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2012年6月 6日 (水)

My Destination

わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。
また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から下って来るのを見た。
また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。
すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。また言われた、「書きしるせ。これらの言葉は、信ずべきであり、まことである」。
そして、わたしに仰せられた、「事はすでに成った。わたしは、アルパでありオメガである。初めであり終りである。かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう。
勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。

わたしは、この都の中には聖所を見なかった。全能者にして主なる神と小羊とが、その聖所なのである。
都は、日や月がそれを照す必要がない。神の栄光が都を明るくし、小羊が都のあかりだからである。

黙示 21:1~7、22~23

わが目的地、終着駅とはどこか?
と質問されたら、私は迷わず黙示録のこの箇所を指し示します。
これこそがキリスト教の終着、ゴールであるわけで、究極の希望でもあります。

このブログでは、世界の闇、陰の部分ばかりにフォーカスして記事を書いています。しかしながら、私が言うのもなんですが、何の希望もなかったら絶望して、発狂します。
主イエスが、十字架上で「過ぎ越しの羊」として世の罪を一身に荷い贖ってくださったため、我々は神の前に平安を得ているわけです。
わが神、わが主なるイエスの尊い贖いの血潮という義の衣を与えられたがゆえ、裸の恥を曝すことなく、大胆に神の前に出ることが可能となった。

これがわからない人は、黙示録とは、キリスト教とはおどろおどろしい、人類の滅亡を喜ぶトンでもない宗教なのだと言います。しかしながら、私は単なる気休めの宗教だなどとは思ってません。これぞ、全宇宙の真理であると信じてます。
そのような人たちは、この黙示録の最終章、奥義とも言うべき21章、22章をフォーカスしようとしません。

前にも書いたことあると思いますが、私はダニエル書、エゼキエル書、ヨハネの黙示録という聖書における三大終末預言書(と言ってもいいでしょう)を通して、キリストにおける希望(贖い、復活、再臨)を見出したクチです。

この事がわかっていれば、そこに恐怖などという感覚はそれほどない・・・確かに怖い、まったく恐怖を覚えないといったら嘘になります。しかし、それ以上の安心感、暖かさ、人智を超えた愛を、私は不思議と見出すことが出来ました。

その後です、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4福音書を読んだのは・・・そのまた後、聖書を通読と。普通順番が逆なんですけどね(笑)

彼はまた、わたしに言った、「これらの言葉は信ずべきであり、まことである。預言者たちのたましいの神なる主は、すぐにも起るべきことをその僕たちに示そうとして、御使をつかわされたのである。
見よ、わたしは、すぐに来る。この書の預言の言葉を守る者は、さいわいである」。

これらのことをあかしするかたが仰せになる、「しかり、わたしはすぐに来る」。アァメン、主イエスよ、きたりませ。
主イエスの恵みが、一同の者と共にあるように。

黙示 22:6~7、20~21

これをもって、聖書は66巻の幕を閉じます。
ここで少し補足を入れるならば、ペテロやパウロをリーダーとする原始キリスト教会は、主の再臨を心待ちにして、ローマ帝国の迫害にも耐え、殉教者を出しながらも、決して負けることなくその勢力(福音伝道)を伸ばしていきました。
ダニエル書で言う、「失われた一週」がすぐにでも来ると考えていたわけです。
しかし、神はその一週(終末の7年)が来るさ中に、2000年にも及ぼうとする教会時代を挿入しました。
この「すぐ」という時間の感覚が、神の感覚(一日は千年のごとし)と、筆者である人間の感覚で違いがあったのか?また目の前にある谷が見えなかったのかは、私にはわかりませんが、事実、教会時代が歴史上、存在する。
ひょっとしたら?最後の審判、新天新地以前にある「千年王国」における働き人をスカウトするためにまだ?原始教会時代では時至らず?だったのかもしれない。その為の教会時代なのかもしれない。
御国で主にお会いしたら、直接聞いてみたい疑問の一つでもあります。
わからないことはわからないままでいいと思うのです。人間の浅知恵で無理に結論付けることもないでしょう。

聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。

ローマ 10:11

聖書とは、イエス=キリストを証しする書物。イエスこそがメシヤであって、来るべき来臨の王であることを証しする書。
また、違った視点で見るならば、旧約聖書とは人類の罪の記録=医学書で言うところの診断書。そして新約聖書がその為の救いの書=医学で言うところの処方箋であるとも言えるでしょう。
人間とはどうしようもない生き物である、決してその罪深さから解放されることはない。徹底的に人間と言う生き物に絶望するところから始る。そのためには神による救いが必要であるとならねばなりません。徹頭徹尾、キリスト本願でいいのです。

ニューエイジャーの好むアセンションと言う単語があります。これは元々ラテン語でキリストの昇天を言います。
このことからも、自分を神の地位まで高めるというサタンの惑わしであることがわかります。騙されてはいけません。

確かに私は牧師ではないため、福音系の記事を書くのが超~苦手です。よって、どうしても終末の視点からのきな臭い記事が多いです。
しかし、この事を憶えてください。これらの先には、このような希望がベースにあるということを。だからやってられるということを。
わかっていただければ幸いです・・・

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

愛はマジック、
エバーグリーンラブ
そして、愛は地球を救う(イエスの十字架と復活、再臨によって)

もし、キリストが地上に降誕されず、キリストが十字架につけられず、キリストが復活されず、キリストが再臨されなかったなら

私たちは、永遠に救われず、私たちは永遠に地獄をさ迷い、私たちは永遠に愛を知らない者として滅んでいくことでしょう!!

黙示録のクライマックスも素晴らしいですが、ローマ8章特に、31節からが素晴らしい♪

お~、風くん。
ローマ書8章の31節からもいいですな。
ローマ書は奥が深いです、あの書はパウロならではのものですね。
あの書によって、福音はユダヤ人だけのものではないと、全世界に宣言したようなものですからね。
その一方で、人類の長子である同胞に対する愛も示している・・・

会いたかった、愛たかった、会いたかった〜
イエス

君に

主イエスに、イェース♪

ザアカイさん
いいなぁ、My Destination!
結構感動してしまいました。

アーメン、です!

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

太陽の輝きは
あまりにも眩しい光を放ち、
肉の目では直接見ることができない。
肉の目を傷つける。

主イエスが御元へ
聖徒を引き上げる時、
キリストに似た身体、
復活の身体、
天の御使いのような姿となって
永遠の時を過ごす。

復活の時には、人はめとることも
とつぐこともなく、
天の御使いのようです。(マタイ22・30)

神の栄光の輝きは
太陽もよりも眩しく
聖なる光輝きを満ちたらせ、
聖徒はその光を見る。

思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、
多くの者を義とした者は、世々限りなく、
星のようになる。(ダニエル12・3)

地の苦悩の時は過ぎ去り、
思い出さない。
尽きない喜びと感激と賛美。
イエスの愛の懐で憩う恵み。

天の都への帰還。
王なるイエスの国。
聖徒が来るのを待っている。
十字架の門を通って入る国。
ひとりでも多くの人が導かれますように。

太陽がもうあなたの昼の光とはならず、
月の輝きもあなたを照らさず、
主があなたの永遠の光となり、
あなたの神があなたの光栄となる。
あなたの太陽はもう沈まず、
あなたの月はかげることがない。
主があなたの永遠の光となり、
あなたの嘆き悲しむ日が終わるからである。
(イザヤ60・19-20)

こちらでは初投稿、子羊通信デビューをさせて頂きます♪
久しぶりに読んでいて血が沸き立つような感覚を受けました。
ザアカイさん、心からアーメンです。
時が迫れば迫るほど、私たちが一点に焦点を合わせるべきは
私たちが唯一ひざまずくことのできるお方、主イエスですね。
これから来る艱難の時代に覚悟を決める必要はありますが、
何者も奪うことが出来ない私たちのイエス様への情熱と希望は、
大きな力を生み出すと思います。

私は天国に行けるのだろうか?
しょっちゅう思います。

風さんいつもゴメンね。
ガリラヤを勘弁して下さいますか?

風さんにだけでなく、
私生活でも人を罵倒したり、憎しみを持ったり、
とんでもないヤツですよガリラヤって。

本当に風さん、そして皆さんゴメンナサイ。
私を許して下さい。
そしてこれからも皆さんの愛玩犬として可愛がって下さい。

ツバサさん、いつもありがと。
MyというよりOurとすべきだったかも?
私は師匠から、このような展開の仕方もあるのだと教わっただけですよ^^;
黙示録の21,22章は本当にシミ一つない、汚れ一つない美しい箇所ですね!

enjeruさん、いつもどうもです。
イザヤ書って、何となく黙示録の光の部分に通じる箇所が多いですよね。
メシヤの初臨の希望をわかりやすく記しているのもイザヤ書が最先端と言えますよね。
何もトップを狙う必要はなく、完走を目指せばいいわけで、誰かが倒れそうならば、肩を貸したっていい、今しばし・・・よろしくお願いします。

はるみさん、こちらまでご足労ありがとうございます。
私も3ヶ月に一回くらい?インスピレーションが湧き、このような光の記事も書ける時があります(笑)
元はと言えば、宝石箱でのはるみさんのデイリー=ブレッドと咲ちゃんの引用であったわけで、感謝申し上げます。

ガリラヤさん、何もガリラヤさんだけじゃないじゃないですか。
誰しもあることです。ガリラヤさんのその一本気なところが、時としてマイナス方面に作用してしまうこともある?
その為の罪の許しの十字架じゃないですか。
悔い改めれば、それでいいことです。
かく言う私も --;・・・叩けば叩くほど・・・ほこりが舞い上がり困ったものですが(涙;)

どんなに努力したって、神のレベルには到底遠く及ばない。
神の人類計画は、今だ道半ば。
わたぴ~さんがよく言うじゃないですか、主イエスは我々の手本であって、基準ではないって。
それがわかるだけでも、人間謙虚になれるというものですよ。

ガリラヤさんへ:患難前携挙に対するイザコザ〜ぜんぜん気にしてません。健やかにお過ごしください。

いやぁ、良かったです。
嬉しいです。ありがとうございました。

>ガリラヤさんのその一本気なところが、
 時としてマイナス方面に作用してしまうこともある?

時として ×
しょっちゅう ○    ・・です(u u;) 謙遜ではなく事実ね。

これはaguaさん、サマリヤさん、風さん、ちよさま、
鈴木師、等がよく知っておられます。

>わたぴ~さんがよく言うじゃないですか、
  主イエスは我々の手本であって、基準ではない

それを聞いたのは初めてです。
早く言ってくださいよ~!

私は今まで、(無意識にですが)
ほとんど”基準”のように考えてしまっており、
こんなんじゃ白い衣を着せてもらえないじゃん、って、
欝に似た感覚や自己嫌悪を作り出していたのです。

たぶんこうゆう敗北感って、
サタンからのささやきなんでしょうね。
クリスチャンに勝利感あふれる人生をおくらせない。
お前はだめなやつだ ダメなやつだ、って思わせる。
自分にもそのスキがあるからなんでしょうね。反省。

>主イエスが御元へ
 聖徒を引き上げる時、
 キリストに似た身体、
 復活の身体、
 天の御使いのような姿となって
 永遠の時を過ごす。

その時 私たちは霊的だけでなく物理的にも
神の子にしていただけるのですね。
実にもったいないほどの光栄です。
そしてものすごい神の愛を思います。


 


K牧師の言葉を思い起こします。
「ずうずうしくなければ救われません」と。
私は納得してます。ある程度の?ずうずうしさがないと、ホントに!救いを確信することは出来ませんから。

enjeruさんとも、ネット上とは言えつきあい長いからわかりますけど、私にとってはホントに・・・出来のいい自慢の姉貴なんです^^;
でもね、あんがいお茶目なところがあったりして(笑)

そんな発想があったとは、また驚きです。
そういう気持ちになれるよう、地道にがんばります。

しかし実生活で、まわりに一人もクリスチャンが居ない、
というのは過酷ですね。へとへとですよ。
日曜日お休みありの人がうらやましい。
たまには教会に行きたいです。

非クリスチャン側の悪巧みというのは巧妙で
私はつかれきっています。
なぜかというと、
定期的に私はその罠にかかっているからです。
もちろん自分にもスキがありますし、
武具をしっかり身につけていないせいですけど。

子羊通信・子羊村・純さんのブログ、
この3箇所だけが私の信じられる場所です。

これこれ。ガリラヤさんそこは聖書だけとかイエス様だけと言ったほうがいいですよ。
言葉一つで魂の方向が決まってしまいます。これは最近思いっきり感じさせられました。だらけたメールを送ったら思いっきりアク禁食らって反省させられましたので恥ずかしさのあまりどこかなど言えないのですが重要な情報源を失いました。言葉とは魂を支配するのですから…

解る人にだけ恥部をお見せするということにしましょうか。怪物を怒らせました。
ある方はわたしを褒めてくれたのに申し訳なく思う次第です。ハイ・・・(´;ω;`)
正直に反省しました。IPをそのうち変更出来たら復活できるかもしれませんし、どうなるのかはわかりませんがとりあえずしばらくは反省の意味を込めてそのままにしようと思います。だらけるの良くない・・・

あ、すいません。
もちろんイエス様と聖書は最上段ですよね。

もう当たり前すぎて、そこは書かなかったのです。

たとえば、ミスターチルドレンの曲でベスト3を挙げよう! 
としたとき、
「イノセントワールド」と「名も無き詩」、「抱きしめたい」は
もう当たり前すぎて、特別扱い。書くまでもない。
その3曲は当然として置いといて、
それ以外にプラス3曲という形でベスト3を挙げたほうが
面白いじゃないですか。(結果的にはベスト6になってしまいますが)
・・そういうわけだったのです。

>怪物を怒らせました。

これはどなたのことなんですか?


わからない人には隠されるということです。鍵をもっている人しか理解できないのです。

それと最近ちょっとガリラヤさんと話していて気になるところがあるのです。人の事を全く言えない状況なのですが人の信仰や姿勢に学ぶ面が強すぎるのではと感じるところがあって危なっかしく感じられるところがあるのです。熱心さゆえの言葉や人への信頼ゆえの姿勢は諸刃の剣なのですよー。大丈夫だと思っているのですが所々の言葉や行動に出てきている気がするのです。ということでさっきの言葉の指摘はそういう面でのフォローです。
いつも失礼なことばかり申してすいません。ガリラヤさんの熱心さと従順さにはいつも驚かされます。感謝。

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

ツァレファテのやもめの女。
雨の降らない旱魃。
貧しさは極みに達した。
かめの中の一握りの粉。
つぼの中のほんの少しの油。
最後の食事の用意。
そして死の覚悟。

「私と私の息子のためにそれを調理し、
それを食べて、死のうとしているのです。」
(列王記Ⅰ 17・12)

神はそこに預言者エリヤを遣わし、
彼女を助け、エリヤの養いの糧を与えた。

『主が地の上に雨を降らせる日までは、
そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。』
(列王記Ⅰ 17・14)

主のしもべエリヤのためにまず料理をこしらえ、
次に自分たちのために作った。

神の国とその義とをまず第一に求めなさい。
そうすれば、それに加えて、これらのものは
すべて与えられます。(マタイ6・33)

ほむべきかな。日々、私たちのために、
重荷をになわれる主。
私たちの救いであられる神。
神は私たちにとって救いの神。
死を免れるのは、私の主、神による。(詩篇68・19-20)

キリストは私たちのために天の栄光を捨てて、
貧しくなられた。
キリストの貧しさによって、
私たちは富むものとなった。
死を十字架で免れた。
このキリストの貧しさの与える富によって
どの時代の聖徒も宝を得、
測り知ることのできない恵みと
永遠の命を頂いた。

このお方は全てを満たすことのできる神。

私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、
あなたがたの必要のすべてを満たしてくださいます。(ピリピ4・19)

どの地にもツァレファテのやもめの女は
いるけれど、キリストの貧しさの富を持って
死を免れている人はなんという恵みなのでしょう。
キリストの貧しさに感謝!

なぜそんなに怖がるのか、どうして信仰がないのか
マルコ 4:40

う~む?そんなこと言われたって~!
と言っているうちは・・・まだまだですね(涙;)

ガリラヤさんは本当に一本気で律儀ですよね。。
>K牧師の言葉を思い起こします。
「ずうずうしくなければ救われません」と。
私は納得してます。ある程度の?ずうずうしさがないと、ホントに!救いを確信することは出来ませんから。

あ、私の事でしょうか。(;;;´Д`)。
時々、穏やかとか冷静とか、お褒めの言葉をあずかるのですが。。
私が耐えられるのは。。よくも悪くも柔軟で、図々しいからだと
おもいます。

そして、ときどき燃えてきて。。猪のごとく。。走り出したら
とまらない〜と、突進していく時もあるので。。ブレーキも必要です。。

たぶんザアカイさんは、最初の頃から知っているので
またか〜と、余裕をもって、寛大に対処してくれているのですよね。
いつも、お世話をおかけしまして、すみません。(=゚ω゚)ノ o(_ _)oペコッ

むむむ??
ざあかいさん・・・

>(ガリラヤは)人の信仰や姿勢に学ぶ面が強すぎるのではと
 感じるところがあって危なっかしく感じられるところがあるのです。

創世記の御言葉を借りて恐縮なのですが、
やはり「人は一人で居るのはよくない」ですね。
こうやってクリスチャンと交じわうことにより
そういうアドバイスをもらえるわけです。

決して一人で学ばず、
皆さんとお話していることで
偏ることなく居られるんだなあ・・と思います。

>人の信仰や姿勢に学ぶ面が強すぎる

自分で気付いていませんでした。
そうだったのですね。
これは自分に自信がない証拠です。

だけどこんなに悩みの多い人生、
対人感情的トラブルの多い人生でありながら、
一度も精神科へ行ったことがない・・発狂したことがない。
それはなんとか逃れさせていただいている。これは奇跡に近いと思います。
いえ、たぶん奇跡だと思います。

このことは、ザアカイさんやトマスさん、鈴木師、あーたんさん、らい君に
申し訳ないなあ、と思っているのですよ。

なぜ、「その日」は近いのか?
理由を挙げます。
第一に、「その日」すなわち、主御自身の再来、再臨は過去二千年の何時でも起こり得る可能性がありました。
主が復活され、40日後に昇天されて、ペンテコステに約束の聖霊がエクレイシアに注がれて〜

その時点で、主イエスは何時でも再来スタンバイできたのです。

パウロは、自分の生きている時代に主がクリスチャンたちを天へ引き上げる為に再来されると確信して手紙を書いていました。

もし、パウロが、主の再来は 二千年後の患難時代の兆しが現れたら起こると信じていたなら、あのような、今か今かと期待していなさいとは書かなかったでしょう!!

では、パウロは間違っていたのでしょうか?

パウロが間違いなら、新約聖書の手紙の大半を書いたパウロは信用を失落いたします。いいえ、聖書自体の信憑性に疑念を呈してしまい…悪魔サタンの思う壺にはまります。

答えは、こうです。

パウロは間違ってなんかいませんでした。手紙は正真正銘、霊感によって導かれて聖書の一部とされました。


すなわち、主イエスは、パウロの生きていた時代でも再来され得ることが可能でした。だからパウロは大胆に、「救われる時」を待ちわびて、生きることを勧めたのです。聖書は間違っていませんでした。しかし、残念ながら、「その日」は、老いたヨハネに主御自身が、幻で、しかりわたしはまもなく来ると力強い宣言をされたにも関わらず、1世紀を過ぎて、迫害時代 コンスタンティヌスの時代にも起こりませんでした。さらに、千年を経ても再臨は起こりませんでした。十字軍、中世、宗教改革、大航海時代を経て、産業革命、フランス革命、帝国主義国家、第一次世界大戦、ロシア革命、第二次世界大戦、イスラエル建国

ようやく、黙示録の兆しの光が見えてきたかしらと思う時代に

そして、50年代、60年代、70年代、80年代、90年代、世紀末を経て、二十一世紀

2001年911同時多発テロと呼ばれる憎むべき悪魔サタンの闇勢力の働き…
2008年のリーマンショック、東日本大震災、そして今年2012年のロンドン五輪、

主の再臨には、徴しや兆候は一切ありません。

今夜か明日かも知れません。その日は突然罠のように訪れます。主はまるで盗人のように、自身の所有物である花嫁を奪いかえす為に、空中まで降臨されて鷲のように、私たちをさらっていきます。

誤解を避けるためにも、わたしが過去にコメントした年代計算をここにあらためて再掲します。詳しい内容は、コメントを検討ください。

大胆仮説

患難時代前兆期は、
2014年の春に起こる可能性…それまでに、つまり後二年の期間の何時でも携挙は起こり得ます。
仮に空中再臨が来年の春なら、速座に患難時代が起こるのではありません。準備期間が必要だからです。第三神殿やその他もろもろ、少なくても数ヵ月から数年は必要です。

で、携挙以降、教会時代恵みの時代は終了しますので(艱難時代とは別に)

残された人びと、主に携挙されなかった自称クリスチャンたちは、あの突然消失した人びとは、悪い人たちで神さまに滅ぼされたに違いないと唱えるか、反キリストが現れてまことしやかな理屈例えば、宇宙人に捕らえられ人体実験に収用されただから残された私たちは一致団結してこの難局に立ち向かわなければならない…とか言うことでしょう!!

2014年の春、宗教的バビロン崩壊、世界統一政府、一つの宗教一つの政府をスローガンに誕生

2015年の春、第一から第四のラッパ吹かれます。
第三次世界大戦勃発、限定核戦争で、70億の人類の三分の一にあたる約24億人が瞬殺します。

クリスチャンたちは、二年前にラプチャーされています。多くの魂はヨミの苦しみの場所に落ちます。み使いがたいへんです。

続いて、2015年の秋 第五のラッパ吹かれます。いわゆる第一の災い、イナゴの災い、この時点で患難時代の前半三年半の始まりになります。ダニエルの70週年のさいごの7年が動き出します。

あとは、略します。あまりにオドロオドロシイ内容ですから、地上はまさに地獄と化します。
二人の証人が預言します。新たに聖徒となった者らが反キリストに立ち向かい世界宣教します。人びとは殺しあい憎しみ呪います。わらの犬、デビルマン マッドマックスの世界が現出します。

2022 あるいは、2023年に、主は私たちとともに地上に再臨されます。

オリブ山は見事に裂けてハリウッド映画さながらなスペクタルが現出します。ハルマゲドン、反キリストは殺されます。悪魔サタンは捕らわれ一次幽閉されます、千年王国です。

最初の7年は悦びの準備期間…2030年に正式に千年王国が地上統治されます。その日ニサンの14日主イエスの十字軍と復活から、きっかり二千年経過して、
秋の仮庵のラッパと共に、歓びの蜜月がはじまりはじまり

寝ます…おやすみ…

風さんまことにありがとうございます。
理路整然、分かりやすい解説に感謝です。

ただ、ひとつ解けない謎があるんです。

>残念ながら、「その日」は、老いたヨハネに主御自身が、
 幻で、しかりわたしはまもなく来ると力強い宣言をされたにも関わらず、

ここなのです。
私も「残念」に思っています。
ここはサタン側による格好の突っ込みどころになっている可能性があり、
この「力強い宣言をされたにも関わらず、再臨がなかった」こと
この箇所は相当数のビギナークリスチャンや未信者さんを
信仰から離れさせることになっていないのだろうか?

ビギナーさんたちにとって、聖書への疑念を生じさせる、
おあつらえ向きの箇所になっているんじゃないか?
と思うのです。

質問① イエス様が再臨されなかったのはなぜなんでしょうか?

質問② なぜ神は、聖書への疑念を生む恐れのある、
      突っ込みどころを作ったのでしょう?

上記2点がものすごく謎なんです。
父の御こころでは、一人でも多く救いたいはずです。
なのになぜ、疑念を生んでしまいやすい箇所を作ったのでしょう?
教えてください。よろしくお願いします。

おはようございます、

ガリラヤさんからの質問ですが、
1番は
やがてこの世界はさばかれます。
使徒17:30 31
第一テサロニケ1:10
ローマ1:18 2:5
過去派と呼ばれる人びとは紀元70年エルサレム破壊がその怒りの日だと解釈しますが、あくまでも預言のひな型的な成就であって、携挙や主の再臨もありませんでした。明らかに過去派の解釈は誤っています。

では、なぜ主は今まで再来されなかったのか?

答えは、「わからない」としか答えようがありません。それを私たちが推測するのは困難であり、天へ引き上げられてから直接、畏れ多きながら主御自身に尋ねるしかわからない。

予定をギリギリまで、待たせる必要

わたしは思うのですが、祈りも関係あるのではないでしょうか?もしかしたら、主は西暦二千年前後に再臨を予定されておられたのかもしれません。様々な予言が二千年にtargetにしていたのは興味深い、しかし主はまたもや、時期を延期されました。なぜでしょう?わかりません、

黙示録には見よわたしは盗人のように来る。目を覚まして見張っていなさいとあります。またさらに主イエスは見よわたしはすぐに来る…然りわたしはすぐに来ると断言されています。それに対し私たちは、アーメン、主イエスよ、早よ来なはれ、早よ来んかい!!と叫ぶしかないのです。いいえ、その日を早くする方法がありました。み言葉を全世界に伝えることです。エホバの証人たちが偽福音を一生懸命伝道している理由はそこにあります。たとえ一枚のトラクトでもご近所に配りましょう!福音がのべ伝えられた時点で、その日は来るからです。

すぐに来ると確約しておられる主イエスを信じましょう!!意気消沈させて聖書への確信を失う悪魔サタンの策略に惑わされませんように

ローマ13:11 12
使徒17:30 31
第二テサロニケ1:6〜9 2:3〜12

なぜなら、実にすべての人を救う神に恵みが現れたからです。そして私たちに不敬虔と俗世界の情欲とを捨てて、今の世において慎み深く正しく敬虔に生活し幸いなる望み、すなわち偉大なる神であり私たちの救い主なるイエスキリストの栄光ある現れを待ち望むように教え諭しています。

テトス2:11〜13

風さんありがとうございました。

なぜ今まで再臨がなかったのか、
正直、「わからない」。
いやぁ、それを聞いて安心しました。
というのは‥分からなくて悩んでいるのは私だけかと思っていたんです。
少し肩の荷が軽くなったように感じます{^ ^}

そして「過去派」というネーミングはシンプルで面白いですね。

だけどその人たちは、
ジリジリ焦りと戦々恐々の中、キリンさんの首のようにして
主の再臨を熱望している子羊村・子羊通信の者らとは違って、

ある意味、のどかで幸せな人生を歩まれているのかも知れないですね。

神は、現在の物質を消してしまわれ、全く異なる新しい元素を創造され
その元素をもとにして全く新しい宇宙を創造されます。現在の私たちには、それがどのような法則を持っているのか?全く想像イメージすらできません!

主イエスは復活の後、それがどのようなものであるかを少しだけ見せてくださいました。主イエスは、戸が閉じてある部屋に突然弟子たちの前に現れ
またオリーブ山の上から天に上って行かれました。旧創造の世界の物質が主イエスのよみがえられた新しい身体の通過を阻止できず、その引力も主のからだには反応できなかった。

それは主イエスが新しい天地の新しい創造の世界の初穂として死者の中から復活されたからで、主の身体は新創造の世界に属す栄光のからだであるからです。フィリピ3:21
そしてキリストの空中再臨の時、私たちのからだも主に似せられて、主と同じ栄光のからだに変えられるのです。すなわち私たちも新創造の世界に入れられるのです。

見よ すべてが新しくなりました。

第二コリン5:17

見よ わたしはすべてを新しくします。

黙示録21:5

イエス キリストは私たちをこの新しい世界に導くために生きてる旧世界に入ってくださいました。

この新しい世界が実現された時、旧世界とそれに属するもののすべてが完全に消えうせ、すべてが全く新しくされます。

以前の天と以前の地は過ぎ去り、

です。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。と


それがどのような具体的な状態であるかは今はまた明らかにされていません!まさに神からのサプライズ、復活もサプライズ、新天新地の生活もサプライズなのです。

新しいエルサレムとは何ですか?実にあなたがたのことではありませんか!

クリスチャンとは偉大なる神に購われた、子羊の花嫁たちなのです!

子羊の花嫁たちよ、汝らは最も祝福されています!

リベカたちよ、旅立つ時が来ました。故郷を捨てて旅立つ時が来ました!!

もしイエスの復活が新しい創造の始まりであるなら、私たち人類も、私たちの物質的な世界も共に、死んで再びよみがえることになります。
第一ぺテロ1:3-4**

此の世は、物質的にも、精神的にもあまりに汚染されて回復できない限界にあります。

すべての原子を組み合わされた神は、すべての原子をばらばらにしてしまうこともおできになります。それは人間の手による核破壊ではありません!それはむしろ、宇宙のすべての原子が、そのenergyに還元されてしまう壮大なる出来事です。

天地は消え去ります、マタイ24:35
ヘブル1:10-12
この物理的な宇宙には、終わりがあります。天地を創られし神は破壊ぶちこわします

まるで、ちゃぶ台をひっくり返すように

宇宙は、主イエスのように、死んでよみがえられます。

もうお気づきでしょうが、すべての者が復活の体をうけますが、すべての者が再創造された新しい天地宇宙へ入れるわけではありません。それは聖書に明らかにされている荘厳なる真理です。理由は簡単、神は世界を再び破壊されるのをお許しにならないからです。
失格者に用意される場所こそ、ゲヘナ、燃える火の湖、地獄です。栄光の身体ではなく、永遠の恥辱の身体で過ごします。芋虫のような世に恐ろしき永遠の責め苦 正気を保つことはできません。これは悪いNEWS、福音の逆 悪音です!彼らは、不定の時を経て滅ぼされます。永遠と言って、無限な時間という訳ではないからです。しかし、良いNEWSもあります。誰も恐ろしき運命?に自ら苦しめらる必要はないのです。人間ならば誰でも、一つの条件さえ満たせば、あの新しい宇宙に住むことができます。恥辱な身体に復活して滅ぼされる必要はないのです。その条件とは

赦し(イエスの十字架の死によって可能な赦し)と聖さ(イエスの復活によって可能になった聖さ)を喜んで受け入れ、
新しい創造の中に入るために備えること
神の最初の創造と再創造、新しい創造との間には、一つの大きな違いがある…

初めに神は天地を造ることから始められ、男と女を造ることで終わりました。しかし、新しい創造は、神は新しい男と女を造られ、最後に新しい天地を造られるおつもりなのです。

愛のキーワードゆえに、順序が逆にされました。神はすべてん一掃し無から再び始めて、新しい環境からそれをはじめることもできました。しかし、
神の私たちに対する愛ゆえに、神は己れのおきてに背き、順序を逆にしてくださった!!

良いNEWS、それは今の私たちが新しい宇宙に入るとしたら新しい天地を荒廃させてしまうでしょうから詩編51:10の祈りのように、私たちを新しいからだを受けるに先立って新しい霊が新しい生命、新しい創造にしてくださいます。
第二コリン5:17**

内的霊の再生の恩ちょう

キリストの新しいよみがえりの命を着ること、

新しい創造の栄光の身体の考察をちょっぴり、皆さんに披露しました。また機会ありましたら、新しい創造の奥義をお話ししましょう

おはようございます
>ある意味、のどかで幸せな人生を…

ガリラヤさんには、悪いのですが

そのような考え方は、無頓着だと申せましょう、酷しい言い方だと…無知です。

たとえば、異端にエホバの証人ものみの塔の伝道者たちが熱心に、彼らの言うところの1914年にエホバの代理者なるキリストが王となって天で見えない仕方で王国統治を始めたという偽良いたよりを伝えています。統治体と呼ばれている幹部に尻を叩かれて
しかし、真実は残酷な裁定をくだすことでしょう!証人たちの働きは唯一まことの神ヤーウェなる主イエスからしたら、無意味な行為ですので、彼らの自己申告された奉仕報告時間は、天地創造のまことの神ヤーウェなる主イエスキリストからしたら、無意味な否却って、真実の福音に反対した者として、呪われし者として、処断されることでしょう!!

同じように、他の熱心でいわゆる「イイ人」の、キリスト教以外な異端や他宗教、無宗教な方々の最後も、最後は悲惨です。


たとえるなら、全人類は、アダムの反逆した時点から、急流をくだるイカダに載った乗員のようなものかも知れません。
神の子なる主が、ロープを投げて、救助しようと働きかけました。最後は自ら飛び込んで、何人かを背負って岸に救い上げました。その後も何度もロープを投げて救助しようと働きかけました。

いよいよ、イカダの目の前に巨大な滝が迫ってきました。
イカダの乗員の終わりです。

主はさいごの手段として、helicopterで空中から梯子を下ろして何人かを救い上げることに成功しました。それでも無頓着な他の人たちは、相変わらず、呑気に人生はまだまだ続くものだと無知な生き方をイカダの上で繰り広げていました!!

時至り イカダは滝に落ちて真っ逆さま、イカダは破壊され、乗員全員溺死しました!!

あれだけ、救助者からrescueの働きかけがあったにもかかわらずです。

真のキリスト教の伝える福音を拒否して、ただ獣のように目先の欲だけで生きているなら、このような悲惨な目に遭遇します。

終末なんて考えたくない、のんびり人生を生きてる人びとは幸せですか?イイエ単なる無頓着無知だと申しているのは、そのような意味で言っているのです!危機意識、罪意識がない人は大洪水を嘲って最期はあのようになりませんでしたか?

マタイ24:37-44

真夜中に、「花婿だ!迎えに出なさい」と叫ぶ声あり

そうだったのか!
いま悲しみや苦難のさなかで悩んでいる
私達、子羊通信の面々は、実は富んでいる者であり、
「過去派」と呼ばれる、一見して幸せにみえる人たちは
もしかしたら、危うい状態になる可能性もあるワケですか。

そして、おととい~昨日の風さんによる解説を読ませて頂いて、
3つばかり質問したい事が出てきました。

質問1)地獄では芋虫など、恥辱の体になる、
との事ですが、それは元人間がそう変移するワケですね?
サタンらは地獄でも相変わらず霊のみであり
恥辱の体にはならないんですか?

質問2)
地獄ではウジは尽きない、と聖書で知りましたが、
私の勉強不足のせいか、元人間は虫のような体になる事を
今回初めて風さんから教わりました。
「虫のような体に変移」はどの箇所から知りましたか?

大変ショックを受けております。

質問3)
その元人間の罪過の大きさによって、
地獄での滞在期間の長短が調節されるのだろうか?

難しい質問ですが、
ご回答お待ちしています。

あっ、どうか心配なさらずに。
「予言してくれ」というニュアンスではありません。

あくまでも今現在での、風さん個人的な所感、
というニュアンスで良いのですよ。

お忙しいところ、誠にお手数ですが、
よろしくお願いします。

いつもありがとうございます。

出掛けますので、簡単に答えることお許しください。

出典根拠は、ヨミの苦しみの場所を見てきた泉パウロさんはじめ多数のクリスチャンたちの偽りのない証言からです!

悪霊たちは、約四メートルぐらいの、まさに鬼のような存在に化して(大魔神のイメージがそっくりか)購わなかった霊魂をいたぶっていたそうです。

滅びの霊魂たちは、最初に骸骨人間になります。骸骨の内臓のあった場所に灰色のモヤモヤした霊魂があるそうです。骨身からは、蛆虫がわんさかわんさか穴からわき出てきます。穴はふさがれますが、その痒さは気絶するほどらしいです!足下からはもぐら穴があって、救われなかった霊魂たちを絶えず焼却しています。

様々な残虐な拷問

休まることのない永遠に続くであろう虐めと体罰、中には骨をバラバラにされてヨミの苦しみの場所に隠された者もいて、骸骨人が途方にくれている場面

悪鬼に犯され、終わりのない暴力の洗礼を受け続ける者

汚い臭い苦しみの壁に押し込められる者

それはまだ最終審判後の地獄ではありません。まだまだ序の口だったのです。やがて骨格はニカワか寒天のような糞のような、わけのわからない存在になります。

主を拒否したピラトは2000年間、糞状の存在で、嘆き悲しみながら懺悔しているそうです!

いずれも、永遠ではありません。

また機会があります、セカンドチャンスを否定するのは簡単ですが、私には彼らにも最終審判で救われるのではと信じたい…

そしていよいよ、審判後の恥辱の身体の件ですが〜

もう、いいでしょう…これ以上はわたしには書けません。要するに彼らは、もう人間ではないのです。もと人間の虫たち、化け物たちです!

永遠ではなく不定の時に彼は存在しなくなるとわたしは信じたいのです。永遠に無限な時を虚しく過ごすのは、私には

考えられません、

救われないとは…このようなことなのです。

そのような目に遭わない為に主は十字架にかけられた事実を厳粛に受け止めてください。以上です。

ガリラヤさんへ

三つの質問に答えてませんでした…

地獄というのは最終的な神から拒絶された人の行き着く場所、最近は教会でも語らなくなりました。
私たちは、地獄にいくのから免れました。それが救いの究極の意味です。

地獄をソフトにオブラートに包んだメッセージは人受けはしますが、牧師としては失格者だと思います。地獄を語れ、大きな声で絶叫して語れ、されど涙を流しながら語れ、あれかし

です。

やたら、礼儀を弁えずベタベタと甘えて近づき、無礼な人を小馬鹿にしたような、思いやりの欠落した人間

しかも、それに気づかないような、○○障害者が多いので気をつけてください。

一応、年代計算や仮定としての未来記を載せたので、わたし風、そろそろまた消え去ります。

もういいでしょう…201fullmoon年にラプチャーあれば、栄光のからだになって、お会いいたしましょう!!それでは、ザアカイさん貴重な場所をお借りして、勝手な振る舞い、どうか御許しください。

さようなら、失礼いたしました。

風さん、行っちゃダメ~!
戻ってきて、毎日投稿してくれ。
本当たのむから、ガリラヤの顔を立てて、ここはひとつ願いを聞いて~。

風くん、誤解を招く可能性のある箇所だけ修正加えておきましたぜ。悪く思わんといて。

神は思い直すフィードバックされる方
ガリラヤさんに免じて、もうしばらくお邪魔します。

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

計画節電。
明かりのない闇の町。
漆黒の暗黒。
その中に身を置くと、
足元もおぼつかない。
闇の中に姿を消す物質。
不安と恐れが心を支配する。

イエスを持たない人は闇の中。
本当の姿を人は知らない。

あなたは私を最も深い穴に置いておられます。
そこは暗い所、深い淵です。
あなたの激しい憤りが私の上にとどまり、
あなたのすべての波で
あなたは私を悩ましておられます。(詩篇88・6-7)

人には真理の光が必要。
決して消えることのない光が。

あなたがたのうち、
だれが主を恐れ、
そのしもべの声に聞き従うのか。
暗やみの中を歩き、
光を持たない者は、
主の御名に信頼し、自分の神に拠り頼め。(イザヤ50・10)

イエスの光は暗やみを照らす灯台。
地上の暗やみを強烈なイエスの救いの光が
照らしている。
輝いている。

イエスは言われる。
「わたしは、世の光です。
わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、
いのちの光を持つのです。」(ヨハネ8・12)

イエスの光を持つと、
喜び、平安、感謝、賛美が流れ出る。
その人の内側をイエスの暖かな光が絶えず
照らし続けているから。

あなたがたに光がある間に、
光の子どもとなるために、光を信じなさい。(ヨハネ12・36)

わたしは捕われ人には『出よ。』と言い、
やみの中にいる者には『姿を現わせ。』と言う。(イザヤ49・9)

管理人さんへ
了解しました。

風さん
もうしばらくなんてダメ。

風さんはゲストではなく、レギュラーはもちろん、
メインキャスターとして、毎日お願いします。

あ、週1回くらいなら休んでもいいから。

>イエスの光を持つと、
喜び、平安、感謝、賛美が流れ出る。
その人の内側をイエスの暖かな光が絶えず
照らし続けているから。

→Amenです<(_ _)>

例の、611阿蘇噴火の危機は回避されました。

少なくとも闇勢力は今年は、九州方面には働きかけないようです。

さてさて、イルミナティカードでは…あと、711の東海方面と首都圏直下型、さらに915です。何もなければ良いのですが、もしかしたら今年かも知れませんし闇勢力も失敗は度々らしいですから、たとえば…富士山噴火と東京湾直下型は失敗していると泉パウロさんの人工地震三部作に書いております。とりあえず、611は回避しました。一時間経過して、大丈夫でしょう…おやすみなさい。

風さん

悪霊(サタン)らが、地獄で元人間たちを拷問している場面‥
を泉パウロさんは見てきたのですね。

ここで大きな謎が出てきました。

神から最も呪われているサタンらは、いたぶられる立場ではなく、
その逆の、拷問する立場なのはなぜなのだろう?

ここに関して、風さんの感想を教えて下さい。
よろしくお願いしますm(_ _)m。

質問内容、分かりにくくてすいません。

つまり、こうゆう事なんです。

神からみて最もひどいとされている悪霊は、
・地獄では比較的優遇された立場である事
(拷問される側ではなく、拷問を加える側に回る事の謎)

・地獄での姿についても、芋虫など恥辱の体にはならず
(大魔神のような)比較的優遇された姿である事。

~この矛盾について、風さんの見解を教えて下さい。

いそがしい中、誠に申し訳ありません。
よろしくお願いします(^ ^;)。

主イエスの血潮の第7章で、泉氏は幻の中でヨミの火の中に投げ込まれました、主が語るにそれは救われない霊魂のいく現実の世界を特殊な仕方で泉氏に体験させたのだそうです。とりあえず
火柱は四方八方に燃え上がり、彼の身長一メートル80センチの三倍ぐらいでした。その熱さはサウナの熱気に似てその何倍かの熱さです。それが永遠に続くであろう脱出の出口がない世界だと思うと異様な閉塞感に陥り絶望します。そこは暗い光りがない場所にもかかわらず、あらゆる気味悪い生物が蠢いていました。ヨミの苦しみの場所は霊の世界なのに、熱く、臭く、痛く、五感が鋭敏に感じとれ、泉氏は自分が今まさに現実に地獄?にいることがはっきりわかったそうです。

*地獄ゲヘナは最終審判で入れられる恐ろしい場所で、まだ人類は一人として行っていません。パウロ氏が幻で見た感じたのは、ノンクリスチャンがいくヨミの苦しみの場所でした。

彼は思ったそうです。ああ、ここはまだ黄泉の中でも比較的軽い場所なんだな…

燃え盛る炎の中で囚人たちが悶え苦しみ耐えきれずに叫び声を上げました。

イエスさま、ごめんなさい、わたしを助けて!!

比較的軽い場所でさえは韓国の高温サウナに似た 燃え盛る火がついてもっと熱く、耐えられないぐらいに温度を高め、出口のドアがなくなったら黄泉の比較的軽い場所になるでしょう。

黄泉は人間の形をしていて、さらに奥深くへ導かれると、今度は悪魔による拷問でした!!泉氏の地獄?体験ツアーは、まだまだ続くのですが、
ガリラヤさんの質問された拷問の場所をピックアップしましょう。

悪魔のような男が甲高い傲慢なうす笑いが闇のトンネルの壁にこだまして鳴り響いていました。

お前らは、イエスを信じないから此処に来たのだ!喚け、絶望しろ!後悔しろ!呪え!

地獄?にはたくさんの部屋というか空間があり、見ると人びとの罪の種類や重さの段階ごとに秩序よく分けられています。中でもわたし泉が入れられた場所は最も恐ろしい厳しい拷問部屋でした!!
そこは男色と淫乱と好色、不倫、姦淫の罪で滅びた霊魂が入れられる部屋
地獄?ではこの種の罪が最も厳しく裁かれてました!!
性的罪は肉体に対する罪で、結婚関係外で快楽にふけった肉体に対する容赦ない激痛なのです。
そして主を信じなかった滅びた霊者たちを苦しめるのがそこにいた悪霊たちの指命なのです。神によって看守のような働きを彼らもサディスティックにしていました。

泉氏が連れ込まれた部屋は長方形の形で暗い場所

ゲーム?の始まりに緑色の皮膚をした三メートルぐらいの巨人のような鬼が現れて、わたし泉をつかみ部屋の壁に投げつけた
通常の肉体なら、肉片は裂け骨はメチャクチャに破壊されて即死するのでしょうが、霊魂は死なないのです!

さらにもう一匹の悪霊が現れ、ゲームが始まり、わたしをものすごい勢いではじき返し苦しめるのです!その音もスピードもすさまじく恐ろしいものでした。なまじ喧嘩には自信のあった泉氏も、鬼たちのパワーには太刀打ちできず、為されるままに拷問は続きました。

彼らはさながらホラー映画に出てくる醜い怪物そのものでした。そこでうけた屈辱と苦痛は言葉では表現できないほどにものすごい傷みと恐怖の連続です。

わたしは霊魂がバラバラにされていくのを体験しました。鬼たちはあらゆる仕方でわたしを苦しめました、これが救われない霊魂の行き着く場所なのか…

わたしは狂う一歩手前で、ゲームは終了しました。とりあえずの第一回目を

そこにいる霊魂たちには息つく暇なく一切憐れみもない絶望の世界で永遠を過ごすのでしょうか

さらに次の恐ろしい場所に移されようとしているまさにその瞬間
わたし泉は主の御名を呼び求め叫びました…するとイエスさまの声で鬼たちに命じられ、わたしは特別にそこから出され

霊は地上に戻されました…

しかし、他の滅びた人びとの場合はわたしのような特例はなく泣けど叫べど拷問の繰り返しでした。

主はわたしに言われました。

「あなたが、これらを体験したのは現実に地獄?があることを人びとに語るためです。

わたしは涙ながらにお願いします。どうか、ノンクリスチャン、クリスチャン問わずお願いします。心の底から悔い改めてください。天国はあります、しかし地獄?も現実なのです!クリスチャンの方々へ


あなたがたも、救われたから安心しないでください。たしかに救われたクリスチャンはそこには行きません。しかし、どうかその為にも悔い改めて命をかけて人びとに福音を語ってください!!一枚のトラクトをご近所に配るだけでも良いのです そして何よりも、隣近所、親兄弟親戚の為に祈ってください!!祈りにはパワーちからがあります、地獄の霊たちもあなかたが祈ることを一番おそれているのです!

ガリラヤさん、こんな感想でよろしいでしょうか?

ガリラヤさんへ

なぜ、一部の悪霊たちが、文字通りの鬼のような怪物になって黄泉の看守になっているのかは、わたしにはわかりません。その罪の重さによって様々な刑罰が為されている理由もわかりません。

ただ言えるのは、其処にはクリスチャンはいなかった事実です!クリスチャンが救われるとは、まさにこのことだったのです!
救いとは、永遠の命、新しい復活のからだを与えられることと勘違いしている方々へ
それは、救われる者たちへの神からのプレゼントです!冠です!婚約指環です!

救われるとは、地獄の黄泉の苦しみから逃れられ免れる厳粛な事実です!主の十字架はまさに、私たちに代わって主イエス御自身が黄泉にくだってくださった

泉さんばかりか有名なバジリア シュリンク姉妹も、地獄黄泉の苦しみの場所を経験者です。彼女は感想をもらしています。

「わたしにとって…この苦しみを経験した今、地上での様々な人間的な苦労など
もはや何の意味もない戯れ事にしか思えなくなりました。そして、このような婢なるわたしに救いの希望を与えられた主の十字架と復活を讃えます、と


ガリラヤさん、死後の世界 久保有政さんも詳細に書き記しています。

クリスチャンのみなさま、皆さんは救われていますので

決して其処にはいきません。神に感謝してください!!


しかし、もう一度申し上げます、皆さんも悔い改めてください!!滅びるノンクリスチャンたちの行きゆく場所が如何に凄まじい場所なのか…
悔い改めて、親子兄弟親戚、ご近所のために祈ってください。福音を伝えましょう!!たとえ一枚のトラクトでも良いのです 滅びの道を歩む人びとに命の道を教えてください!!彼らは救われないなら百パーセント、黄泉に行きます、天国に行けません。

おじいちゃんは良い人だったから天国へ行って私たちを見守っているでしょうか?いいえ、良くて黄泉の慰めの場所

普通は、厳しいアノ場所に行きます…

祈ります。

わたし最近思うのです。
今のAKBのお祭り騒ぎと、今から100年前の、浅草オペラのお祭り騒ぎがシフトしているように思うのです。

田谷力蔵、高木徳子
特に後者の高木徳子さんは、日本最初のプリマドンナ、アイドル歌手、アメリカ帰りの洗練された美人でしたが…九州巡業の際に、関西のやくざの親分に無理矢理レイプされ、精神を病んで発狂して28才の若さで亡くなってしまいました。
日本芸能史に燦然と輝く高木徳子 カチューシャの唄の松井須磨子のサロメの踊りの振り付けをした裏方でもありました。
今、彼女の霊は残念ながら、黄泉の苦しみの場所にいます。

同じように、地上の一時的栄光に輝いても、アイドルの儚さを思います。

復活、セカンドチャンス

死んで、黄泉に落ちた人びとに希望はあるのでしょうか?

復活、あなたは本気マジで信じますか?

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

この人を見よ。
万の幾万倍、千の幾千倍の天使の軍勢。
栄光の座を捨てて地上に下り、
人となられた神の御子を。

この人を見よ。
罪の泥沼に沈み、
滅びへと向かう群集、群集。
多くの涙と叫び、
苦痛と嘆きを聞かれ、
憐れまれた神の御子を。

この人を見よ。
罪を背負い、十字架に向かわれた方を。
罪の重荷は全宇宙より重く、
血の汗は神の御子の苦悩を注ぎだし、
額を流れた。
あざけりとののしり。
鞭打ちといばらの冠。
罪の刑罰の序章。
あらゆる辛苦をなめられた神の御子を。

この人を見よ。
空にこだまする金槌の音。
十字架に架かられ、罪の身代わりの刑罰を
その身に受けられた神の御子を。
全人類の罪は
御子イエスを容赦なく痛めつけた。
わき腹を槍が突き刺した。
水と血が地上に流れ出る。
贖いの血。
全てを成し遂げて息を引きとられた。

この人を見よ。
3日後に復活された。
墓は空になり、
死に打ち勝ちよみがえられた御子を。
栄光の身体となって
天の御国に帰られた王の王なる
神の御子を。

唯一の神がこのお方であり、
全てを支配している。
愛の本質を持たれ、
義なる聖なる神。
多くの方々がこの人を
この神を見ることができますように。

風さん、enjeruさん、いつもサポートありがとうございます<(_ _)>

それにしてもこのエントリーのコメント数・・・随分と溜まりましたな(驚;)

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