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2013年9月24日 (火)

先が見えず、闇の中を歩もうとも

またまた更新が滞ってしまいました --;
頭の中が真空状態で何も閃かない・・・いったい私は何なのでしょう?自分でもよくわかりません。単なるボンクラ、気分屋の無能とも言う(笑)

欧米ユダ金陣営は何としてもシリアに言いがかりをつけて攻撃したいようですが、ツァーリ・プーチン率いるロシアの壁が想定外に厚かったのでしょう。メドだったら簡単だったのでしょうが。
「羊の皮を被った狼」と言われている、イランのハッサン=ローハニ新大統領も控えているしで、計画通りに事が進んでいないと言うのが現実かも??このあたりイスラエルはわきまえてる。ネタニヤフが首相官邸でケリーを殴った?などという噂まで飛び交う始末 --;
国連の年次総会も始るしで、またまた様子見、ということで今回は視点を変えたエントリーを。めったに書かないと言うか書けない、福音メッセージです。

不義な者はさらに不義を行い、汚れた者はさらに汚れたことを行い、義なる者はさらに義を行い、聖なる者はさらに聖なることを行うままにさせよ」。
「見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えてきて、それぞれのしわざに応じて報いよう。
わたしはアルパであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。
いのちの木にあずかる特権を与えられ、また門をとおって都にはいるために、自分の着物を洗う者たちは、さいわいである。

黙示 22:11~14

今日の藤原直哉のインターネット=ラジオを聴いていて(この方頭脳明晰なエコノミストとしても人間的にも素晴らしい人です)、

「やはり最後は天のシナリオなんですね。暗く冷たい人たちは淘汰される。明るく暖かい人たち、いわゆる民衆の力が日本を再生する原動力となる。今の安倍政権は末期状態です、これから天の力が働いて良くなります。」

としゃべってました。しかしキリスト者の視点から言うと「いいとこまで行っているけどもう一歩」なのですね、これが。残念ながら私はこのように楽観的にはなれません。

異論反論オブジェクションあろうかと思いますが、要はこうです。また、私のポリシーを押し付けようとも思いませんので各自の判断にお任せします。

パウロがローマ書で述べているように人間はしょせん罪人、「義人はいない、ひとりもいない」ということ。まず自分の罪( crime ではなく original sin)を認め、次にイエス=キリストを唯一の救い主と認め罪の許しを請い、悔い改め、十字架の購いの恵みをありがたく頂戴する。

頑なな人のために一つの例を。実はワタクシ、NHKの女子アナ・小郷知子、通称コゴたん(笑)のファンなのですが、この時間になると手を休め、テレビの前に座り込みます(爆;)
呆けた顔してヨダレ垂らして(嘘です)テレビ見てるとツレが・・・「ホントに中年のエロオヤジってや~ね。この人服装が挑発的でNHKのアナウンサーらしくないのよね」と --;
「だからいいんじゃん、旦那がうらやましいじゃねえか、ベイベ~(;一_一)・・・」などとジョークとしても言うものだから、軽蔑の白い眼差しでジト~っと --;

これでも神の基準からすれば罪、どう逆立ちしても我々人間では神の清さには到達できない。聖人君子になどなれやしない、それでもキリストを信じるなら我々は罪許され、義とされるのです。御子の血はオールマイティーなのです。
これがわかる事によりはじめてスタートラインに立つことになります。
そうじゃないと何も始らない。

旧約聖書が人間の罪深さを赤裸々に曝け出す診断書であるとするならば、新約聖書はその処方箋、イエス=キリストによる救いの書であると言えるでしょう。そしてキリスト教神学を構築し、その最大の案内人を仰せつかったのが使徒パウロなのでしょう。

今は既に「闇の時」、悪のダークパワーがクライマックスに達しようかという時です。
私的には、人間の悪を徹底的に曝け出させ、今度こそ根こそぎ一網打尽にする・・・よって神は人間の自由意志を尊重し、なるがままに任せると考えます。必要最小限しか介入しない、それが我々人間にとっても益であるから。

時にはそれが辛く耐え難い(今でもコーナーに追い詰められガードしながら力あるものからのパンチを必死にガードを固めて耐えている状態ですが --;)、神とは必要な時に助けてくれない、冷酷無比な方に感じることがあるでしょう。

しかし、私は無理にでもこう考えるようにしています。

あなたがたのうち主を恐れ、そのしもべの声に聞き従い、暗い中を歩いて光を得なくても、なお主の名を頼み、おのれの神にたよる者はだれか。

イザヤ50:10

神を信じるならば、必ずや聖霊は人知れず静かに働いてくださる。

「もうだめだ、もはやこれまで」と感じてもここからだ。不可能を可能にするのが信仰である。すべてが可能であるなら信仰はいらないと。

たとえ、どう転ぼうとも
我々人間では主の御心、その時、そのご計画、奥深い真理を完全に知る事が出来なくとも(当たり前ですが)
カルバリの十字架を見上げ、王として再び来られるキリストにのみフォーカスし、歩み通すことが出来るなら、それだけで勝利者になれるのではないでしょうか。

時にというより、私などしょっちゅうですが、疑いが起こる事があります。しかしマタイ伝28章のラストで主は「世の終わりまで私はあなたがたとともにいる」と明白に言われてます。

これまた、なかなか実感できないのですが無理にでも信じることが勝利に繋がると私は信じます・・・そう、無理にでもです(T_T)/

なぜなら他に方法がないのですから。人類に残された唯一の希望なのだから。

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コメント

ハレルヤ♩
ザアカイさん こんばんは^_^

>呆けた顔してヨダレ垂らして(嘘です)テレビ見てるとツレが・・・「ホントに中年のエロオヤジってや~ね。この人服装が挑発的でNHKのアナウンサーらしくないのよね」と --;

その気持ち分かります(笑) 男性にはどうしようもないことですよね。ついつい美人な人を公で見ると....zm(_ _)m

僕が最近あみだした、誘惑に打ち勝つ方法!
そういう状況に出会ったら、相手に見惚れるのではなくて「主よー!この人をちょー熱心なクリスチャンにしてください」と叫んで祈ります(^_−)−☆

そうすると案外効果あり✴︎

ヒーブルンさん、見事なアドバイス感謝です<(_ _)>

あまり適切な例じゃないと思ったのですけど --;・・・逆にわかりやすいかな?と。
必要以上に卑屈になる必要はないと思いますが、なかなかこれができないのですよね。
みんなこのくらいやっている。奇麗事だけじゃこの世の中渡っていけない。
確かに正論なのですけど、罪の意識が芽生えるようになればしめたもの。

それでも人間、弱い生き物なので繰り返し罪を犯してしまう・・・だから罪は許されるものなのですね。

課題はその先なのですけど、これがまたアタマではわかっていても、一筋縄ではいきません、やれやれです。

ザアカイさん、皆さん、こんにちは。

今、心に響くのは、
私自身の罪の重さ。

私には、自分のしていることがわかりません。
自分がしたいと思うことをしているのではなく、
自分が憎むことを行なっているからです。(ローマ7・15)

私は、私のうち、すなわち、私の肉の内に善が住んでいないのを
知っています。
私には善をしたいという願いがいつもあるのに、
それを実行することができないからです。
私は、自分でしたいと思う善を行なわないで、かえって、
したくない悪を行なっています。
もし、私が自分でしたくないことをしているのであれば、
それを行なっているのは、もはや私ではなくて、
私のうちに住む罪です。(ローマ7・18-20)

パウロの告白。
サタンの様々な試みや誘惑が激しくて
それでも善をしたい願いを持っていてもできない罪の重さ。
それが私にも迫ってきました。
どれほどの罪を人は持って生きているのかと思わされます。

十字架で罪を負うイエスさまの重荷がどれほどであったのかと。
ひとりの人間の罪がどれほど大きいかを身に持って知らされました。
だから、このイエスさまの前に罪を悲しみつつ、
贖いを感謝しつつ、
恵みを喜びつつ、
主を見上げて主が来られる時を待ち望みつつ
歩いていきたいです。

どうか、罪の重荷から多くの人が解放されて、
キリストの贖いを受けられますように。

私は、ほんとうにみじめな人間です。
だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
私たちの主イエス・キリストのゆえに感謝します。
ですから、この私は、心では神の律法に仕え、
肉では罪の律法に仕えているのです。
こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは
決してありません。
なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、
罪と死の原理から、あなたを解放したからです。(ローマ7・24-25、8・1-2)

※enjeruのHNを改め、「主のしもべ」とします。

そうですか、HN変更ですね、了解しました。

罪といえばやはりローマ書を引っ張り出さねばなりませんね。
パウロレベルの罪と私などの罪は、同じ罪でもレベルが違うと思いますが、罪は罪には違いないですね。

徹頭徹尾、キリスト本願でいかねば。
罪と律法からの解放、感謝な事です。

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