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2017年10月10日 (火)

「輪廻転生」と「復活」の違い

どうもここの所、過去記事の「輪廻転生」を扱った記事のコメ欄に散発的にコメントが入るので、今一度、書いて置こうかと。

言いたいことがあるのであれば、ご自分でブログなり何なりで持論を好きなだけ展開して下さい。正直、反論する気力もないのですよ・・・信じるところのベースが違うので、どこまで行っても平行線なのもわかってますし。もちろん、何を信じるかは自由ですが、キリスト者であるとするならば、ちょっと?と感じたので、第二弾として書かざるを得ないのかなと。

私はカルマ、業を信じる者ではありません。
そのような先入観で聖書を読めば当然のごとく、そのように解釈するでしょうし、輪廻転生を信じるとしても不思議ではありませんから。

あなたは人をちりに帰らせて言われます、「人の子よ、帰れ」と。

詩篇90:3

ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。

伝道の書12:7

そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々の救いのために来られるのです。

ヘブル書9:27~28

* これがいわゆる、「輪廻転生」との違い「復活」の雛形です。輪廻転生が前世の記憶がないのに対し、復活は個々人のアイデンティティーが存在し続けます。

兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである。わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたちが、眠った人々より先になることは、決してないであろう。すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。だから、あなたがたは、これらの言葉をもって互に慰め合いなさい。

第一テサロニケ4:13~17

* これがキリスト者の究極の希望なのです。もう一度、再び地上に生れ落ちたいなどとは私は間違っても思いません。

最後に誰にでもわかる素朴な疑問を。復活を信じない、わからない人には理解できないことでしょう。

私の前世はアベルであった。
次はアロン。
そのまた次はペテロ。
その次はなぜか?ゴキブリ?・・・自分に最もふさわしいかな?(笑)
そして今生きている自分自身・・・

さて?復活の時には誰として復活する?ゴキブリとしての復活はあり得んでしょうけど?
かように、明らかに「輪廻転生」と「復活」は相反する教えなのですよ。

己は己自身で充分ではありませんか。

* くどいようですがコメント入れてもらってもレスはいたしませんので悪しからず。前の記事で散々やりつくしたし、これ以上、不毛な議論をする気も有りませんので。

どうしても言いたいことがある方は上記の素朴な疑問に答えてからにして下さい。

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コメント


「輪廻転生」を「再生」と置き換えたら、すんなりといくのではないでしょうか?

欧米で販売されてる、注釈付きの分厚い聖書では、「輪廻転生」を「再生」とも考え、必ずしも否定はしてません。

例えば、洗礼者ヨハネは預言者エリヤの「再来」、「ヨハネの黙示録」に関してドミティアヌス帝はネロ帝の再来(輪廻転生)という説もある、と紹介されているのが欧米の聖書(NLT STUDY BIBLE等)ではかなり一般的です。

またそれらの注釈では、反キリストとその周りに集まる6人(7人?)の同盟者は「ローマ皇帝」の「再来」ではないかと執筆者が思っている節も感じさせるのですが、意外と「復興ローマ帝国(EU関連?)」と反キリスト達は既に現れ始めているのではないかと、思ったりしています。

 「人の子」=女から生まれた人=再臨のキリスト。
 黙示録22.16「私は、ダビデの若枝また子孫であり・・・」(再臨のときの自分自身について言った言葉)=ダビデ王の直系子孫である主イエスの直系子孫である人。
 黙示録の中で、多くの主に仕えて、殺された人々が、蘇ると記述されている。これは、輪廻ですね。
 使徒行伝の「異言」=輪廻転生。
 輪廻思想を、肯定することは、反キリストだとは思わない。ただ、隠されていたのです。それだけです。
 聖書の封印を解いた人が、人の子???!!!

 返信は、不要です。いまいちど心静かに考えてみてください。あなたには、そうして欲しいのです。

 主の戒めを受け入れられるように、主の聖名によって、アーメン。
 

 他意は、ありません。心が静まります。
 
 https://www.youtube.com/watch?v=qllREi8QMp4
 

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