2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

ブログパーツ

なんでも&緊急連絡版

« スーダンの軍需工場が空爆される | トップページ | 神の国のイメージ »

2012年11月 2日 (金)

「北アイルランドの赤いユリ」を読んで

「北アイルランドの赤いユリ」 J・A・ヒューイット小伝

という、80ページほどの小冊子を同じ教会の兄弟から「読んでごらん」と手渡され読んでみました。
その中で思わずしおりを挟んで、読み返している箇所から。

このブログのメインテーマは、終末聖書預言、ワールドワッチ、その先にあるのはもちろん、キリストの再臨であり、それが何時か?などわかるはずもないのですが、せめて季節だけでも知りたいものだ、この「究極の希望」を訴えたいと思い、ボンクラの星?身の程知らず?単なるアホ?としてやってきました。

キリストの十字架の贖い、復活はその前段階であり(これがわかってなきゃ、終末論は無意味なのですが --;)、それほど深くは触れてきませんでした。

それでも・・・今の世の中、半恐慌状態(私は不況の先を行っていると感じる)、日本ばかりでなく欧米も政治、経済はメルトダウンして打つ手なし(連中のシナリオ通りかもしれませんが)、つい先日もハリケーン・サンディがアメリカ東海岸を襲い、甚大なる被害が出ている模様で、まさしく天変地異のオンパレード。

どうしても、意気消沈し、ダメージを受け、やけを起こし、現実に打ちひしがれ失望し、神に見捨てられたと感じ、生に対し意欲を失う事すらしばしば・・・

魂に響いたので、抜粋してみましょう。

P50~51から ~

第7章 投獄と死

ヘブル人への手紙 / 13章 3節

獄につながれている人たちを、自分も一緒につながれている心持で思いやりなさい。また、自分も同じ肉体にある者だから、苦しめられている人たちのことを、心にとめなさい。

雅歌 / 2章 2節

おとめたちのうちにわが愛する者のあるのは、いばらの中にゆりの花があるようだ。

いばらの中のゆりは、風が吹くたびに揺れて、ゆりはいばらの針で傷つきます。
しかし、その傷口から流れ出るのは、ゆりの香りです。いばらは当時の日本です(注;第二次世界大戦前の治安維持法吹き荒れる迫害の時代)。風はそこに吹く時代の流れ、憎しみや懐疑心、争い、暴力などです。風が強く吹くと、多くの人は傷つき、涙し、血が流れます(注;これは現代にも当てはまるのではないだろうか)。白いゆりは赤く染まってゆくでしょう。本書の題名「北アイルランドの赤いユリ」は、ヒュイットや多くのクリスチャンの涙と血を現しています。

痛み、苦しみはその人しかわからないことが多いのです。身寄りのない異国の地で、ひとり検挙され、尋問を受け、拘留される。警察や特高の質問は、はっきりとした英語だったろうか。受け答えは出来たのだろうか。その場には、クリスチャン達の救いの手も励ましの声も届きません。ただ主イエスに頼るしかなかったのですこの時ほど、ヒュイットは主イエスのみことばを思い起こし、祈り続け、主の励ましを経験したのではないでしょうか。

ヘブル人への手紙 / 2章 18節

主ご自身、試錬を受けて苦しまれたからこそ、試錬の中にある者たちを助けることができるのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は一番大事なことを見落としていたような気がします・・・
必ずしも、間違いなく、生きて掲挙される、もしくは再臨まで生き残れるとは限らない。

今を生きていくことさえシビア・・・心が折れそうになり、生きる気力すら無くしそうになることすらある。試練は何度でもやってきます・・・

「ただ主イエスに頼るしかない」

まだまだ私では頭では理解出来ても、心がついていきません・・・
我々の世代も、ヒューイット師と似たような経験をしないとも限らない。エゼキエル書38章は既に地平線上に現われてます。そんな時思い出したいものです。

誰の声も届かない、ただイエスに頼るしかない・・・このレベルに到達すればしめたもの!!

しか~し、現実はと言うと・・・シングル=プレーヤーへの道はまだまだ険しい!!(涙;;)

« スーダンの軍需工場が空爆される | トップページ | 神の国のイメージ »

主イエス=キリストの愛」カテゴリの記事

コメント

わたしも〜深く反省しよう。
ひょっとしたら、信仰者として今までの態度は的外れな生き方ではなかったのだろうか!?と


的外れ?ということはないと思いますけど、奥が深い事には違いないですよね。
繁栄の神学にしても、すべてを100%否定するつもりもないです。

ただ今回感じたのは、我々は試練の中で試され続けている・・・

「本当にあなたは私だけを主とする事ができますか?」

と、問われている気がしました。
本音はこの世においても喜びの中で祝されて生きたいからねえ~
誰だって、白いユリが真っ赤になるのは嫌だし、見たくないし。
自分を見つめなおすいい機会ではありましたが。

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

>「ただ主イエスに頼るしかない」


神の矢筒の中。
人は暗いと思う。
けれど矢筒は
まばゆい光に包まれている。
矢筒の入り口。
天に繋がっている。
イエスの光がそこから照らしている。
イエスの愛がそこに満ちている。
矢筒の中は安全。

死の綱は私を取り巻き、
滅びの川は、私を恐れさせた。
よみの綱は私を取り囲み、
死のわなは私に立ち向かった。
(詩篇18・4-5)

矢筒の外側から
敵が立ち向かう。
矢筒の壁は
ダイヤモンドより硬い。
どんな矢も跳ね返す。
外側の壁一面に
神の言葉が書かれてある。

主はわが巌、わがとりで、わが救い主、
身を避けるわが岩、わが神。
わが盾、わが救いの角、わがやぐら。
ほめたたえられる方、
この主を呼び求めると、
私は、敵から救われる。(詩篇18・2-3)

神はわれらの避け所、また力。
苦しむとき、そこにある助け。
それゆえわれらは恐れない。(詩篇46・1-2)

キリストの愛が私たちを取り囲んでいる
(コリントⅡ 5・14)

神のことばの硬い壁。
聖徒を守る。
神の矢筒。
内にはイエスの光。
外には神の言葉。

この主の矢筒の中から
主をほめたたえよう。
奇しい神の業を喜び叫ぼう。

ほむべきかな。主。
まことに主は私の願いを聞かれた。
主は私の力、私の盾。
私の心は主に拠り頼み、私は助けられた。
それゆえ私の心はこおどりして喜び、
私は歌をもって、主を賛美しよう。
(詩篇28・6-7)

enjeruさん、いつもありがとうございます。

本文にも書きましたが、頭ではわかっていても、弱さゆえ、なかなか心がついていきません・・・
知恵と勇気が与えられるよう祈り求めなければ。

あと五十日を切りました、何を?
マヤ暦の世界の終わりまでの日数です。

結局、ノストラダムスと同じお祭り騒ぎで終わるのでしょうか!?

1999年の7の月、2012年の12月、共に便乗で稼いだ人としてはウハウハでしょうね。

次は何時でしょう?これは真実を覆い隠すサタンの惑わしなのではないでしょうか。

主の再臨は非常に近づいています!!ただ…いかんせん、その日は冬期にはなりません。北半球では、明後日から冬になります?ウン アレ日本だけかな!?

とにかく、私たちが逃れるラプチャーの時は冬期にはなりません。いろいろ神学がありますので、象徴表現なのかも知れないけど、一応そう聖書には書いてありますので…

これから3ヶ月はお預けかな!?11 12 1 いいとこ2月、3月暦の春まで、アレかもしれないよ。

ま〜いいとせや。

少なくても、
3ヶ月は携挙はお預けかな!?
来年の節分、否
立春まで…

ほんとうの迎春まで…

早く恋恋イエスさま

セオリーからすると、ユダヤ教の春の祭り、秋の祭りあたりの可能性が高そうかな?

でも、冬に来ない説はあくまでも一般教養としての神学なので、主にしたら〜そんなのに束縛される義理はないと、サッサと明日にも来たりして

私たちにはわかりません。やっぱ今か今かと待ちわびていればいいのかもしれないでしょうね。

可能性としては、空中再臨は春か秋でしょうか?わかりません。地上再臨はたぶん秋でしょう。あくまでもたぶん、

>主にしたら〜そんなのに束縛される義理はないと

違いないわねえ~

ザアカイさん、皆さん、こんにちは。


見事に熟れたおいしそうな果実。
エデンの園の中央に立派に聳え立つ木に
たわわと実をならせている。

「善悪の知識の木」

神が食べてはならないと言われた実。
食べると死ぬと。

蛇がエバを誘惑して実を食べさせた。
毒が体中を巡り、
霊が死んだ。
毒の刃は神の命を奪い去り、
自分で善悪を判断して生きる者となった。
神と共に生きるのをやめて。
罪の毒。
人間の全てを覆う。
暗黒の時が始まった。

神は蛇に毒を与えられ、
人の命を奪う力を持つ生き物となった。

神は回復を示された。
「わたしは、おまえとの間に、
また、おまえの子孫との間に、
敵意を置く。
彼は、おまえの頭を踏み砕き、
おまえは、彼のかかとにかみつく。」(創世記4・15)

蛇の頭にあるのは毒の牙。
光となって地上に来られたイエス。
十字架の赤い神の子の血。
聖なる血は
罪の毒を消し去る血清。
毒の身体に十字架の血を受けるとき、
もはや毒はその人を支配しない。
毒が消された人の霊は生かされ、
目が見え、耳が聞こえ、
新しい歌を歌うようになる。
毒が全ての霊の救いに覆いをかけていた。
毒が消えた人は新しく生まれた人。
天国のいのちがその人にある。

イエスが復活されたとき、
蛇の毒のある頭を踏み砕いた。
粉々に・・・。
もはや毒が出せないように。
その粉々になった蛇を足の下に置く。
栄光の主は
十字架に架かって復活されたときに
すでに勝利者。

いまだ身体に毒を持ったままの人が大勢いる。
しかも自分の毒に気がつかない。
毒があり、死んでいることを知らない。
十字架の血の血清。
主はすべての人が受けてほしいと願っている。
神の子の苦悩の結晶の血清。
毒を消し去ってほしいと願っている。
神の愛がひとりひとりに注がれている。

朽ちるものが朽ちないものを着、
死ぬものが不死を着るとき、
「死は勝利にのまれた。」としるされている、
みことばが実現します。(コリントⅠ 15・54)

いつも投稿感謝します。

enjeruさんの魂の叫びが宣べ伝わりますように。

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

そよ風の吹く晴れた日。
公園で幼い子どもたちが
遊び回っている。
聞こえてくる
くったくのない笑い声。
満面の笑み。
心から楽しんでいる。
満ち足りた喜び。
自由な動きを心行くまで
楽しんでいる。
その世界は
何の不安もない
生きることを楽しみ
満足の空間を走り、
遊ぶことを満喫している。
小さな身体。
小さな手。
小さな足。
全身を使って喜んでいる。
そこで見守る
暖かなまなざしがあると知っているから。

イエスのもとへ来た子どもたち。
子どもを愛されたイエス。
その心はイエスに対する全き信頼。
子どもたちの魂は
このお方が愛の方だと知っていて
喜んでいる。
純粋な瞳でイエスを見つめる。
イエスはそっと
子どもを抱き寄せた。
その両腕の慈しみ。
子どもを包む暖かな愛。
その両腕から神の愛が溢れ出る。

イエスは今もご自分の子どもたちを
抱きたもう。
悲しみの中にある子ども。
苦しみの中にある子ども。
愛しんでその腕に包まれる。
そこにある慰めの手。
子どもの心を喜ばせる。
神の愛は子どもを愛される。
ご自分の命を差し出して得た
かわいい子どもたち。
イエスの両腕は満ち足りた喜び。
自由な開放。
その喜びを見出す神の子どもは幸いなり。

子どもたちを、わたしのところに来させなさい。
止めてはいけません。
神の国は、このような者たちのものです。
(マルコ10・14)

神の子ども・・・

我々も一応?ニュアンスは違えど、神の子どもたちとされているんでしたね・・・

本当にこの世で生きていると、悲しみ、苦しみが尽きませんね。
そんな時思うようにしております。
「神の御国へのチケットと復活の権利はあるはずだ」

それでもまだまだ自我が消えない私です・・・

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

調和。
神の創造の業。
昼は太陽、夜は月。
生命の光。
恵みの光は調和して
人類を維持している。
太陽の恵みの光。
生命を支えている。
神の創造の業の調和。
偶然ではない
創造の力は
神のことばで成り立っている。
神の言葉に偉大な力、
宿っている。
すべての調和は
そのことばの完全な
現われ。
恵みの季節を与えられ、
四季おりおりの恵みの産物。
恵みの風景。
恵みの花を供えられた主。
そんな主の業を
ほめたたえる。
栄光の力のことばを
ほめたたえる。
すべてのものを貫き、
すべてのものの権威をもたれる主。
永遠にこのお方に
栄光あれ!
ハレルヤ。

Amenです。

するとひとりの女が言った。お話しください。苦しみについて。

アルムスタファは答えて言った。

苦しみ、それは、あなたの理解を被っている殻が壊れること。

果実の芯が陽に触れるためには、まずその核(たね)が壊れねばならな
いように、あなたも苦しみを知らねばなりません。

あなたの日々の生活に起こるさまざまな奇跡へのおどろき。それを心に
常に生き生きと保てたなら、苦しみも喜びにおとらず不思議に溢れてい
ることがわかるでしょう。

田畑の面を過ぎていく季節を、いつも自然に受けとめてきたように、心の
季節をもあなたがたがそのまま受けとめられたなら。
苦しみの冬を通しても、清朗さをもって目をみはっていられたなら。


苦しみの多くは自ら選んだもの。

それは、あなた方自身のなかの、うちなる薬師が、病んでいる自分を癒そ
うとして盛った苦い苦い一服。

それゆえに、この薬師を信じなさい。そしてその薬を沈黙と静穏のうちに
飲みほしなさい。

なぜなら、その手がどんなに耐えがたく厳しくても、「見えない方」の優しい
手で導かれているのですから。

そのもたらす杯がどんなにあなたがたの唇を焼こうとも、「陶工である
方」がご自分の聖なる涙でしめらせた土でつくられているのですから。

                 『預言者』カリール・ジブランより、一部抜粋

ザアカイさん、「ただ主イエスに頼るしかない」が「ただ主イエスを頼れば
よい」 と思えるようになればいいですね。

体調がよくなければ、無理なさらずに病院に行ってください。

匿名希望さん、励ましのコメントありがとうございます。

>「ただ主イエスを頼ればよい」 と思えるようになればいいですね。

→まったくですね。
持病もちでクスリは飲んでいるんです。
ここのところ、症状が悪化してまして。
お気遣い感謝です。

題 : キリスト教聖書は、必然的に、当然として・・・
.
 キリスト教聖書は、必然的に、当然として、すぐに今の姿に
なったのではない。
 今現在、キリスト教にあって権威のある方達も言います「極
めて疑わしい基準によって、古代の文献類から寄せ集められて
作られた」と。
 そして、その選択する基準についても疑問を言う。
 「『使徒的権威』『教えの正統さ』などの基準も疑わしい限
りだった」と。
 故に、「それ以後の歴史は、その選ばれてしまった文献集(
聖書)の権威付けをする歴史であった」と。
 偽名で書かれた手紙をどう扱うか?・・の問題など。
 偽とするか、偽パウロとするか、いずれにしても、宗教的に
良い形にしたいという意思が働く、そこには個人的な意思が入
っていく、入り込まざるを得ない状況の中に置かれる。
 もうここまで来ると訳者が宗教を作っていると言える。
 訳者のキリスト教である。
 そこには既存の宗派、大小を問わず、それらの宗派には都合
の悪い訳出になる所も出て来る。
 それは、「キリスト教の原点には、今の宗派と違うもの・考
え・教義があった」という事。
 故に、それらは、必然的に生じる、実態・事実の結果なので
ある。
 キリスト教の教義は、この様な薄氷の上に存在しているもの
なのである。
 この様な教義から、過去に多くの戦争が生まれた、多くの方
々の命が失われた、そのことが、悔やまれる。
参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
  URL: http://32983602.at.webry.info/

題:キリスト教の殉教について・・・
.
 キリスト教徒は、日本において、1622年に長崎で55人が殺された。
 また、翌年の1623年に江戸で50人が殺された。
 それを、キリスト教は「大殉教」と言っている。
 戦慄的だと言っている。
 キリスト教は、その教義の故に、
 キリスト教のその教義によって、
 世界の人々を数えきれないくらい殺して来た。
 異教徒の他民族の殺戮の歴史だった。
 「異教徒は殺せ」のキリスト教の教義には憤りを覚え、
 卑劣さに怒る。
 そして、歴史では愚かにも、同じ過(あやま)ちを繰り返している。
 例えば1例、
 キリスト教徒と同行したキリスト教聖職者たちが、
 南米で、そして中米・北米メキシコ、
 そして、それらの離島で、
 数えきれないくらいの人たちを殺し、殺戮した。
 数は数百万人と言われ、
 また、千万人以上のオーダーになるとも言われている。
 なんと驚くべき人数ではないか。
 この人数に驚かないのか。
 キリスト教徒は、この世界で殺した方々の無念を思い、
 悔い改めない限り、
 キリスト教徒の殉教について軽々に口にしてはならない。
 また、一般的に、
 キリスト教だけが、特に、声高に
 「キリスト教徒の殉教について、
 声高に、PR的に言うが、
 これは、自らが殺戮してきた行為を、覆い隠す行為とも
 指摘されている」。
 卑劣な事だ。
 岩波新書の「インディアスの破壊についての簡潔な報告」
 ラス・カサス著をお読みください。

アンダーさん、コメありがとうございます。
仰るとおり、十字軍から始まり中世の魔女裁判、南北アメリカ大陸における原住民の虐殺など数え上げたらキリがありません。これは否定の出来ない史実でしょう。
宣教を大義名分とした政治的な要素が絡んだ卑劣な行為だと私も思います。しかしながら、これは後々に人間が作り上げた聖書を曲解した人間独自の勝手な教えです、宗教と言われる所以ですね。

ちなみに欧米キリスト教国家と呼ばれる国々は、キリスト教の仮面を被ったサタンに乗っ取られたサタニスト国家です。

聖書でモーセの十戒には「汝、殺すなかれ」とありますし、主イエスは「剣を持つものは剣で滅ぶ」「あなた方はお互いに愛し合いなさい」と、間違っても暴力を肯定しておりません。
例外もありますが、これは聖書の奥底、深みを知らねば理解できない事なのでここでは触れません。

また、ペテロ第一の4章17節にははっきりと「教会が裁かれる」ことも書いてあります。
神の教えに背いた、それも人間的弱さではなく、傲慢から罪を犯した教会は、最後の審判で間違いなく「公平に」裁きを受けます。

で、何が言いたいのかと申しますと、人間の教え=宗教ではなく、神の教えにフォーカスせねばならないということです。
そうでないと真理を見誤る結果となりますので。

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

少しも何らかのお役に立てれば幸いです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/187398/56027447

この記事へのトラックバック一覧です: 「北アイルランドの赤いユリ」を読んで:

« スーダンの軍需工場が空爆される | トップページ | 神の国のイメージ »