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2014年9月26日 (金)

生きていくのって楽じゃない?~某姉妹の言

結論・・・どうしても私は「繁栄の神学」に対しアレルギー反応を起こしてしまう。

原始教会での信仰の先達達の迫害による「この世的には決して祝福されたとは言えない生涯」、映画化もされた「クオ=ヴァディス」の世界観が脳裏をよぎる。パウロ、ペテロの「生き様」を連想させられる・・・

「信じるだけで救われる、簡単でしょ?」・・・そんな単純なものではないと感じる日々・・・キリスト信仰を維持する厳しさを痛いほど痛感させられる・・・毎週、教会へと足を運び、礼拝を守れる人は幸せだとさえ感じる・・・

あまりにも「苦難の最中」を通され、現世の辛酸を舐めさせられる方々ばかりが私の周りには多すぎる・・・「なぜだ~!」と思わず叫ばずにはいられない。もちろん、元気一杯のキリスト者がいることも否定はしないが、うらやましいと言うしかない。

個人的な名前を挙げて恐縮なのですが、古くからの読者であればご存知のはず。

しばらく音沙汰がなくとも忘れられない方々・・・aguaさん、サマちゃん、わたぴ~さん、ガリラヤさん、たろさん、Taeさん、黒猫さん、・・・名前を挙げればキリがない。元気でやっているのだろうか・・・問題を抱えてはいないのだろうか?私にとっては、忘れようとしても忘れられない素晴らしい「主にある兄弟姉妹」である。

これも己の不徳の致すところ、至らなさ。別にウェッブ教会をやっているつもりはさらさらないが、一抹の寂しさを感じずにはいられない・・・

詩篇/ 126篇 005節
涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。

詩篇/ 126篇 006節
種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。

(私のブログはどちらかと言うと、信仰者向けであると思うので未信者向けの福音宣教とはちと、ニュアンス的には違う気がするが、共通する点がなくもない?)

テモテへの第二の手紙/ 03章 01節

しかし、このことは知っておかねばならない。終りの時には、苦難の時代が来る。

このような時代・・・どうしても古き良き時代、もちろん私は信仰のしの字も知らなかった。あのころの方が生き生きとしていて人生が楽しく、輝いていた・・・いい意味での自信に満ち溢れていた・・・この世的といってしまえばそれまでだが。でも辛く苦しいだけがこの世の人生でもなかろう・・・

我々日本人は今まで恵まれ過ぎていたのだろうか?相変わらずマスメディアは洗脳白痴番組を垂れ流し、人々を現実から逃避させようと必死である・・・一般大衆を騙すのは、赤子の手を捻るごとく簡単だと言うことだろう。

後どのくらい時間が残されているのか知らないが、私は生涯のすべての希望をキリストと心中するつもりで賭けてみたい、それしか希望が見出せないのだから。正直言って辛い日々かもしれないが。

+++++++++++++

番外編~

私の世代であれば知っているでしょう・・・ゆうべ、ふと思い出したかのようにノスタルジックにあの楽しかった時代を思い出しては、缶ビールを飲みながら涙が頬を伝った・・・かなりまいってそう --;・・・先が長くないね、きっと・・・
この先、仮に明日死のうと、もっと素晴らしい世界が約束されているというのに。今からこんな調子でこの先どうするというのよ?哀れ~(笑)

バカにつけるクスリはないとは、良くぞ言ったものです。


歳がわかってしまうが、上が14の時、下が18の時・・・
こういうところに、クリスチャンホームで生まれ育ったサラブレットの血筋の方々とは違った、敬虔とは程遠い俗世からなかなか離れられないガラの悪さが出てしまう(爆;)

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コメント

ザアカイさん、二回目のコメントになります。

わたしが洗礼を受けた時、晴れ晴れしい思いでした。
救いの恵みは、とんでもない大きさです。
世の中に縛られ縛られ、コンプレックスのかたまりでしたので・・・。

その頃を思うと、十字架により解放された今、神様への感謝は、日増しに強くなります。
しかもいつキリストが来られるか〜という瀬戸際の様な世界情勢。

が、感謝と同時に肉的な自分は・・・苦難の時に心、沈む方が多い日々・・・

後ろを見てしまうと・・・救われる前、この世をある意味、楽しんでいた時を懐かしんでしまいます。

さらに導きとつまずきで教会には今、行っていないので霊的な分かち合いはこうしたネットのみです。

救いは、キリストにしかないとそこだけはどうあっても変わらないのですが・・・
とても辛く(心がふさいで)なんとなく起きれなくなる様な事もあります。

が、どんな試練の時もここぞっ!という時は、神様が働いてくださっていたと・・・そうはっきりと言えます。

弱い時にこそ、強い、というみ言葉は、決して繁栄のためではなく、主の愛の証のためだと・・・そう信じています。

なんだか書き連ねてしまいましたが・・・ブログ楽しみに読ませていただいます。

あら、PCの電源落とそうと最後のチェックをしていたら、さっそくのコメントありがとうございます。

私もですね・・・私の聖霊体験だったのでしょうね、たぶん?結婚式以外で、自ら自分の意思で教会の門を叩いた後、あの心の中を吹き抜ける爽やかな心地よい風・・・何気に空を見上げると、理由もなく悲しくもないのに、涙が自然と頬を伝う・・・この世の出来事があまりにもささいであほらしく感じてしまう・・・理屈じゃないのですよね、あの体験がなかったならば、主を心から信じることはなかったことでしょう・・・

ところが現実、そんな甘くなかった --;
きっとビギナーズ=ラックのような主からのプレゼントと、神自身の存在を証しする証明書だったのでしょう。

受洗してからというもの、なぜか?・・・苦難続きで、気がついたらこんな事やってます --;

あの爽やかな心地よい風はあの時限り一週間ほど・・・二度と吹くことがない状態です。

ただ苦難を通して、砕かれて、へりくだることを知り、他人の痛みを自分の痛みとして感じることができるようになっただけでも少しは成長したのかな --;?

スリムさんは確固たる信仰の持ち主のようですね。
少しも元気を分けてもらいました、感謝申し上げます。

今の私たちの苦しみや悩みは、結局のところ、取るに足りないものであり、それほど長続きもしません。 しかも、このつかの間の苦しみは、永遠に尽きない、あふれるばかりの、神様の祝福をもたらすのです。 (‭コリント人への第二の手紙‬ ‭4‬:‭17‬ JLB)

かく言う私も試練の状況にありましたが、
このみことばが励みとなりました。

かめさん、コメ感謝です。

おっしゃるとおりですよね。頭ではわかっていてもなかなか心がついていかない・・・まだまだ信仰が弱いようです。
でも与えられた道程を歩みとおしたいものです。

そうですよね…
なんだか偉そうなことを言ってしまってすみません!
頭ではわかっていても…本当にその通りですね。私もそうでした。
《あなたがたの悲しみは喜びに変わります。ヨハネ16:20》
みことばは絶対です!

ザアカイさんの人生が素晴らしく楽しいものとなるよう、お祈りしています!(^O^)

かめさん、偉そうだなんてとんでもない。確固たる信仰が確立されている証拠ですよ。
自分の状況は自分が一番よく知ってます・・・よくまあ~、信仰だけは失わなかったものです、これだけは自分を褒めてあげたい(笑)
執り成し感謝いたしますm(__)m

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