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2012年9月21日 (金)

思い立ったことをツラツラと

一週間過ぎてしまったのでとりあえず更新だけしておきましょう。
ブログは掲示板投稿と違い、何でもいいから書けばいいと言うものではないし。
書きだしゃ早いですが、それまでに時間がかかります。ピンポイントで出来るだけ的の中心を射ることを心がけねばなりません・・・と言っても、外しっぱなしですが(笑)

中東、極東と際どい状況ですが、だからか?静観姿勢モードが続いております。正直言って、この先どのように展開するのかまったく持って読めません --;
こういう時は、必要以上に騒ぎ立てずに舌を慎むに限る、と学習効果上憶えさせられましたので(笑)

私自身、マクロにおいても、自分自身の身の周りを含めたミクロにおいても、先が読めない状況ゆえ、どうもここのところプレッシャーが強く、モチベーションが上がらず困ったものです --;
今、エレミヤ書を読み返している最中ですが、今の状況が似ていると言っちゃあ、似ているなと感じなくもないし、フランス革命前夜・・・の雰囲気がしなくもありません。

それと最近、金融、経済関係の記事をあまり書かなくなりました。これには理由があります。ひと言で言って、アホらしい詐欺学問で、経済勉強したって何の役にも立たないから。自分のとこの経営が立ち直ったわけでもないですからね・・・って、無能なだけか(笑)

「政治と経済は互いに貸借しながらバランスする」

わけですけど、政治も経済もデタラメやり放題なので既に崩壊してますわね。中央銀行がQEいくつなんてやったって、金融市場にマネーが滞留するだけ、よって金融詐欺師の博打資金になるだけで、実体経済の裾野まで降りてこないんだもの、景気回復の実感も何もないのは当たり前ですわね。数字上のマジックでどうのこうので、今は世界大恐慌の序盤だなどと絶対にメディアは書きません。これが現実であると私は理解しております。
エコノミック戦場の最先端で身体張ってやっている人間にはお分かりだろうと思われますがね。

巷では、経済学者と原発物理学者が胡散臭い学者先生の双璧だとか?(笑)

この曲が流れていた時代は良かった。
古き良き時代は二度と戻らないとだけは断言できそうです。期待などしないほうがいい。
もっともまだ20代で若かったし(^^ゞ、病も発症せず、カネ周りも決してよかったとは言えないが、借金して遊び回っていても、いくらでも返済財源稼げたし、新車を乗り継げましたので --;


もっとも希望はある。

主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。
その時、あなたがたはわたしに呼ばわり、来て、わたしに祈る。わたしはあなたがたの祈を聞く。

エレミヤ 29:11~12

わたしに呼び求めよ、そうすれば、わたしはあなたに答える。そしてあなたの知らない大きな隠されている事を、あなたに示す。

エレミヤ 33:3

わたしと、あなたの先に出た預言者は、むかしから、多くの地と大きな国について、戦いと、ききんと、疫病の事を預言した。
平和を預言する預言者は、その預言者の言葉が成就するとき、真実に主がその預言者をつかわされたのであることが知られるのだ」。

エレミヤ 28:8~9

この箇所は申命記18:17以降の箇所とともに、本物の預言者か単なる予言者かを見分ける一つの基準となりますね。いわゆる結果吟味、それともう一つ聖書的かどうかですね。

よく今は新約の時代だから、預言を間違えても許されるという人がいますが、私はそうは思いません。許す許さないは神の領域なので別として、偽預言者は偽預言者以外の何ものでもありません。
黙示録に出てくる終末の二人の預言者の記述を読めばわかるはずです。マタイ24章でも警告してます。預言者に与えられた使命と言うのは、並みの人間では背負いきれるものではありません。エレミヤを見たってそうでした。それは旧約の時代も、新約の時代も変わらないと思う。
なんと恥知らずな自称預言者の多い事でしょうか。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

神はちりをとって
人を神の形に創造された。
そしてその鼻にいのちの息を
吹き込まれて生きものとなった。

神である主は、土地のちりで人を形造り、
その鼻にいのちの息を吹き込まれた。
そこで、人は、生きものとなった。(創世記2・7)

人をご自身のかたちに創造された。(創世記1・27)

肉は地上に存在するちりで
構成されている。
人は肉と息と霊をもって生きている。
人の命が消えると
ちりに帰る。
土に帰る。

ついに、あなたは土に帰る。
あなたはそこから取られたのだから。
あなたはちりだから、
ちりに帰らなければならない。(創世記3・19)

罪が死を支配したとき、
神が定められた真理。
肉は罪によって死という形で裁かれる。
全ての人類が・・・。
土に帰る。

私は裸で母の胎から出て来た。
また、裸で私はかしこに帰ろう。(ヨブ1・21)

「死よ。おまえの勝利はどこにあるのか。
 死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」(コリントⅠ 15・35)

キリストが復活を通してよみがえられた時、
死は敗北した。
キリストにあって死は、終わりではなく、
栄光の身体へのよみがえりを
確証するものへと変えられた。

朽ちるものが朽ちないものを着、
死ぬものが不死を着るとき、
「死は勝利にのまれた。」
としるされている、みことばが実現します。(コリントⅠ 15・54)

キリスト・イエスの十字架の死。
そして復活。

この事実の中に隠されている大きな宝、
すなわち福音を聞いて主を受け入れるとき、
その力がその人を覆う恵み。
本当に測り知れない神の救い、
罪と死からの救いに感謝。

死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
しかし、神に感謝すべきです。
神は、私たちの主イエス・キリストによって
勝利を与えてくださいました。(コリントⅠ 15・56-57)

私最近、太古のアダムが生誕した頃のエデンに思いを馳せる時があります。アダムはどういう思いで過ごしていたのだろうかと・・・

アダムによって人類に罪が入ってきて、その遺伝子を我々は受け継いでいるわけですけど、「アダムめ、あんたのせいで!苦労するじゃねえか!」と恨む気持ちは不思議と起こりません(笑)
おそらく、自分がアダムの立場だったら、同じ過ち犯したろうから --;

エデンは素晴らしいところだったんでしょうね。罪を犯す前の神と近い関係にあったアダムがうらやましくも思いますね・・・天においていろいろと聞いてみたい一人です。

アダムの特徴
母胎から産まれたのではなく神から直で創造されたので、ヘソがない。
身長は約四メートル前後と推定 (泉パウロ説)
神と直で会話できました。
み使いの頭、ミカエルに様々な学問を教授されたとユダヤ伝承にあります。

しかし、ミカエルの双子のルシフェル、のちの悪魔サタンになったルシファーは闘いと音楽を教えたそうです。

ミカエルとルシフェルは神に最初に創造されたみ使いでした。

あと、今では信じられないですが超能力も持っていたそうです。

空も飛べました。水面を歩き、水中の底に半日過ごして昼寝もしたようです。

エヴァの創造のために左側の肋骨が一本なかったそうです。

当初は千年は生きられたらしく、生命の木を食べれば永遠に生きることができました。

罪を犯して楽園を追放されてから、次男のアベルが長男カインに惨殺されて、悲嘆に暮れましたが〜三男セツを約束の救世主の経路と宣言し祝福しました。

やがて、たくさんの男女を生んで育て上げた最初に創造された人間アダムは、エヴァに見守られて静かに息を引き取りました。エヴァも後を追うように亡くなり、二人の遺体は
神の指示により秘密の場所に仮に安置され、後にエノクが墓守りになり、彼が携挙されて後 ノアが引き継ぎました。


洪水で、神の指示でノアは人類の最初の男女の遺体を方舟に収容します。
後に、ノア亡き後 神はニムロデ殺害をセムに命じ 暗殺後 セムと信奉者たちはアダムエヴァの遺体を持って約束の地に入ります。とある地の岩の洞窟にアダムとエヴァの遺体は隠され安置されました。その場所が後のエルサレムのゴルゴダの丘の下になります。すべては神意でした。暗殺者セムは、名を変えてサレムの王メルキゼデクと名乗って、大切な墓を守り、アブラハムを祝福したあと、死にました。亡骸は誰にもわかりません。ユダヤ伝承ではメルキゼデクもエノク同様携挙された可能性を指摘していますが明らかではありません。

そして、主の流された十字架からの血潮が、地震で亀裂してアダムとエヴァならびに隠蔽された契約の箱に滴り落ちたとしたなら、それはまさに主の血液により、人類の罪と旧約の律法契約が購われた目に見える象徴劇を演じたことになります!!ああ、神の智恵はほむべきかな、

そのはかりごとは探り難し、我らはただただみ前にひれ伏します。

ハレルヤ、アーメン


追伸、アダムとエヴァは、主復活の凱旋帰還の第二のエクソダスで、無事天へ引き上げられました。再臨の際は巨人アダムと巨人女が人類の目に現れますので乞うご期待あれ

聞いたことあること、初耳なことと、相変わらずディープな内容となってますな^^;

それほど遠くない将来、謎がすべて解き明かされる時が来るのが楽しみになりますね。

だったら、こんなdeepな内容は如何でしょうか?

1世紀に弟子たちが、福音を全世界に伝えにいきました。当時は、全世界と言っても、地中海沿岸のローマ帝国支配地域だと…今までの常識として定説ですよね。

ところが、西はタルシシつまりイベリア半島のスペイン、ポルトガルはわかりますが、南はサハラ砂漠を越えてナイル源流、北はゲルマン民族大移動前の北欧、そして東は、有名なトマスによるインド宣教まで福音が伝わったのです!まだ1世紀中にですよ!

ですので、伝道者がいくところ様々な奇跡が起きました。

ラザロとマルタとマリヤが伝えたマルセイユでは、主の御足に触れた唇から発せられたマリヤの語る十字架と復活の福音に人びとは、唖然とし、異教の祭司まで悔い改めてキリスト教に帰依した有り様、たくさんの悪魔が追い出され、サントマリードラメールの町などは、町全員が一日でキリスト教に改宗しました。

アンと呼ばれる、女性伝道者は単身蛮族の地に入って、あわや捕らわれ凌辱され殺される寸前に、天からのみ使いの軍勢が周りを取り囲み、主の声が稲妻と共に語られ、部属全員がキリストの軍門に下りました。

また、トマスも同じように捕らわれましたが、死人を生き返らせ、悪人たちの目を瞬時に見えなくしたり、放り投げた水を空中で固定して落ちるのを止めたり、とにかく初期の伝道には奇跡奇跡奇跡の連続で、悪魔たちは、地上の果てに逃げるしかなかったと伝わったいます!!


つまり、福音は一度殆んど全世界に伝わったのです。アメリカ大陸や太平洋側を除いた地域には、スゴいと思いせんか。

思うんだけど、使徒の時代の聖霊の働きって、今とは比べ物にならないくらい凄まじく強力だったんでしょうね。

私程度の雑魚でも、簡単な病の癒しくらいは出来たかもかも --;?

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

土の中に植えられた小さな種。
暗い重い土は
種を覆いかぶさる。
暗い土の中。
種が求めた土の力。
栄養が種に影響し始める。
種の皮を破り、
中のいのちが芽を
出し始める。
土の栄養を吸収して
力が暗闇の中で芽吹く。
土の重さを跳ね除けて、
いのちの茎は上へ上へ伸びる。
ついには大空の見える
地上に顔を出す。
地上では太陽の恵みが
茎と芽を覆い、
ぐんぐん伸びて葉を広げ、
花を咲かせる。
花は輝く光の力で
美しさを放ち、
優しく色とりどりに装う。
最後の大きな恵みは
花の後にいのちの
力を凝縮させて
豊かな実を実らせる。
甘い果汁を全体に満たし、
次の命の種を宿す。

イエスさまのいのちは
一粒の麦。
人の罪の重荷を背負って
地に落ちて死なれた。
十字架の死。
墓は暗く地は深かかったけれど
よみがえられた。
そのいのちは、
多くの罪ある人を解き放ち、
永遠のいのちを与えた。
よみがえりの力は、
人の霊を喜ばせ、
死の恐怖に繋がれて
苦悩している人を救った。
イエスの死を通して、
大きな神の栄光を世に現わし、
神の愛の力が多くの実を結んだ。

まことに、まことに、あなたがたに告げます。
一粒の麦がもし地に落ちて
死ななければ、それは一つのままです。
しかし、もし死ねば、
豊かな実を結びます。(ヨハネ12・24)

一粒の種の死・・・狭義の意味では主イエスさまのことと解釈していいのでしょうね・・・

広義では、このパターンに当てはまる場合もあるでしょうが、元祖、本家本元は何といってもキリストの贖いの十字架、感謝です。

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず、
罪人の道に立たず、
あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、
昼も夜もその教えを口ずさむ。
その人は、
水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。(詩篇1・1-3)

その人は
神を愛する人。
神と共に歩く人。
片時も主から離れず、
そのことばを喜び霊に植えつける。
ことばの中におられる主を見上げ、
主の慈しみと慰めを愛し、
主の御声に耳を済ます人。

その人の生きている間、
主もまたその人を愛し、
試練の時も御手を差し伸べ、
決して倒れることがない。
永遠の神の手が支えてくださるから。
その人の悲しみを主は知り尽くし、
その涙を拭い取ってくださるから、
その人は再び生き返る。

イエスがこの世におられた時、
この世のものでなかったように、
その人もこの世のものでない。

わたしがこの世のものでないように、
彼らもこの世のものではありません。
(ヨハネ17・16)

同じ人の形をしていても、
神の目にその人はこの世のものでない。
天の者。
天からの御霊を着せられた者。
その人は地にいても
天の御国が共にある。
神がその人にくださる
絶大な恵みは測り知れない。
栄光と誉れは永遠に主にだけありますように。

いつもコメント投稿ありがとうございます。
理想的な信仰者モデルですね。
こうなりたいものですが、現実は・・・

だったら、わたしはブスです。

あら、レイちゃん。意味ぷ~でっせ~

ザアカイさん 久しぶりに来たよ。

私なりに数字のTRICKについて考えてみたんだ。
下記がわたしの思った結論なんだねえ・・・↓

http://messianic.jp/05-feasts/calender.htm
.     エルルの月
11年9月12日満月から、COUNT.START
12年9月30日満月でえ、FINAL .END
..   ティシュリの月

ここに、知恵が必要である。思慮ある者は、獣の数字の意味を

解くがよい。その数字とは、人間をさすものありで666である。

13 14 15 16 17 18日 6日
19 20 21 22 23 24日 6日
25 26 27 28 29 30日 6日で合計18日!

黙示録13章18節より・・・!

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