2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

ブログパーツ

なんでも&緊急連絡版

« べテ・トガルマで重要な動きアリ | トップページ | メッセージ名言集 »

2013年10月24日 (木)

使徒行伝より;パウロから学ぶ事

しかし、主は仰せになった、「さあ、行きなさい。あの人は、異邦人たち、王たち、またイスラエルの子らにも、わたしの名を伝える器として、わたしが選んだ者である。
わたしの名のために彼がどんなに苦しまなければならないかを、彼に知らせよう」。

使徒 9:15~16

弟子たちを力づけ、信仰を持ちつづけるようにと奨励し、「わたしたちが神の国にはいるのには、多くの苦難を経なければならない」と語った。

同 14:22

その夜、主がパウロに臨んで言われた、「しっかりせよ。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなくてはならない」。

同 23:11

昨日から無意識のうちに14章22節が脳裏をかすめ、芋づる式に計3箇所が出てまいりました。
はじめに断っておきますが、私のような木っ端、道端のゴミごときに、パウロのような働きが出来るわけもなく、伝道者でもなんでもなく石投げりゃ当たる、どこにでもいる、とりあえずキリスト者の末席に座布団一枚引いて座らせてもらっている一般市民であることを前提に書いていることをご了承ください。

人間はアダムのエデンの園ゆかりの原罪ゆえに、神の恩寵から離れてしまい、争い、災い、病気、そして肉的死、それをいい事に、そこをすかさずピンポイント攻撃してくるサタンの姦計及び謀略ゆえに悲しみの星・テラ=地球上で、人生を全うせねばならない存在となっております。

全能なる神は、人間に自由意志を与える限り、こうなる事はわかっておられたことでしょう。ただし、脅迫、強制を持ってしては、真実なる愛は機能しない。完全なる愛はお互いの自由の上に成り立たねばならない。これは神といえども介入できない領域である・・・何ともある意味、回りくどい複雑怪奇な構図であろうか。

そのような中で最近、半世紀近くというか・・・越えたね(歳サバよんじゃいけませんね(^^ゞ)、生きてきてつくづく考える事があるのです。
我々一般人にとっては、もっとも聖職者といえど同じ土俵であることもあるでしょうが、日常生活というのは訓練の場、主の元に帰るきっかけが与えられる、真理を知る機会が与えられる場なのではないのかと。ある人たちにとっては当たり前のこのことに、私を含め多くの人はなかなか気づかないのではないのかな?と思うのです。

生きてきた時代背景もあるのでしょうが、天真爛漫で“ある程度”人生が順風満帆だったのは若い頃だけでしたね・・・「独身貴族」という言葉、私の世代であれば覚えておられることでしょう。また自慢になりませんし、今時の学生に言ったらビール瓶で脳天かち割られるでしょうが・・・大学はレジャー=ランドに近かった --;

またあの頃は、トヨタ・ソアラを頂点とする、2枚ドアのスポーツクーペの新車を乗り回し(私はそこまでいかず、ホンダのプレリュードでしたが)、冬場は終末・・・間違えた --;、週末の連休ともなれば、仲のいい友達や会社の同僚と白馬、上越、蔵王、安比とスキー三昧。自分のことだけ考えていればよかった。もちろん、食いッぱぐれの心配も、将来への不安などない時代。
遊ぶカネがなけりゃ、クレジットカードのキャッシング、銀行カードローンで借りてまで遊んでました。そして十分、稼いで返せた時代。それが明日への活力になっていたのも事実。

それに加え、年老いた?今と違いストレスにも強く、跳ね返し、それに耐えられるだけの耐性がつくのを訓練として捉える事が出来たのですね。

今でも忘れません。
ある日、午後3時過ぎに、一時外回りから仮払金を出納に戻すのに帰店し、「ご苦労様です」と店内に入るといきなり支店長に --;

「おい、○○・・・この!バカヤロウ!!てめえ~、何やってんだよ!たった今、人事研修課から電話があったよ。新人研修レポート提出してねえだろ!あん?いつまでも甘ったれてふざけて、社会を舐めてんじゃねえよ!明日中に提出しろよ、このボケ!
そんな風だから仕事も出来ねえ、実績も上がらねえんだよ!」

と役席の方を含め、女子行員とみんな10名以上いる中で、怒鳴られた事が。
ま、私がやることやってなかったわけで、非があったのでただただ「すみませんでした」と平謝り(涙;)

それから再び外へと向かいましたが、「ちくしょう、あの支店長、何もみんなの前で赤っ恥かかせなくても良かったじゃねえかよ!」と怒りがこみ上げてきて・・・いつもトイレ休憩に使っている公園に行って、お客様サービス用の皿を2~3枚、コンクリート壁にぶん投げたりしたものでした(^^ゞ・・・

信じられるのは自分だけ。すべてが自己責任、己の力でこの世を泳ぎきってみせる~!などと突っ張っていたものでした。

ところが人間、変われば変わるものです。弱くなった・・・というよりも、弱さを嫌というほど知らしめられたと言うべきか。
己の限界、高い壁にぶち当たり、自分の無力さ、世界権力の裏構造を知り、この世の君(サタンを親分とする悪魔のヒエラルキーである世界のパワーエリートの富と権力)にはまるで歯が立たない・・・なんてちっぽけな存在なのか。

そんな時、見出した希望の光が全能なる神の御子、イエス=キリストだったのですね。絶対悪のデーモン連中を破砕し、我々を救い出してくださる唯一の希望であると。また回心し、信じた頃の心の中を優しく吹き抜けていく爽やかな風、黙って空を見上げると理由もなく涙が頬を伝う・・・これが「神にある平安なのだな」と感じたものです。

某牧師先生のメッセージを思い出しますね・・・
「救われたなら思う存分、遠慮なく神の恵みを受け取り、味わい喜んでください。その先には、必ずしも平坦な道が備えられているとは限りませんから」と。

はじめ、この意味がわかりませんでした・・・ある意味、繁栄の神学マンセー!状態に脳が侵されていたのですね --;

ところが今はどうでしょう?
まさしく使徒行伝にある、主がパウロに仰せになったこれらの言葉の意味・・・今なら嫌というほどわかるつもり?です。

>わたしの名のために彼がどんなに苦しまなければならないかを、彼に知らせよう
>わたしたちが神の国にはいるのには、多くの苦難を経なければならない
>しっかりせよ

私はパウロじゃないのに(ToT)/、重い、この世の歩みのなんと重いことか。肩の荷が歳をとるごとに重くなる・・・
私と限らず、皆さん同じ思いの方は多いはずですよね?なぜこんなに振り払っても振り払っても火の粉が飛んでくるのだと。
まるでこれらの聖句は、自分に向けて言われているかのようです。

苦難の本番はこれからだと言うのに、既に青色吐息でヨレヨレの半病人で、地べた這いずり回っている状態(ToT)・・・どうしたものか・・・もう「命預けます」でいくしかないですね。
でもその時はその時で、苦しむのは嫌だから、「ひと思いにピンコロか即死で」などと思わないわけでもありませんが。なんと自分は贅沢でわがままな人間なのだとつくづく思います --;

しかしながらここまで生かされてきたのだから、この与えられたこの世での命・・・この物質世界でしか出来ない事に・・・有効に使いたいものです。

難い話は抜きにして。
そう、たとえば・・・矢吹ジョー、ヤマトの真田技師長、斉藤隊長、はたまたベルバラのオスカルのごとく。たぶん無理でしょうけど、うん絶対無理だと思いますけど・・・

たかがアニメとバカにするなかれ。
辛口のハード・ボイルドなのです、大人になり違った視点で見直して見ると、子供の頃にはわからなかった要素がてんこ盛りですから。

« べテ・トガルマで重要な動きアリ | トップページ | メッセージ名言集 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

このお話は誰に向かって話しているのでしょうか?読んでいる人でしょうか?

もちろんそうだとは思いますが・・・

こういう語り口調の証というかお話はご自分の宝にお話ししてあげるものだと思います。
そういう会話をできない事は悲しいことだと思います。それぞれの性質もありますがこのような切り口はお宅の宝には心しみるのではないでしょうか?

ちよさん、申し訳ないけど意図するところが私にはよくわかりません。

別に自慢話だとは思わないし、脚色した憶えもありません。
信仰を持ったからと言って、ばら色の人生が待っているわけではない、いやむしろ、この世の一般人やっていた方が見た目には幸せそうに感じるかもしれない。それでも私はたとえ無理でも、無理だろうけど、パウロに倣って歩んでいきたいものだ、もう戻れないのだから。
という事を言いたかっただけなのですが。

加えて、繁栄の神学を100%否定はしないけど、傾倒しすぎると危険だと言う事も言いたかっただけです。
自分を義とするニュアンスで書いたつもりもありません。

また、今の時代誰も大変なわけで、同情を買いたいつもりで書いたわけでもありません、現実がどうなるわけでもないだろうし。これから先、好転するとも思えない。

あまり慣れない、不得手な記事は書くべきじゃないのかもしれないですね。批判は謙虚に受け止めましょう。

配慮の足りない、気分を害した,また青二才が偉そうに説教垂れたように感じたエントリーであったのであれば、この場で謝罪します。

今の若者の中には、ちよさんと同じ考えを持つ人も多いのかもしれません。
その時は、躓きを与える人格不適格者としてブログ閉鎖も考慮しますね。

貴重な意見、ありがとうございました。

ザアカイさん、こんばんは。

この世の重荷がのしかかってくる感じ分かります。正直に言うと、信仰を持った方が苦しみが多い。世の人が苦しまなくていいことまで苦しまなくちゃいけないから。

信仰を持つ前の方が楽だったのに、とたまに考えることがあります(-_-)

でもイエス様を信じて本当に良かったと思う。絶対に前の自分には戻りたくない!

僕は何を失おうと、命を失おうとイエス様について行きたい(^O^)
僕はイエス様が大好きだから!!

文のスタイル、使う顔文字から判断してヒーブルンさんですかな?違っていたらゴメンなさいね。

>でもイエス様を信じて本当に良かったと思う。絶対に前の自分には戻りたくない!

→さすがに情熱的ですね。

某教会で聞いた、ゴスペル?それともオリジナルの賛美歌?かわかりませんけど、こんな曲があります。印象深いので憶えてます。

サビの部分だけ^^;

もう~♪戻~れな~い♪
もう~♪振~り向け~ない~♪
イエス様と歩~む♪道は~♪輝い~ているか~ら~♪

名前忘れてました。ヒーブルンです!

あれ?ザアカイさん。
何か勘違いさせてしまいましたか?

別にこのお話の内容で怒っているとかそういう話ではないので謝らないでください。こちらが誤解させてしまったので申し訳なく思います。

私が言いたいと思う事はつまりこうです。

素朴なご自分の心境ととご自分の過去をこの回ではザアカイさんは書かれていたのでその素朴さと過去と今の心境と今の信仰についてどう考えているかをさりげなくご自分が生んだ方にお伝えしたらどうですか?

と言ったつもりなんですが・・・(;´・ω・)


きっとご自分の宝はほんの少し心揺さぶられる可能性がありますとお伝えしたかったのです。(そういう話(時間)の積み重ねが宝にはボディーブローのように効いてくるのです。そしてある日化けるのでございます。どう化けるかはともかく最低限の賜物をもつ人に育つのは確かでございます。→実験体はちよちゃんよーん♪)


ともかく・・・

今回の語り口調は多方向に発信しているけれども、ご自分の足元にある宝には一番良い効果があるのではないですかと言いたかったのです。(灯台下暗し)

で・・・ザアカイさん
返信で気になるところがあったのですが

>今の若者の中には、ちよさんと同じ考えを持つ人も多いのかもしれません。

ちよちゃんザアカイさんの考えききたいな~♪( ̄▽ ̄)

勝負は手元にいる時までですのでなるべく早く自立しないことを祈りましょう??(笑)
心情は早くしてくれ!!何でしょうね^^:

 --;・・・今度は何となくわかりました・・・が・・・解読が難しいですぞ。
自分でも果たして正しく捉えられたかどうか、一応捉えられたつもりとしておこう。

で、例の質問ですけど、いわゆる我々の世代は好景気、バブル経験世代なわけなのですよ。それも人生で一番アクティブな20代~30代初頭に。
バブルったって、左団扇で派手な生活してたわけじゃありませんけどね。贅沢覚える前に弾けちゃったから(笑)、これが逆に良かったと自分では思ってます。今に比べれば恵まれていた程度でしたから。
手取り15万ほどの安給料だったし(爆;)

ところが今の若者って、特に大多数の学生は奨学金借りて、仕送りもろくにしてもらえない学生もいると聞きます。
正社員への道も厳しく、就活に絶望して就活自殺者まで増えていると言う。親も運良く子供が正社員になれたとしても、教育ローンの返済で四苦八苦・・・自分がそうです(涙;)、そんな事も知らずに子供って、親はある程度カネ持っていると勘違いしているし --;

その一方で、人生こんなもんだと捉え、我々の若い時分より逞しく前向きに生きている若者も多いようで。このようなタイプも確かにいる・・・自分が恥ずかしくなるくらいに若いのに立派だと思って接しています。それでも若いのに気の毒なくらい苦労しているようですけど。

そこで・・・前者の場合、あまりバブル時代の話はしないほうが良かったかな?と考えたわけですよ。
後者の場合だって、あまりいい印象は与えないかもしれないとも思うしね。もちろん、ちよさんがどちらのタイプかは私にはわかりませんがね。正確な年齢も知らないし。

と、これ以上論点を広げるとキリがないので物質社会の現実に的を絞り書いてみました。

私も
( ´ ▽ ` )ノバブル世代( ´ ▽ ` )ノ

でも、今はイエス様の元に引き戻していただいた、感謝な、極貧生活満喫人間(そんな人間いるのか?)でぇ〜す。

このブログのファンになりました(´・_・`)
閉鎖しないでくだしゃい( ´ ▽ ` )ノ
携挙される迄は…

KU2CO2さん、はじめまして。沢山のコメントありがとうございます。
こちらにまとめてレスします。

こんなブログでも少しはお役に立っているのですかね?(笑)
私の場合、普通の人と違い、終末論、陰謀論からキリストへ辿り着き、御前に跪き、頭をたれたタイプなので、そのことを念頭に置いて読んでくださいね。

こちらこそよろしくお願いします<(_ _)>

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/187398/58446684

この記事へのトラックバック一覧です: 使徒行伝より;パウロから学ぶ事:

« べテ・トガルマで重要な動きアリ | トップページ | メッセージ名言集 »