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2013年4月23日 (火)

ローマ書から

悪い癖でまたふたたび・・・というか、いつもの事で気まぐれブロガー、書ける時は何かに魅入られたようにキーを叩けるのですけど、ダメとなるとダメ --;
久々の更新です。
この一週間、アメリカでのボストンマラソンテロ、テキサスでの肥料工場の爆発(爆破?)事件、日本、イラン、中国など世界中での大きな地震とそれなりの事件がありました。

ま、優秀な方が様々な分析をしてましたし、私などはお呼びでないと外野から見ておりました。
今ひとつ見えてこないことがあり、焦点を絞れず、スルーした面もありましたが。

ただ、世の中は聖書の預言通りに進んでいるのは確かなようです。
ということで、特にワールドワッチ・レポートとして書くこともなく(^^ゞ

そんな中でここ一週間、心に残った聖書箇所です。今、旧約お休み、新約を通読中、ローマ書を読んでいたのでローマ書からが中心になります。

それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

ローマ 3:22

では、わたしたちはなんと言おうか。義を追い求めなかった異邦人は、義、すなわち、信仰による義を得た。
しかし、義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法に達しなかった。
なぜであるか。信仰によらないで、行いによって得られるかのように、追い求めたからである。彼らは、つまずきの石につまずいたのである。
「見よ、わたしはシオンに、/つまずきの石、さまたげの岩を置く。それにより頼む者は、失望に終ることがない」/と書いてあるとおりである。

ローマ 9:30~33

聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。
ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。
なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。

ローマ 10:11~13

* 「ユダヤ人とギリシャ人との差別はない」とあります。主の名を呼び求めるならばみな救われるのです。
選民思想、はたまた優生学を盾に自惚れ、思い上がった、ワケわからないユダヤ人の教え、又はそれに喜んで尻尾を振る和製シオニストに惑わされる事なく、文字通りに受け取ればいいのではないでしょうか。

喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。
互に思うことをひとつにし、高ぶった思いをいだかず、かえって低い者たちと交わるがよい。自分が知者だと思いあがってはならない。

ローマ 12:15~16

食べる者は食べない者を軽んじてはならず、食べない者も食べる者をさばいてはならない。神は彼を受けいれて下さったのであるから。

ローマ 14:3

もし食物のゆえに兄弟を苦しめるなら、あなたは、もはや愛によって歩いているのではない。あなたの食物によって、兄弟を滅ぼしてはならない。キリストは彼のためにも、死なれたのである。

ローマ 14:15

* ここを少し解説します。文字通り、律法的な食物とも解釈できるでしょうけど、一歩深入りして、食物を御言葉のたとえとして霊的に解釈するならば、福音を受け入れたばかりの乳飲み子のクリスチャンの躓きとなるような、律法主義的な講釈はすべきではないと言う事になるでしょう。もちろん、致命的な間違いは指摘すべきでしょうが、それによって、必要以上に裁くべきではありません。傲慢な思い上がりにより自分が知者だと思い上がるべきではない、これは自分に対する戒めでもありますがね --;

救いは唯一、イエスをメシヤだと信じること。それでいいではありませんか。ここにも、あなたの食物(偉そうな思い上がった講釈)によって、兄弟を滅ぼしてはならない、とありますから。

すべての聖徒達から、特にカイザルの家の者たちから、よろしく。

ピリピ 4:22

なぜ、この箇所がピンと来たか?
実は某牧師先生のメッセージで気づかされました。
地中海西部にはディアスポラしたユダヤ人がいたのは間違いありませんが、新約聖書も北イスラエルのいわゆる「失われた10部族」の末裔、これらの人々を聖書で言うところの異邦人と呼び、ユダヤ人向けに書かれたというユダヤ的というか、選民主義的傲慢解釈があるそうな。

どうも教会破壊、分裂を目的としたマラノ的解釈に、私みたいなユダヤ陰謀論出身のタイプはピン!と反応してしまう。カイザルの家の者というのだから、ローマ帝国直属の悔い改めたクリスチャンを指しているのでしょう。比較的社会的地位が高かったと推測されます。これは使徒行伝を読めばわかります。どう贔屓目に見てもそうとしか思えません。
自称=メサニック・ジューとマラノは紙一重、要注意です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、こちらでは極端な解釈に陥らないよう、「すべてのユダヤ人はワルである」という公式を鵜呑みにしないよう、ユダヤ人を弁護します。

兄弟たちよ。あなたがたが知者だと自負することのないために、この奥義を知らないでいてもらいたくない。一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人が全部救われるに至る時までのことであって、こうして、イスラエル人は、すべて救われるであろう。

ローマ 11:25~26

ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。

見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。

わたしは言っておく、『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』とおまえたちが言う時までは、今後ふたたび、わたしに会うことはないであろう」。

マタイ 23:37~39

* さて最後の論点になります。書いているうちにエンジンがかかってきました(笑)

ユダヤ人には3つのタイプがあります。
私は、アシュケナジー、スファラディーとはタイプ分けしません、的外れとは言いませんが、ある意味ナンセンスです。

シオニスト~別名、ユダヤ・カバリスト、サバタイ派ユダヤ教徒、フランキストなどと呼ばれます。もっとストレートに言うならばサタニストでもいいでしょう。
300人(500人)委員会とか、さらにその上、13ドルイドカウンセル、イルミナティ悪魔の13血流、などと呼ばれる連中の手足のごとき連中。もちろん、この中心にあるのもユダヤ系であるのは言うまでもありませんが。

正統派ユダヤ教徒(オーソドクス=ジュー)~イエスをメシヤと信じない、旧約の律法により義を追い求め、今だ現われないメシヤを待ち望んでいる人々。
現在のイスラエル国家を神の意志によって建国されたのではないと否定する。イスラエルにおいては、シオニストより格下の二級市民として迫害も受けている人々。
タルムードの教えも受けているだろうから、完全に惑わしの中にもあるとも言えるでしょう。
しかし、このタイプがすべて、サタニストとするのは早計でしょう。イエス憎しと洗脳されているだけで、シオニスト連中ほど邪悪な感じはしない方々が多い。この方達も純朴すぎるタイプが多いように見られる。彼らは敵では断じてありません!

上記に挙げた聖書箇所は、オーソドクス=ジューのためにあるように思える。まさしく「イスラエルの失われた家」の典型で、最終的にはイエスをメシヤと認め、悔い改める人々だと思います。

メサニック=ジュー~キリストをメシヤと一応認める人々。マラノ(表向きキリスト教に改宗したふりをする、キリスト教破壊を目的とするある意味、シオニストより、たちの悪い偽善者、NWOの宗教部門における工作員、中世の異端審問官として有名なトマス=トルケマーダはマラノであった)との見分けが難しいため要注意。

聖書知識にも長けており、中には心から悔い改めたユダヤ人もいるはずでしょうが、その教理を鵜呑みにし、実はマラノであったなどとなったら悲惨すぎるので、このような人たちもいる、参考くらいに理解しておいた方が無難。
しかし、あのユダヤ歴とユダヤの祭りの意義には一目置いてます。(レビ記23章参照)

律法で救われるには100%完璧に実行せねばならず、人間ではまず不可能。あのモーセですら律法を完璧に実行する事は出来なかった。出来たのは、主イエスただお一人。

使徒行伝には我々異邦人に対し、このように書いてあります。

そして、人の心をご存じである神は、聖霊をわれわれに賜わったと同様に彼ら(注;異邦人の事)にも賜わって、彼らに対してあかしをなし、また、その信仰によって彼らの心をきよめ、われわれと彼らとの間に、なんの分けへだてもなさらなかった。
しかるに、諸君はなぜ、今われわれの先祖もわれわれ自身も、負いきれなかったくびきをあの弟子たちの首にかけて、神を試みるのか。
確かに、主イエスのめぐみによって、われわれは救われるのだと信じるが、彼らとても同様である」。

使徒 15:8~11

↑は、ガラテヤ書を読めば、なお一層、理解が深まる事でしょう。一貫したテーマでパウロは書いております。

そもそもメサニック=ジューの誰か忘れましたが、「福音のユダヤ性の回復」などと、マラノ的な臭い、「異なった福音」の臭いがプンプンします。

我々は我々の信ずる道を行けば、それでいいのだと思いますね。
むしろ私としては、オーソドクス=ジューの救いのために、祈りたく感じます。理屈でもなんでもなく、そう感覚的に感じるから・・・ただそれだけです。

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コメント

「ザ エデン」の中で、見事に2012 0413淡路島地震を予告、その解明をしています。
それによりますと、ヤミ組織からのmessageとして、
0411 福島震度6
0412 福島震度6
0413 淡路震度6


大震災から 18年


東日本震災から、二年後に…いよいよ本格的に、日本をぶち壊すよ…ってmessageなんですってさ


さらに私的に解釈を挿入するなら、先の
2012 0101 鳥島近海異常地震
2013 0417 鳥島近海異常地震、

この深さ400キロ近くの震源といい、不気味なmessageを読み取ると、

やはり!いよいよ本格的に日本をぶち壊すぞ!!覚悟しいや!!ってなるのではないでしょうか。

最近、てにいれた冊子に、「もし東京湾に津波がきたら」講談社
を読んで戦慄が走りました、皆さん祈りましょう!!


首都圏ばかりか日本列島をぶち壊す作戦なんだそうですから…他人事ではありませんよ!!

う~む?無視できませんなあ。
なぜ日本はこんなにも幕末以来、目の仇にされ世界からいじめられるのか?
サタンとその下僕の連中は、何か知っている可能性が高そうですわね・・・

戦慄すべき内容
なぜ闇権力者たちは、私たちの国 日本と日本国民を無差別な仕方で攻撃しているのか?

レオ サガミ氏の答え
日本という国をこの地球上から抹殺する目的だった、と

イルミナティ最上部は、ヤマトの国 日本を神の国 特別に選ばれた国としてずっと以前から認識していました。

日本は維新の開国以来今まで、新世界統一秩序の遂行を挫いてきた稀有な国です。
歴史上の約百五十年間、ワンワールドオーダーの計画の前に、日本はことごとく立ちはだかってきたからです!!当の日本人さお、神の国日本という言葉には当惑してしまいますが…彼らイルミナティフリーメーソンは、そして世界に暗躍する闇権力者たちは、日本人が知らされてもいない〜日本と日本人の真の姿を知っていたのです!!

たとえば、日本列島の本州ですが…ユーラシア大陸の精巧なひな型なのをご存知ですか?

神は4つのプレートの真ん中に、世界のひな型を創造されたことを…

十字架の真ん中に主がおられるような形

ちなみに、樺太は南極大陸のひな型、北海道は北米大陸のひな型です。アイヌとインディアン、熊グリズリーと鮭salmon、石狩川とセントローレンス川
本州はユーラシア大陸に対応
大陸移動のインドは同じく大陸移動で北上してきた伊豆半島に対応、ヒマラヤは富士山、伊勢湾はアラビア湾、堺はフェニキアのシドン、山口長州はスペイン、瀬戸内海は地中海、四国はオセアニア、九州はアフリカ大陸、台湾は南米大陸に対応する

さらにそれぞれ日本と世界は地理的なひな型ばかりか時間軸でも歴史的にも対応しています。

たとえば、アレキサンダーに対応するのが織田信長、志なかばで倒れます。北乃王 南の王 天皇に別れ 宗教改革のルターとカルビンに対応するのが鎌倉新宗教の親鸞と日蓮、道元など
キリスト教が東西に分裂するように、本願寺も東西に別れました。

日本で起こることは世界でも起こり、逆に世界で起きたことは日本でも起こります。詳細は略

ちなみに、鯛の鯛のように、世界のひな型日本のさらにひな型があります。それは新島、式根島 神津島周辺です。プチ日本の形をしています。特に神津島は、その島だけの神話があり、高山植物 火山、砂漠、湖、独特な生態系に 黒曜石 キリシタン伝説など、一つの世界になっています。

とにかく、日本はヤハ神の創造された特別な土地なのです!!そんなこと書くと韓国朝鮮半島の人たちが火病ファビョルかも知れませんが、事実であります。

日本は特別なのです。

クリスチャンが特別なように

なかなかディープなコメ内容ですな。
しかしまあ、何と言うか、日本という国は本当に我ながら摩訶不思議な国だとつくづく!感じますね。

時が来れば、真実がわかるんでしょうが、今はまだ、鏡にぼんやりと写っているレベルなのかなあ~?

と、控え目に言ってみる^^;

ガラテヤ3:13には、「キリストが私たちのために呪いとなった」とあります。その結果、私たちは律法の呪い、つまり「律法のすべてを守り行わないと呪われる」という逃れようのなかった束縛から贖い出されました。

素晴らしいのは14節に書かれているその解放の目的で、「アブラハムの受けた祝福がイエス・キリストにあって私たち異邦人に及ぶため」、そして「約束された御霊を信仰によって受けるためである」とあります。

「アブラハムの受けた祝福」であり、「律法による祝福」ではありません。「信仰によって」御霊を受けるのであり、「律法の行いによって」受けるものではありません。

キリストが律法の呪いになったという事実は、律法を行うことによって神から祝福されると思い上がる人間の傲慢を強烈に照らし出します。

呪いと祝福って冊子も出てますよね♪昔読みました。
神を愛さない者は呪われよ。心が神から離れ己が腕を頼りにしている者は呪われよ。詐りの福音を語る者は呪われよ。などなど、ヤコブが最愛のラケルを結果的に呪い殺した悲劇は圧巻でしたが…創世記31:32 35:18

ケーヨーデイツー三田店で、エステーの家庭用放射能測定器エアカウンターS 2980円売り出されてるから買おうかな?ハンズだと八千円近かったから、様子みていたんだけど、かなり安くなりました。

金も今が買いですよ。二百グラムで百万円弱!もう少し様子みるのもアレ!?かしらね♪

ミヤサカさん、コメ感謝です。

アブラハムは神を信じて義とされたとありますし、アブラハムの時代はまだ律法はなかったですからね。
律法は信仰の養育係とあるように、無視せよと言うつもりはありませんが、縛られる必要はないですからね。モーセの十戒すらマトモに守れない私としては、それだけでも謙虚になれます。キリストの贖いなしでは救われません。
もちろん、少しでも近づけるようにという思いはありますが、それにより絶望して躓いては本末転倒になってしまいますね。

風さん、これまたディープな。
ヤコブとラケルの話からエフタのエピソードを思い浮かべました。
これまた悲劇の代表例、旧約の時代の人々はある意味大変だったのだなあと。
すべては人類の悠久の歴史の上での必然、神の壮大なる人類救済計画なのでしょうな・・・どうしても疑問が残りますけど、天においてそのすべての疑問は解決されるんでしょうね、期待したいです。

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