重い・・・あまりにも重過ぎる・・・少なくとも私には心底、重く感じられた発言であった、口からでまかせではないと私は信じます。

本当の苦難、苦しみは本人にしかわからない。
それを外野が飯のネタのために、なんやかんやと。あなた方に彼の真実というか本質の何がわかるというのだろう??

あれだけこの世の天国と地獄、ジェットコースター人生を味わう人ってそう多くはないだろう・・・

3:10次のように書いてある、
「義人はいない、ひとりもいない。
3:11悟りのある人はいない、
神を求める人はいない。
3:12すべての人は迷い出て、
ことごとく無益なものになっている。
善を行う者はいない、
ひとりもいない。
3:13彼らののどは、開いた墓であり、
彼らは、その舌で人を欺き、
彼らのくちびるには、まむしの毒があり、
3:14彼らの口は、のろいと苦い言葉とで満ちている。
3:15彼らの足は、血を流すのに速く、
3:16彼らの道には、破壊と悲惨とがある。
3:17そして、彼らは平和の道を知らない。
3:18彼らの目の前には、神に対する恐れがない」。

ローマ書 3:10~18

まるでこの箇所がドンピシャ!と来るかのような出来事だったと感じます。

確かに小室氏は音楽の天才であったかもしれないが、聖人君子ではない。我々だって聖人君子とは程遠い存在でしょう。ましてや神の目、基準に照らし合わせれば塵あくた。
小室氏は自らも病気になったり、本当に人生の辛酸を舐めさせられたと思う。

こんな時こそ、キリストの福音が伝わればなあ~、などと、つい思ってしまう。

Pastor JD から拝借させていただきます。

Abc

要するに、人間はどんなに修行を積もうと、必死で努力しようと自力では決して救われない。だからこそ、神御自身が人となってこの地に救い主として来て下さったのだと、私は理解します。

人それぞれその過程は様々でしょうが、人間、窮地に追い込まれて初めて神の姿がおぼろげながら見えてくるものなのでしょう。私がそうであったからかもしれませんけど・・・

今思えば1990年代後半、私もまだあの頃は信仰を持たず、経済的にも今から比べれば余裕があり、毎年、越後湯沢にスキー場のはしごに行っていたものです。

もう約20年も前になるんですねえ~

↓ この曲を聴くと、あの頃の事がつい昨日のことであったかのようにフラッシュバックします・・・今だからこそ、福音が小室氏に届けばなあ~

2017年12月19日 (火)

私は負けない・・・ジョーみたいに強くない、弱いけど

私は半島系の芸能には詳しくないのですが、韓国のアイドルグループのシャイニーのメンバーのジョンヒョン?とかが、意識不明で見つかり病院へ運ばれたが死亡が確認されたとか。なんでも練炭による自死らしい。

何でこんな事を書く気になったかといいますと、最後のインスタグラムへの投稿内容なのです。詳しくは ↓サイトで。

https://jp.sputniknews.com/incidents/201712184393766/

>「僕は座っていた、暗い部屋で横になって丸まり、思った。君はいつか、みんなを残していったことを悔やむだろうか?絶えず生まれ続ける傷と、いらいらさせる空気が、とどまることがあるのだろうか?君が苦しまないことを望む。僕が望んでいるのは、君が幸せでいてくれることだけだ。ひとりで暗闇で過ごさないで、自分をいじめないで、お願いだから、自分をいじめないで」

この一節は、韓国のロックグループ「Dear Cloud」の歌「僕は君の隣」からとったものだ。ファン達はコメント欄に、「これは本当じゃないと言って」と、悲痛な書き込みを残している。

思わず考えさせられてしまった・・・痛え・・・言葉にならないほど苦しいではないか・・・

キリストを信じるようになり、以前に比べれば“まだまだ”ではあるが「謙遜」を学ばせられた。他人の痛み、悲しみ、気遣いもこれまた“まだまだ”の域ではあるが、自分のことであるかのように感じる事が出来るようになった。

しかしながら所詮は不出来な人間、「絶えず生まれ続ける傷と、いらいらさせる空気が、とどまることがあるのだろうか?」

その問いに対する私の答えは、正直言って「ない」である。この物質社会に生きている限り・・・

人間としての尊厳は傷つけられ、わずかばかりのつまらぬプライドはズタズタに引き裂かれ、己の無力さと無能さが恨めしくなる時があるのだ・・・「何やってんだよ、俺は!自分はキリスト者だ?聴いて呆れるわ」と・・・

謙遜と自己卑下、卑屈は似て異なるもの・・・そんな自分自身が嫌になるときがあるのだ。

アタマではわかっていても、心(魂)はまるで別の生き物であるかのように己自身の中で格闘している。人生における最大の敵は、サタンよりも己自身ではなかろうか?と思うときがある。

しかし希望はある、世の罪を取り除く神の子羊なるイエス=キリスト。

私は人生のすべてを賭けてみたい、それだけの価値ある尊い「十字架の贖いと復活」なのだ。

人生は苦難と苦悩に満ちている・・・悲惨なのだ。
だから人間は天の御国を慕い求めるのだ・・・

過去の「いい意味」での自信に満ち溢れ、輝いていた若き頃を懐かしんでも、もう戻らない・・・前進あるのみ、これしかない。天を見上げて・・・その時が来るまで。

21:1わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。
21:2また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。
21:3また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、
21:4人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。


黙示録 21:1~4

22:17御霊も花嫁も共に言った、「きたりませ」。また、聞く者も「きたりませ」と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい。
22:18この書の預言の言葉を聞くすべての人々に対して、わたしは警告する。もしこれに書き加える者があれば、神はその人に、この書に書かれている災害を加えられる。
22:19また、もしこの預言の書の言葉をとり除く者があれば、神はその人の受くべき分を、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、とり除かれる。
22:20これらのことをあかしするかたが仰せになる、「しかり、わたしはすぐに来る」。アァメン、主イエスよ、きたりませ。
22:21主イエスの恵みが、一同の者と共にあるように。


同 22:17~21

おまけ~


こうありたいものですが、私では・・・無理だな(涙;)

2017年9月30日 (土)

時は流れて~10月へと

一部なのでしょうか?私はそれほどとは思ってませんでしたが特にアメリカにおいて、「黙示録12章の天空のしるし」に絡めた9/23日の掲挙説・・・否、本日30日の贖罪日に修正?・・・結果は??

火を見るより明らか。

早くこのような住み難い現世から離れたいという願望は確かにある。私も以前、「怪しい、偽預言者のデイト・セッティングだ」と結論付けながらも、ひょっとしたら?万が一の可能性に賭けたい、早くこの世の苦難から解放され(このような感情があるようでは一人前の信仰者とは言えないそうな・・・確かに一理あり反論できない)、主にお会いしたい・・・という一縷の願望を捨てきれないもう一人の自分がいた・・・

本当に大変な日々が続く・・・しかも終わりが見えない。実際のところ、待ち疲れる気持ちを否定できない・・・
本番はこれからだというのに、こんなんでどうするのだろう(涙;)

と言うのは、ひょっとしたら?ですが、第二次朝鮮戦争、エゼキエル=ウォーをきっかけにWWⅢへと発展する可能性がある。またAI、ブロック=チェーン金融システム(現金の廃止)の驚異的危険性、世界大恐慌と、これらが掲挙前に起こらないという保障は無いと私は考えるからです。はたまた、頻発する天変地異の犠牲にならないとも限らない。

インドや中東では殉教者だって出ているのです、掲挙前ですよ、当たり前のことですが。

反キリストが登場するための起爆剤が必要とされている。

7年の大艱難期前とは言え、この世を生き抜くのはそんな生易しいものじゃないはずです。苦しまずに楽に召されるのなら、それはそれでもちろんラッキーなことですし。

冷静になって、聖書を精査し、世の中を見るのであれば、まだほんのプロローグに突入か?に過ぎないでしょう。
確かに季節は変わろうとしていると私も感じる、しかし、まだ・・・残念ながら時間がかかることだろう。

再臨、掲挙と言わず、予言全般に関してデイト・セッティングすることのリスクの大きさ・・・私は痛い目に会って既に学習効果を得ていたので、「狼が出た~!」と、思ってましたけどまさにその通りであった。

別に非難したり、鬼の首でも取ったかのように騒ぐつもりもなく・・・わかっていたから。

ただ、空虚さが漂うだけ。
気持ちがわかるだけに責める気にはなれない。可能性としては、かなり低かったとしても。

さて、明日から10月です。あとは「仮庵の祭り」が残っているだけですね。

どうしても秋口はキリストの予表としての、レビ記23章のユダヤの祭りとリンクする、まだ成就していない、掲挙、再臨の話題が避けられません、ラッパの祭りがあることだし。

仕切り直して(特に仕切りなおす必要もないけど)、また一歩前へと進んでいこう。不意打ち的に、思わぬ時に掲挙というパターンもあるでしょうが(聖書にはロトの日、ノアの日とあるので)、私は最悪を想定するパターンを選びます。性格だから仕方が無い --;

何のトラブルもなく、スムーズに掲挙されるとは限らないのだから。

逆に、掲挙が起こり得る起爆剤も世界中に散らばっているとなりますね。でも何だかんだと書いてきましたが、キリストを唯一の救い主として信頼する・・・贖いの対価、恵みを無駄にしないことが一番でしょうかね。

10:9すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。
10:10なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。
10:11聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。
10:12ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。
10:13なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。

ローマ書 10:9~13


最後にぼやき(本音);あ~、今年もこのまま年越しかよ?やってられねえよ・・・とほほ。

2017年8月20日 (日)

わが神、わが主よ~この方以外に救いはない&アメリカン・ソーラー・エクリプスについて

ええ~ --;・・・またまたお決まりのパターンで、久々の更新となりました。どうも最近ダメですね。

実は昨日、あることがあり、単なる偶然、たまたまだったのかもしれませんが、この物質世界における人間の限界、無力さというものをしみじみ感じ、「神なき世界」の空虚さを思い知ると同時に、主の栄光の現われを思い込みであったとしても?感じることが出来ました。

4:11このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。

4:12この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。


使徒行伝 4:11~12

20:26八日ののち、イエスの弟子たちはまた家の内におり、トマスも一緒にいた。戸はみな閉ざされていたが、イエスがはいってこられ、中に立って「安かれ」と言われた。
20:27それからトマスに言われた、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」。
20:28トマスはイエスに答えて言った、「わが主よ、わが神よ」
20:29イエスは彼に言われた、「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」。


ヨハネ伝 20:26~29

なんと心強く、胸を打つ言葉でしょうか!
我々のこの世での齢は短く、モーセじゃありませんが、その一生はただ、「骨折りと労苦」。

今はまだこの世にいますが、風がその上を吹き行くと、そこは誰も知らない・・・となるのが人間という、ちっぽけな存在なのでしょう。

目に見える世界だけがすべてではないと私は思います。

私が思うに、ちまたの宗教と信仰の最大の違い、それは・・・信仰とは、半か丁かの博打じゃありませんが、「自分の人生のすべて、そう文字通り100%を賭ける一世一代の大博打、中途半端な信仰なら持たないほうが良い、人生を某に振るだけだからやめなさい」という覚悟を持たねば出来ないものであると思うのです。

わが人生のすべてを主なるイエスに賭ける、これに尽きるのではないでしょうか。偉そうなことを言うつもりはありませんが、私はこのことに賭けてます。

さて、話は変わり、本日は8月20日ですか、なんでも8月21日(ということは、日本時間では22日になってからか?)に、アメリカ横断の皆既日食(American Great Solar Eclipse)がオレゴン州からサウスカロライナ州まで見られるそうです。

それがまた意味深でして、14州を跨いで、オレゴンのSalem(セイラム)という町から始まり、同じセイラムという町をサウスカロライナまで、7つ通過するそうで・・・その名の由来がなんとエルサレムだそうで。

Jerusalem ~Salem なんだそうな。(エルサレム→エル・シャローム=「神の平安」という意味ですわね)

直近イベント情報としては、これが一番興味深いでしょうか。単なる天体ショーなのか?
それとも、アメリカの聖書預言研究者で、よくユーチューブに登場する、スコット=クラーク、パスター・ポール=べグレー、メサニック・ジューのラビでもあるマーク=ビルツ師(ブラッドムーン・テトラッドのオリジナル、元祖でもあります。ジョン=ヘイギーじゃなかった --;)、などが言いますが、これが33日(33という数字も悪い意味あり)後の黙示録12章の天空のしるしに繋がり、40日後のヨム・キプル(大贖罪日)という一連の流れ、及び掲挙の可能性をも否定せずでして・・・)

ちなみに40という数字は「裁き」と関連し、ノアの40日40夜の大洪水、モーセの十戒の石版の神の山=ホレブでの40日(金の子牛のおける背教)、ヨナのニネベにおける、悔い改めねば40日後に滅びる(結果、悔い改めによりニネベの住人は助かったが)預言などがありますね。

この一連のイベントにおいては、私などがどうこう言う立場にはないので、客観的情報のみ列記します、神が真実をご存知でしょうから。

2017年7月 6日 (木)

2017/7/6~節目・・・いつの日か必ず

それにしても更新頻度が低い^^;
省エネモードで焦点を出来るだけ絞って書いている?よく言えば?
否、単なる怠慢で、話題性に乏しい?悪く言えば?

ま、どちらでもいいのですが、洪水のように溢れかえる情報の海の中から、重要と思われるデータの取捨選択作業だけは毎日やってます・・・フリーランスの仕事でもやってなきゃ、サラリーマンやっていては私の能力では無理だったことでしょう。

さて本日、ブログのカウンタを見てみたら200万PVHitをやっと超えた模様。
サブでやっている子羊村掲示板も45万visit(こちらは1人で一日に何度見ても1カウントなのでvisit)を超え、2本合わせて245万ヒットで一つの節目かな?などと(246だともっと良かったのだが・・・わかる人にはわかるでしょう^^:)。

ラプチャーもまだ、ダニエルの最後の1週=70週目(7年)のストップ=ウォッチも69週目で止まったまま、まだ動き出している気配は無く、黙示録の第一の封印も開いてなさそう・・・

今しばし、続けるようかな?まだやめるわけにもいかなそう・・・それまで生きていられるかな?

そういうわけで?(どこがよ!)本日は聖句の引用で〆ましょう。

その前についでなので、私のキリスト信仰の基本概念を記しておきます。

1)聖書が神の霊観を受けた書物であること
2)イエスが処女マリアから生まれたこと
3)イエスが罪の代価となって十字架上で死んだこと
4)イエスの復活
5)イエスの行った奇跡が事実であること

注;これらをすべて文字通り信じるキリスト者は、アメリカではキリスト教原理主義者として、極端な信仰を持つ危険な人物とされるそうな(笑)

あと、「再臨」「掲挙」が抜けているのはご愛嬌でしょうか^^;

14:13モーセは民に言った、「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主がきょう、あなたがたのためになされる救を見なさい。きょう、あなたがたはエジプトびとを見るが、もはや永久に、二度と彼らを見ないであろう。

出エジプト 14:13

24:7門よ、こうべをあげよ。とこしえの戸よ、あがれ。
栄光の王がはいられる。
24:8栄光の王とはだれか。
強く勇ましい主、戦いに勇ましい主である。
24:9門よ、こうべをあげよ。とこしえの戸よ、あがれ。
栄光の王がはいられる。
24:10この栄光の王とはだれか。万軍の主、これこそ栄光の王である。〔セラ

詩篇 24:7~10

28:16さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行って、イエスが彼らに行くように命じられた山に登った。 28:17そして、イエスに会って拝した。しかし、疑う者もいた。 28:18イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。 28:19それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、 28:20あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。

マタイ 28:16~20

16:33これらのことをあなたがたに話したのは、わたしにあって平安を得るためである。あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」。

ヨハネ 16:33

1:9こう言い終ると、イエスは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった。 1:10イエスの上って行かれるとき、彼らが天を見つめていると、見よ、白い衣を着たふたりの人が、彼らのそばに立っていて 1:11言った、「ガリラヤの人たちよ、なぜ天を仰いで立っているのか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになるであろう」。

使徒行伝 1:9~11

主よ来たりませ、マラナタ・・・

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