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2020年8月に作成された記事

2020年8月 9日 (日)

ヨハネ第一の手紙から~罪(原罪)

1:8もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない。
1:9もし、わたしたちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しいかたであるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめて下さる。
1:10もし、罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とするのであって、神の言はわたしたちのうちにない。

ヨハネ第一 1~8:10

3:9すべて神から生れた者は、罪を犯さない。神の種が、その人のうちにとどまっているからである。また、その人は、神から生れた者であるから、罪を犯すことができない。

ヨハネ第一 3:9

以前から疑問に感じていながら、わからなかったここ、ヨハネ第一の手紙のお互いに矛盾すると感じていた箇所。

本日、Behold Israel のユーチューブ=チャンネルのQ&Aシリーズで、マイク=ゴレイ、バリー=スタグナーのお二人の牧師の回答で疑問が氷解した。同じ疑問をもっていた方も絶対にいることと思うので書いておこうかと。

その前に私自身、「罪を犯したことのない人手を挙げて!」と言われても・・・天地がひっくり返っても挙手は出来ない!

ところが3章では「罪を犯すことが出来ない」とある・・・質問者も同じような疑問を持っていたことだろう。本当に新生しているのだろうかと?

そこで出てきたのが、原語であるギリシャ語をたどれと言うこと。

その納得する回答は、「罪を犯し続けることに罪悪感、良心の呵責を感じ、耐えられない」と言うような事でありました。

私的に言うならば、「もうやらない、これで終わり、本当に最後、残るのは罪悪感とむなしさだけ!」・・・と言いつつ

何度でも繰り返してしまうダメクリの自分・・・自分の努力では無理、主に時間をかけて少しずつでも変えてもらうしかない。

いわゆる原点回帰、原罪(crimeではなくsin)が、わからないと先へは進めないのですね。

しかし父なる神は感謝かな、主なるイエス=キリストを遣わしてくださり、罪の代価を支払って無罪放免としてくださった。

ここに神の愛を見ることが出来ますね。

2020年8月 1日 (土)

黙示録第7の封印~第一~第三のラッパ

8:7第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった雹と火とがあらわれて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。
8:8第二の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして、海の三分の一は血となり、
8:9海の中の造られた生き物の三分の一は死に、舟の三分の一がこわされてしまった。
8:10第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。
8:11この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ。

黙示 8:7~11

毎度恒例となってしまった、非常に久しぶりのアップデイト。

この箇所は、今まで限定的核戦争ではないか?と思っていたのですが、どうも最近?時の経過とともに、彗星、小惑星の地球への激突なのでは?と考えるようになりました。

デブリス(破片)→惑星が大気圏内に突入して分断、衝突?かなりの宇宙線放射能を持った物質かもしれない・・・あくまでも、私の独断と偏見、多方面の情報から得たものですので、断定的に結論付けることは避けておきますことをお許しください。

ここのところ、小惑星の地球激突の噂?プラネットX(ニビル)関係の記事も目にしますが、まだ終末の7年の大患難期に入ってはいないと思うので(今はまだマタイ24、ルカ21の「産みの苦しみ」の時代であると考えるので)、時期の特定など出来ませんが、いずれやって来る可能性は決して低くはないと考えます・・・

これは黙示録の災いの一部ですが、第一から第七の封印、7つのラッパ、7つの鉢の神の裁きと言ってもいいでしょう。

とてもじゃありませんが、こんな中、サバイバルして主の地上再臨までたどり着くことなど不可能に私には思えます。ましてや、何とか生き残ったとしても、獣の刻印(黙示録13章)を受けようものなら完全にアウト!

今では個人的には置換神学に否定的でもあるしで、ダニエル書との整合性からしても、終末の7年の大患難期はユダヤ人の最後の悔い改めの期間、チャンスでもあろうというのが現在のスタンスです(ユダヤ人は後半の3年半、ヨルダンのペトラで守られる~黙示録12章)。とは言え、ユダヤ人と言っても一緒くたには出来ず、おそらくレムナントなるユダヤ人であろうかと思われますが。もちろん、異論、反論があろうことも承知で書いてます。

そこで無視できないのが、携挙であろうかと。主の初臨の時の十字架上の贖い、主イエスを来るべきメシヤとして信じ受け入れる(イザヤ53章他)・・・このことによって我々は罪許され、救われた・・・しかしながら、栄光の復活体に変えていただくという完成にはまだ至っておりません。

そこで艱難期前携挙説が真実であれば、それほど悔い改めの時間は残ってなさそうに思えます。

百歩譲って、最近、知るようになった「御怒り前携挙説」・・・おそらくは第四の封印が開かれる前までには起こることでしょう。

艱難期前の今でさえ、世の中はカオス一歩手前、戦争と戦争の噂、大地震、天変地異的災害、疫病(コロナ)、異常気象とバッタ被害による飢饉(食糧危機)が起こっても私は驚きません。実態経済は損益計算書がやられてマヒ状態で自転車操業(涙;)、サタン最後の陰謀が激しくなっている気がしてなりません。

4:11このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。
4:12この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。

使徒 4:11~12

14:6イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。

ヨハネ 14:16

サタン(ルシファー)とその手下のデーモン(堕天使)連中及び、NWOグローバリスト(ユダヤ・カバリストを含む)、コロナ=パンデミックを足掛かりとして、一気にコトを進めないとも限りません。

今こそ、「主のもとへ帰る」ラストチャンスであるかもしれません。一人でも多くの方が、主の憐れみ、恵みにより救われますように。

Amen

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