2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

ブログパーツ

なんでも&緊急連絡版

« ザアカイ・レポート~2016年初頭 | トップページ | 贖い=復活=再臨~どれ一つ欠けてもいけない理由 »

2016年1月10日 (日)

天然の要塞=ぺトラとは

どうも気になっていた場所。

ジョン=コーソン牧師の講解説教によると、黙示録12章6節・・・終末の7年の大艱難、いわゆる大艱難後期の3年半のことである。

ヨハネの黙示録/ 12章 06節

女は荒野へ逃げて行った。そこには、彼女が千二百六十日のあいだ養われるように、神の用意された場所があった。

私は12章全体を読むに、この「女」とは母マリヤのことではないかな?と思っていたが、どうも腑に落ちないでいた。ツッコミどころが満載なので。
「女」とは聖書ではたとえの解釈として、「教会」、または「国」と解釈されることがある。
コーソン師はこの場合、「教会は既に掲挙されて地上にはいないから、おそらく国家、イスラエルのことだと思う。」と解説していた。掲挙時期においては激しい論戦が交わされてますが、ここでは論点として触れません。
この箇所は国家としてのイスラエル、しかもカバリスト=ユダヤではなく(これは私見)、ユダヤ人のレムナントがサバイバルする場所とする解釈、これはかなり可能性が高いのではないかと私も考えた。
おそらくイスラエルのユダヤ人のレムナント(救われる残りの者、言い換えるとイエスこそ唯一の救い主である(あった)と悔い改める者)は、キリストの再臨まで、ここでサバイバルするのではないかと。(144,000人の記述もあるので全員ではないかもしれないが)

そして、久々に故小石牧師の「悪魔最後の陰謀」を読み直していたところ、なんとこのぺトラに関して書いてあったではないか。こちらは、「エゼキエル書38章の預言成就時、ここがイスラエルの避難所となり、司令室になるかもしれない。」と書いてあった。

あれから20年近く経ち、求道者もどき?をしていた頃読んだのだが、今改めて読み返してみると、まったく違った次元で読むことが出来る、ハレルヤ!せっかくなので、このシリーズもう一度読み直してみようと思う、新たな発見がありそうだ。
それにしてもあの牧師先生、やはりただ者じゃなかった。時期はともかく、書いていることがまったくぶれておらず、重要な箇所としての的を外していない!

何でも映画「インディー=ジョーンズ」のロケ地としても使われたところだそうで、自分なりに少し調べてみた。

ペトラ

史跡

ペトラは、ヨルダンにある遺跡。死海とアカバ湾の間にある渓谷にある。死海から約80km南に位置する。またペトラとは、ギリシャ語で崖を意味する。1985年12月6日、ユネスコの世界遺産へ登録。2007年7月、新・世界七不思議に選出。

所在地: ヨルダン

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%88%E3%83%A9

ウィキの解説も参考になることでしょう。

ついでにもう一つのサイトから。

 

ペトラ遺跡は19世紀前半、スイス人イスラム学者によって発見されたものだが、たいへん謎の多い遺跡である。まず、この遺跡を築いたナバタイ人というものがよくわからないらしい。もともとは砂漠の遊牧民であったが、交易の要衝をおさえ、隊商の保護を保証する代わりに税を徴収して財政をまかなうようになったと考えられているようだ。このナバタイ人の国の首都であったのがペトラで、1世紀から3世紀くらいまで商業や交通の要地として、また神聖な場所として栄えたらしい。カズネ・ファルウン(ファラオの宝物庫)やエッディル(修道院)などをはじめ、ペトラの建造物は基本的には岩を掘ったり削ったりしたものであり、何の目的で作られたかもはっきりしないものが多い。

*インプレッション  
 シクとよばれる数10mもある断崖の間の細い道を進んでいくと、突如、高さ30mもあるカズネ・ファルウンが眼前に現れる。こんな意外性は他のどの遺跡にもない。しかも、光線の感じで微妙に色を変化させ、遺跡全体を見て、帰りにここを通ると別の表情を見せてくれる。遺跡の奥の岩山を登って行ったところにあるエッディルと呼ばれる高さ42mの建造物も見物。

http://www.h7.dion.ne.jp/~go-iseki/album-petra.htm

これが確かにすごいところでグーグル・アースで見てみると

Petra

まさしく天然の要塞そのもの(-_-;)・・・

おそらく彼らは観光目的などではない、ぺトラの詳細なる地形を知り尽くしているだろうから、そう簡単に敵の攻撃で壊滅などしないことでしょう。

ま、私はそれほど遠くない未来に真偽がわかることだろうし、過去ではなく未来のことなので断言はしませんが、「ぺトラ」・・・知っていて損はない知識だと思います。

« ザアカイ・レポート~2016年初頭 | トップページ | 贖い=復活=再臨~どれ一つ欠けてもいけない理由 »

黙示録、聖書預言」カテゴリの記事

コメント

ザアカイさん

ペトラには私も関心を持っていましたので、記事にして下さってありがとうございます。
さて、ちょっとここで質問をさせて頂きたいのですが、私もこのペトラというのは
レムナントたちが大艱難期の後半、反キリストからの弾圧を逃れて過ごす場所だと理解しておりますが、小石牧師によると「エゼキエル書38章の預言成就時、ここがイスラエルの避難所となり、司令室になるかもしれない。」とのこと。
エゼキエル38章は大艱難期に入る前のゴグとイスラエルの戦いのことだと理解しているのですが、
そうなると噛み合ないのでは?と、ちょっと疑問に思ってしまいました。
クリアーにして頂けると助かります。
よろしくお願いします。

ちなみにこのペトラ、主人は行って来たみたいです。
中東にはまるで興味のなかった私ですが、主人の訪れた中東各地の写真を色々と見せられているうちに、
なんだか行ってみたくなりました。
現状を考えたらとても無理な話なんですけどもね。

夕べもアレッポの写真を見せてもらって、なんだか悲しくなってしまいました。
はちきれんばかりの笑顔で写真に写っている十代の少年少女たち。
どうなったのか・・。絹と石鹸が名産の、とても美しい街だったそうです。

今に世界中が破壊されてしまうのかな。。

難しい質問ですね --;
私もぺトラに関しては、実は付け焼刃のわずかな知識しかないのですよ^^;

>エゼキエル38章は大艱難期に入る前のゴグとイスラエルの戦いのことだと理解しているのですが

私もそうであろう?と考えております。

エゼキエル=ウォーがどのくらいの期間続くのかにもよるでしょうからね。
既にイスラエルには核シェルターが完備されていると聞いてますし、戦争が起こった場合、実際にぺトラまで移動する時間があるのか?という疑問も起こるでしょうし。

仮にぺトラにおいて既にそのような備えがしてあるとしても、ぺトラが司令部になるとも限らないでしょうし、あくまで小石牧師が書いたのは、いくつかある選択肢の一つとしての可能性じゃないかと思います。

「かもしれない」ですからね。

よって、この仮説はあくまで、あり得る可能性じゃないかと私は思い書いてみただけでして・・・

イスラエル侵攻があっという間の短期間で終わるとするならば、ぺトラは登場することはないかもしれないし --;?

>レムナントたちが大艱難期の後半、反キリストからの弾圧を逃れて過ごす場所だと理解しておりますが

二者択一とすれば、こちらの可能性のほうが高そうだと私も思ってはいるのですがね。

あと考えられる可能性としては、かなりの確率で低いかもしれませんけど、二度使う??なってみないとわからないとしか言えませんが。

アメリカのユーチューバーエバンジェリスト方は、エゼキエル38章の戦争の前に詩篇83篇の戦争が起こるだろうと解釈している方々が多いので、この解釈が正しければ、イスラエルにとってヨルダンはどうにでも自由に出来る状況になるであろうし・・・
もしそうなれば?可能性は限りなくゼロ打とも言えないかもしれない・・・

このあたりが我が推測の限界かなあ~?答えになってなくてすみません。なってみなけりゃわからない、預言者じゃないのでわからない(涙;)

ジョシュアさんなら行ったことあるのでは?とは思ってましたがそうでしたか、半端な方じゃないですね(笑)

それにしてもシリア、気の毒でなりません。湾岸諸国の王族国家に比べりゃ、はるかにまともな政治をやってきた国なのに・・・だから狙われたというのも真理でしょうけど。

というわけで、勘弁願いたくm(__)m


ザアカイさん

早速のお返事をありがとうございます。
やっぱりそうですよね〜、事前予測に確たるものはないし、結局起きてみないと分からない。
でも神様が聖書を通して預言の書を与えて下さっているということは、出来る範囲で予測して備えておきなさい、という意味合いもあるのでしょうから、考えることは止めない方がいいかも知れませんね。

時期はともかく、ペトラに移動する人たちは、それなりの大人数ですから
そこに籠っている期間はどの位になるのか。
衣食住の生活環境を現実的に考えたら、神様から特別の恩寵で養って頂かないと、
長くは持ちこたえられない場所ですよね。コンビニもないし・・笑

私、シリアというのは以前からすごく引っ掛かる場所なのですよ。
というのも、例のエピファネスもローマ帝国時代のシリアから出て来ていますよね。「なんでよりによって、あの国から出て来たの?」という、他の人からみたら
どうでもいい疑問が頭の隅にこびりついて離れないのです。
反キリストはエピファネスの再来とも言われていますし、同一人物が再び底知れぬ所から上がって来るなら(黙17:8)やはりシリア、色々な意味で要チェックですね。

あ、私もエゼキエル38の前に詩編83Warが起こるのでは?と考えてます。

そうそう、記事をアップしてから気づいたのですが、マタイ24:15、「荒らす憎むべき者が聖なる場所に立つのを見たならば~ユダヤにいる人は山へ逃げよ」とありますよね。
これなんか、まさに黙示録12章のこの箇所とリンクしてるんでないの?とふと閃いたんです。

ちなみにコーソン牧師はゼカリヤ13:8~9を根拠にサバイバル出来るのはそのうちの1/3ではなかろうか?と厳しい見方をしてますね。
あくまで教会は艱難期前掲挙説であるとしてますね。その根拠ですが、5章以降、黙示録に教会という文字は見当たらない、聖徒とあるからのようで。

アメリカの牧師方は、このような方々がマジョリティーのようで、ましてや異邦人がキリストの地上再臨まで生き延びるのはユダヤ人より困難だろうとまで言う方までいる始末 --;

この見解、確かにある意味、説得力があると感じる次第ではあります・・・

あと掲示板には顔出しませんが、ある兄弟が、反キリストはサタンの霊が憑依したアンティオコス=エピファネスが蘇るんじゃないの?と僕は思う。なんてこと、よくメールで書いてましたね・・・さて、真実はいかに~?

その「ある兄弟さん」の仰られたこと、かんだか共感できる気がします。
それはそうと蘇るエピファネスで思い出しましたが、
例のCERNの施設がある上空で、ミニブラックホールか?と思われるような現象が起きたようですね。一時、実権が失敗して稼働が停止したというニュースまでは聞いていましたが、その後の様子などはまったく情報が入って来なかったので、
これが本当なら大変なことなのではないでしょうか。

ポータル(異次元空間への移動扉)を通して、第二の天にいる悪霊がこの地上に行き来できるようになるということは、まさに黙示録9:1が現実になろうとしているってことですよね?

で、なぜエピファネスで思い出したかというと、黙示録黙9:1にある「底なしの所」という単語が、黙17:8に記述されている「底なしの所」と同じ単語である事から、やっぱりかつていたエピファネスが蘇ってくるのでは?と思ってみたりもしました。
このCERNの動画を観ていると、なんだかUFOらしき物が中心部に入って消えていってるし、私たちが想像する以上に霊的な空間での闘いは激しさを増しているのかも知れないですね。

PS:Tomorrow Landという映画をDVDで観ましたが、まさにCERNのプロモーション映画、イルミの自慢ぶりがありありと出ていた映画でしたよ。
話はメチャクチャつまらなかったですけどもね。

あれ?動画のリンクが上手く貼れなかったので、再度トライ。
      ↓
https://www.youtube.com/watch?v=ST6X0Ra7zOQ

誰だか忘れましたが、確か?アメリカの牧師だったでしょうか?反キリストが致命的な傷を受けて蘇る時に、サタンそのものが憑依するなんて説を唱えてましたね --;

でも火の池に投げ込まれるのは第一の獣と第二の獣で、サタンはとりあえず、1000年間地の底に封印されると聖書にはあるしで・・・わからないものはわからないですが --;
それとも霊肉分離するとか^^;?

>例のCERNの施設がある上空で、ミニブラックホールか?と思われるような現象が起きたようですね

動画紹介ありがとうございます、べグレー師がこの件についてしゃべってたので、動画見てみましたが、私が見たのはこれほど鮮明では無かったです。

セルン近辺では心霊現象が多発しているそうですね。
もっとも連中の上層部はオカルチックなサイコパスばかりだろうから別に不思議じゃないのかな?
これからはオカルト的要素を無視し排除しては、真相が見えてこないかも?
こんなことばかり書いていると、いよいよアタマがおかしくなったか?と思われたりして(笑)否、以前からおかしい?(涙;)

ただこれだけは言えるのではないでしょうか。
明らかにセルンは、ピラミッド、イースター島のモアイ像しかり、堕天使のテクノロジーが関わっていると。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/187398/63041387

この記事へのトラックバック一覧です: 天然の要塞=ぺトラとは:

« ザアカイ・レポート~2016年初頭 | トップページ | 贖い=復活=再臨~どれ一つ欠けてもいけない理由 »