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2012年6月21日 (木)

お詫び

実は --;・・・
英語のワケわからぬスパム=コメントが150件ほどスパム=ボックスに入っており・・・削除作業中に、通常コメント最新20件を誤って・・・削除してしまいました(涙;)

気がついた時にはもう時既におそし・・・ついでに自分のコメも一緒に削除、リストア不能・・・
コメントくださった方々(記憶が正しければ、風くん、ガリラヤさん、enjeruさん)、大変申し訳ありません。
心よりお詫び申し上げます。

ま~だ、懲りずにカッサム・ロケット弾、打ち込んできてる・・
私みたいな小物、相手にしたってしょうがないのに --;

アルバイト料いくらもらえるんだろ?(笑)

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ザアカイさん

管理人のお仕事ご苦労さま。
ブログが主の守りで支えられますように。
コメントのコピーがありましたので・・・。


聖書の初めの言葉。
初めに、神が天と地を創造した。(創世記1・1)

全てのものを創造した神を聖書が宣言した。

目を高く上げて、
だれがこれらを創造したかを見よ。
この方は、その万象を数えて呼び出し、
一つ一つ、その名をもって、呼ばれる。
この方は精力に満ち、その力は強い。
一つももれるものはない。(イザヤ40・26)

まことに、わたしの手が地の基を定め、
わたしの右の手が天を引き延ばした。
わたしがそれらに呼びかけると、
それらはこぞって立ち上がる。(イザヤ48・13)

主の御手は天と地を創造した。
陶器師なる神が陶器を創られた。
陶器――天と地。宇宙と地球。

わたしは神のかたわらで、
これを組み立てる者であった。(箴言8・30)

陶器師は、粘土で製作中の器を自分の手でこわし、
再びそれを陶器師自身の気に入ったほかの器に作り替えた。(エレミヤ18・4)

自分の手でこわし・・・。

主の日は盗人のようにやって来ます。
その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、
天の万象は焼けてくずれさり、
地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。(ペテロⅡ 3・10)

主ご自身が創造された万物をご自身の手で壊される。
そして、ご自身が気に入ったほかの器に作り替えられる。

見よ。まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。
先の事は思い出されず、心にのぼることもない。(イザヤ65・17)

聖なる都、新しいエルサレムが、
夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、
天から下って来るのを見た。(黙示21・2)

完成された新しい器、陶器、新しい天と地、新しいエルサレム。
神の創造の偉大な業に栄光が世々限りなくありますように。
またその恵みに預かる者が大勢起こされますように。

万物が創造される以前・・・。
最初の最初。
偉大な父なる神が栄光の中に輝いて存在していた。

父はわたしよりも偉大な方だからです。(ヨハネ14・28)

父なる神は子なる神を生んだ。

深淵もまだなく、水のみなぎる源もなかったとき、
わたしはすでに生まれていた。(箴言8・24)

御子は、見えない神のかたちであり、
造られたすべてのものより先に生まれた方です。(コロサイ1・15)

父なる神と子なる神は栄光の中に輝き、
父なる神と子なる神は深く愛し、愛されていた。

今は、父よ。みそばで、わたしを栄光で輝かせてください。
世界が存在する前に、ごいっしょにいて持っていました
あの栄光で輝かせてください。(ヨハネ17・5)

父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛しました。(ヨハネ15・9)

そして万物を御子イエスが創造され、
父なる神は、万物を御子の手に渡された。

父は御子を愛しておられ、万物を御子の手にお渡しになった。(ヨハネ3・35)

万物は御子にあって造られたからです。
天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、
王座も主権も権威も、すべて御子によって造られたのです。
万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。(コロサイ1・16)

父なる神は、罪と死とサタンによって滅びに向かってしまった人間の
回復のご計画を立てられた。
すなわち御子イエスをご自分の国に遣わし、
十字架の身代わりの刑罰という苦しみを通して、信じる者を救おうとされた。

神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者を、
多くの苦しみを通して全うされたということは、
万物の目的であり、また原因でもある方としてふさわしいことであったのです。
(ヘブル2・10)

わたしは自分で来たのではありません。わたしを遣わした方は真実です。
あなたがたはその方を知らないのです。
わたしはその方を知っています。
なぜなら、わたしはその方から出たのであり、
その方がわたしを遣わしたからです。(ヨハネ7・28-29)

父のみこころを忠実に成し遂げられたイエス。
そのイエスの懇願。

父よ。お願いします。
あなたがわたしに下さったものをわたしのいる所にわたしといっしょに
おらせてください。あなたがわたしを世の始まる前から愛しておられたために
わたしに下さったわたしの栄光を、彼らが見るようになるためです。
正しい父よ。この世はあなたを知りません。しかし、わたしはあなたを
知っています。また、この人々は、あなたがわたしを遣わされたことを知りました。
そして、わたしの御名を知らせました。
また、これからも知らせます。
それは、あなたがわたしを愛してくださったその愛が彼らの中にあり、
またわたしが彼らの中にいるためです。(ヨハネ17・24-26)

人知をはるかに越えた神のご計画と愛に感謝!

お!さすが我が自慢の出来のいいお姉さん(^^ゞ
主の山に備えありきですね。

そうそう、何となくこのコメントに対するレス思い出しました。↓こんな感じだったか?
・・・・・・・・・・・・・・・・
こうして読んでみると、私たちが教えられた三位一体はちょっとずれているような気がしてなりません。
父なる神と御子イエスは一心同体のようですが、同質であっても、父なる神が受肉したと言うには無理があるようにも読めますね。父なる神は死なないと断言できそうな気がします。

かと言って、アリウス派、ネストリウス派の半神論も無理がある。グノーシス派に至っては論外。
人としてこの世に来たとは言え、ヨハネ伝のプロローグから、その神性を否定する理由もまたない。
このあたりも、直接主にお会いした時に、人智では理解が難しい回答をいただきたいものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
相変わらず捻くれ者の天邪鬼・・・

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