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2012年3月31日 (土)

エルサレム

今日で3月も終わってしまう --;
アノニマスのネット攻撃は単なる脅しだったのでしょうかね?

3/30日の Land Day ~ march on ( to) Jerusalem 関連のメインストリームメディアの報道ですが、今のところ一つだけ発見。

パレスチナ自治区でデモ隊とイスラエル軍が衝突、死傷者
CNN.co.jp 3月31日(土)16時42分配信

エルサレム(CNN) パレスチナ自治区のガザやヨルダン川西岸の広範な地域で30日、デモ隊とイスラエル軍が衝突、パレスチナの病院などによると1人が死亡、多数が負傷した。デモはイスラエルの土地没収に抗議し、パレスチナ人6人が死亡した1976年の事件の記念日「土地の日」にちなむものだった。

西岸ラマラの病院によると、西岸とエルサレムを隔てるカランディア検問所周辺での衝突では住民17人がイスラエル軍が発射した催涙弾やゴム弾で軽傷を負った。ベツレヘムでは外国の活動家を含めた数百人がエルサレムへの行進を始め、催涙弾などを浴びた。イスラエル軍は、デモ隊は投石や火炎瓶で攻撃したとしている。

ガザのベイトハヌーンやカンユニスで起きた衝突では男性1人が死亡、37人が負傷した。うち2人は重傷。ベイトハヌーン近くにある検問所ではイスラエル軍がフェンスに近付くデモ隊の足を狙い実弾を発砲した。

パレスチナ住民は「土地の日」を追悼する抗議デモを毎年実施し、イスラエルの占領政策などへの不満を爆発させている。今年はパレスチナ自治区内だけでなく、イスラエル、エジプト、レバノンやヨルダン内でのデモも呼び掛けられていた。レバノン南部ではパレスチナ系住民約1000人が集会を開いた。

イスラエル当局は「土地の日」の抗議行動に備え、西岸地区の24時間閉鎖に踏み切り、エルサレムにあるモスク(イスラム教礼拝所)での金曜礼拝に40歳以下の男性の出席を禁じた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まだなんとも言えませんね。
流血があったことだけは事実、やはり無事にはすまなかったということでしょう。
とにかく世界のメディアはシオニストに牛耳られているので、真相を知ることが難しい。
シリアのように偏向的、大げさに報道することもない。
反政府陣営が武器を置かないのに、政府側が武力を放棄することなど出来ないでしょうに。

また、イスラエルがアゼルバイジャンの飛行基地を借り上げたというニュースも。

一部でアメリカ、イスラエルによるイラン空爆は遠のいたという分析もありますが、これはフライングでしょう。
依然としてアメリカはイランの経済制裁の手を緩めてません。それどころか、締め上げる一方です。またイスラエルがその気になればオバマを暗殺することなど赤子の手をひねるに等しいこと。J・F・ケネディーのことを考えれば一目瞭然です。

察するに今は情報戦の真っ最中であろうから、特に軍事関連のニュースを鵜呑みにすべきではないのでしょう。

あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。
人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。

第一テサロニケ 5:2~3

とあるように、危機は去った、平和だという認識が生まれてきた時ほど危ないかも?しれない。
すべては油断した時、ホッとした矢先に起きてますから。

そして、詩篇83編 4~8

彼らは言います、「さあ、彼らを断ち滅ぼして国を立てさせず、イスラエルの名を/ふたたび思い出させないようにしよう」。
彼らは心をひとつにして共にはかり、あなたに逆らって契約を結びます。
すなわちエドムの天幕に住む者とイシマエルびと、モアブとハガルびと、ゲバルとアンモンとアマレク、ペリシテとツロの住民などです。
アッスリヤもまた彼らにくみしました。彼らはロトの子孫を助けました。〔セラ

今回のエルサレムへのデモ行進がこの預言の成就の布石となるのかどうか?私などにはわかりませんが、何でもかんでも無条件に親イスラエル的な姿勢には疑問を感じ賛同できません。

確かにエルサレムはハルマゲドン、再臨まで守られるであろうし、アブラハムとの契約ゆえ、またエルサレムの平和のために祈れと言うことに反論の余地は在りませんが、イスラエルだったら何をやっても許されるとするのは間違いであろうと考えます。

シオニストとオーソドクス・ジューの混在をはっきりと認識すべきで、今現在のイスラエルをコントロールしているのは、NWOでもあるシオニスト陣営だということを忘れてはならないでしょう。
イスラエル、ユダヤ問題はそんな一筋縄で行くような単純な問題ではありません。

悲しいかな、その日は大いなる日であって、それに比べるべき日はない。それはヤコブの悩みの時である。しかし彼はそれから救い出される。
万軍の主は仰せられる、その日わたしは彼らの首からそのくびきを砕き離し、彼らの束縛を解く。異邦の人はもはや、彼らを使役することをしない。
彼らはその神、主と、わたしが彼らのために立てるその王ダビデに仕える。
主は仰せられる、わがしもべヤコブよ、恐れることはない、イスラエルよ、驚くことはない。見よ、わたしがあなたを救って、遠くからかえし、あなたの子孫を救って、その捕え移された地からかえすからだ。ヤコブは帰ってきて、穏やかに安らかにおり、彼を恐れさせる者はない。

主は言われる、わたしはあなたと共にいて、あなたを救う。わたしはあなたを散らした国々を/ことごとく滅ぼし尽す。しかし、あなたを滅ぼし尽すことはしない。わたしは正しい道に従ってあなたを懲らしめる。決して罰しないではおかない。

エレミヤ 30:7~11

とありますが、その11節には

>わたしは正しい道に従ってあなたを懲らしめる。決して罰しないではおかない。

ともあります。全能の神は義なる方で、イスラエルだからといって何をやっても許されるというような侮られる方ではない。
これは旧約のイスラエルの民の歴史を見ればわかることです。

それは現代でも同じであり、ユダヤ人には聖と邪、光と陰の部分が共存し、それは人類の縮図でもあり、ソドムやエジプトにたとえられている大いなる都=エルサレム(黙示 11章8節)には、けっしてありがたくない称号が与えられてもいます。それでもエルサレムはキリストの再臨の地であり、世界の中心であることには間違いないのでしょう。

イスラエルを旅行した人に言わせれば、エルサレムよりもガリラヤ湖周辺の方が、霊的には、はるかに恵まれ、素晴らしいものを感じると言いますね・・・

ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。

見よ、おまえたちの家は見捨てられてしまう。わたしは言っておく、『主の御名によってきたる者に、祝福あれ』とおまえたちが言う時までは、今後ふたたび、わたしに会うことはないであろう」。

マタイ 23:37~39

 

この箇所とともに

↓のユーチューブ動画がその真相に迫っているような気がします。冷静に客観的に判断すべきでしょう。

UP DATE 4/3

正統派ユダヤ教徒のシナゴグ(アンチ・シオニスト)が警備隊に攻撃される様子。

ユダヤ陰謀論ばかり目立ちますが(これはこれで真実、和製シオニストにはなるべきではありません。)、その一方で純粋にモーセの律法を守り、まだ見ぬメシヤを待望するユダヤ人もいるということです。彼らは決して我々の敵ではありません。むしろアブラハムの血を引くユダヤ人が多いことでしょう。

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黙示録、聖書預言」カテゴリの記事

コメント

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

1本の木。
人間が育てた木。
その木を切り倒し、
たきぎにして暖をとり、
たきぎを使って料理をし、
残りの木を偶像にしたてて、
神を作り、それを拝み、ひれ伏して、
『私を救ってください。あなたは私の神だから。』と言う。(イザヤ44・13-17)

だれが、いったい、何の役にも立たない神を造り、
偶像を鋳たのだろうか。(イザヤ44・10)

『知られない神に。』と刻まれた祭壇。(使徒17・23)

息のない神。
自分で想像し、形を作り、祈りと願いを捧げて、
満足する。
何の疑問も持たず、言い伝えに従って。

国々の民のならわしはむなしいからだ。
それは、林から切り出された木、
木工が、なたで造った物にすぎない。
それは銀と金で飾られ、
釘や、鎚で、動かないように打ちつけられる。
それは、きゅうり畑のかかしのようで、
ものも言えず、歩けないので、
いちいち運んでやらなければならない。
そんな物を恐れるな。
わざわいも幸いも下せないからだ。(エレミヤ10・3-5)

「天と地を造られなかった神々は、地からも、これらの天の下からも滅びる。」
                       (エレミヤ10・11)
神は、そのような無知の時代を見過ごしておられましたが、
今は、どこででもすべての人に悔い改めを命じておられます。(使徒17・30)

この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、
天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。
また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって
仕えられる必要はありません。
神はすべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。
                     (使徒17・24-25)
私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、
私たちもこの神のために存在しているのです。
また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、
すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。
                      (コリントⅠ 8・6)

「わたしが主である。ほかにはいない。」(イザヤ45・18)

息のない「知られない神」を拝んでいる人々が、
真実の生きた神である主、
天地万物を創造し、罪の赦しを十字架で成し遂げられた
イエス・キリストを信じることができますように。

enjeruさん、いつも福音伝道ありがとうございます。
私では、このようなことは書けないので本当に助かってます。

今日、礼拝後、教会の近場、トラクト配布をやりました。
結果はどうあれ、牧師先生が交代して2年目の初日。
少しづつでも、会堂内に篭っているだけじゃなく、外に目を向けることはいいことだと感じました。
お恥ずかしい話 --;
今の教会で7年9ヶ月・・・初めてやりました(;一_一)・・・

ザアカイさん

>今日、礼拝後、教会の近場、トラクト配布をやりました。

私は、トラクトで救いに導かれました。
1枚のトラクトでも主が働かれる時、
人の霊に働いて実を結ぶこともあるのだと。

配布されたトラクトが実を結びますように。

良い知らせを伝える者の足は
山々の上にあって、なんと美しいことよ。
平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、
救いを告げ知らせ、
「あなたの神が王となる。」と
シオンに言う者の足は。(イザヤ52・7)

>私は、トラクトで救いに導かれました。

→あら、これは励まされる言葉ですね!
もっと早くから二ヶ月に一回でもいいから、やりゃよかったんですよね。協力したのに --;

なんか元気が出てきました、アーメンです!

私も正式に主を知ったのは、トラクトからでした。

今でも思い出します。
当時私の中学は丘の上にあり、
中学3年くらいのとき、学校に通じる曲がりくねった長い階段の
頂上付近で、50歳くらいの西洋人が立っていて、
ヨハネの福音書のみが印刷されたトラクトを頂きました。

奥深い山地で西洋人を見るのは珍しいことだったので、
一生忘れられない光景でした。

その方は黒い僧服を着ていたので、
おそらくカトリックの修道士さんだと思います。

ザアカイさんも同じことをしたんですね。
デビューおめでとうございます。

ザアカイ氏は掲示板・ブログで主イエスの証言をしているだけでなく
いよいよ街路でも動かれたのですね。

ガリラヤさんもそのクチだったんですか。
考えていたより効果ありそうですね・・・

やったと言っても、近場を徒歩でテクテクとローラー作戦よろしくポスティングしただけですけど ^^;
途中でトラクトが切れて切り上げました。
今の牧師先生の方針で今年度あと二回ほどやるそうです。

エホバの証人と間違えられた時のために

「エホバの証人じゃありませんからご安心を」と言うセリフが、いつも頭の片隅にありました
もっとも私じゃ、どこからどう見てもエホバの証人には見えませんがね(笑)
Gパンにユニクロのフリース姿でしたから(爆;)

うちの教団の神戸の教会の牧師先生は、5年間黙々とトラクト配布だけで開拓伝道をして、信徒を50名近く集めたそうで(現理事長) --;
すごいのひと言です。

ザアカイさん
トラクトの配布^^ お疲れさまです。
エホバの証人に対抗して? やはり、教会が動かないと
一般市民の皆様に、キリスト教(聖書)の教えを知って頂く
機会がなくなってしまいますよね。。
教会は、日曜日の礼拝にはどなたでも、歓迎はしていますが。。
どうしても、キリスト教になじみのない人には敷居が高いと思われてしまいますからね。

私は、幼稚園の時に、福音といいますか、主イエスと神をしりました。
でも、おなじ幼稚園に行った兄や、他の人は。。信仰をもたなかった
ですけどね。。 トラクト、幼稚園での牧師先生(園長先生)の
お話や、み言葉(自分を愛するように、隣人をあいしなさい。
私はぶどうのき、あなたがたは枝である。。)が小さな種となることも
ありますね。ヽ(´▽`)/
教会にはいきませんでしたが、小中学生の時、マザーテレサやキング牧師を
尊敬していましたよ。^^ もちろん、マザーテレサもキング牧師も、
それぞれ疑問に思うこともありますが。。(多元主義?キング牧師は
女性関係。。という肉の問題) でも、神の元に人は平等である。。
という意識を持ち続けたのは、素晴らしいことだとおもっています。
(律法において完全で義とされる人間はいませんからね。。)

信仰の種が芽がでるまでに、10年、20年以上かかるときもありますが、
種をまく。。という作業は本当に、貴重な働きだと思います。
あきらめずに、すぐに良い結果がでなくても蒔き続ける。。
ザアカイさんの所属される教団の神戸にいらっしゃる牧師先生の
トラクト伝道。。も、すばらしい実りをとげられたのですね。
嬉しいことですね。(*^-^)

サマちゃん、どうも。

>どうしても、キリスト教になじみのない人には敷居が高いと思われてしまいますからね
>律法において完全で義とされる人間はいませんからね。

→確かに。反論の余地なしですわね --;

持ち帰ってきたトラクトが15部ほど残ってたので、納品の帰り、近くの団地のグラウンドの駐車場に車止めて、キリがいいところで12、そう12です(笑)
12部ほどポスティングしました。
持ってたってしょうがないし、やる時やってしまわないとそのままになるので --;

ちなみにうちのかみさんに1部配布したんですけど・・・
「いい事も書いてあるのは認める。でもどうして、すべての事象をその方向へと持っていくの?聖書の言葉に当てはめようとするの?絶対おかしい!」

と言われ --;・・・あんな頑なで、うなじのコワイ女性・・・見たことない --;
トドメの言葉が

「ま、その時は私が主に懇願して『こんなんでも一応、現世では私の妻でありました。なにとぞ情状酌量の余地を』と頼んであげるよ。」

と言ったところ・・・

「けっこう!!あなたの顔永遠に見なくてすむと思うとせいせいするわ。あの時の私はどうかしてたのよ。そうそう、あなたがよくい言うように、サタンにたぶらかされてたのね。」と来た(ToT)/~

今晩かみさんが寝静まったら台所に降りてきて、密かに包丁を研ぐ決心をした私であった(爆;)

ザアカイさん 夜中に、(月明かりの中で?)包丁をとぐって、昔話の
やまんばみたいです。。 ( ̄▽ ̄)

奥さんが料理しやすいように、気を利かして包丁を研いだ。。ということに
しておきましょう。
ついでにお鍋もみがいてね〜といわれたりして。。(≧∇≦)

教会の敷居が高い以上に、(家族も含め。。)一般市民の、宗教や
聖書への教えへの。。城壁網もかなり高いですね。
かれらが、城門をあけてくれるまで、なかなか。。辛抱がいりますね。
エリコの城壁も、7回(かん難も7年。終末預言と関係ありますね。^^)
まわってラッパをふいて崩れましたが。。
ザアカイさんも、もう洗礼を受けられて 7年以上もたつのですね。
長かったでしょうね。。私なんて3年でも。。やっぱり、楽ではない。。と
思っています。。(;;;´Д`)

終末のラッパ。。わかりやすい、反キリストや事件がおこらないと。。
奥様も、他の人々も。。聖書の預言と結びつけることが、なかなか出来ないのでしょうね。
もちろん、恐ろしい災害や、戦争は本当は多くの悲しみと、苦しみを
伴うので。。おこってはほしくないですが、
鈍感で、かたくなな人間の心をといて、神に救いを求めるように
するには。。。危機感というものが、必要になったりしますよね。。

う~む・・・じゃ、倉庫の中、金属バットでも懐中電灯つけて探しましょうかね(笑)

そうそう、以前ある牧師夫人に「家族伝道とはエリコの城壁を崩すかのごとく、忍耐要りますよ」と言われた事がありましたっけ。

まだ目に見える形で終末預言の成就はないですからね・・・そこまで至らずにというのが理想ですけど、やはりそこまで行かないと、目が開かれないのかなあ~?

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

主イエスを信じたキリスト者。
その内にある聖霊の宮。
神の神殿。
聖なるもの。

あなたがたは神の神殿であり、
神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。
神の神殿は聖なるものだからです。
あなたがたその神殿です。(コリントⅠ 3・16-17)

神の神殿は、キリストのからだの一部。

あなたがたのからだはキリストのからだの一部
であることを知らないのですか。(コリントⅠ 6・15)

その神殿は、天の御座と繋がっている。
天の御座におられるキリストの一部だから。

聖なる神殿の宿るキリスト者は、
どんな偶像にもひれ伏すことを主なる神は望まない。
先祖も美しい女の形も男の形も。

キリストがそれらのものにひれ伏すことなどありえない。
聖なるキリストの一部である神殿をもって
それらを拝むことは、
キリストの御名を辱めること。

私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、
すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために
存在しているのです。
また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、
すべてのものはこの主によって存在し、
私たちもこの主によって存在するのです。(コリントⅠ 8・6)

神の神殿をもって崇めるお方は、
ひれ伏すお方は、
唯一の父なる神、唯一の主なるイエス・キリストのみ。

あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まわれる
神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、
もはや自分自身のものではないことを知らないのですか。
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。
ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。
              (コリントⅠ 6・19)
主の贖いの血によって買い取られたキリスト者が、
内にある神の神殿をもって唯一の神のみを礼拝できますように。
偶像から離れることができますように。

さあ、主をほめたたえよ。
主のすべてのしもべたち、
夜ごとに主の家で仕える者たちよ。
聖所に向かってあなたがたの手を上げ、
主をほめたたえよ。
天地を造られた主が
シオンからあなたがたを祝福されるように。(詩篇134篇)

偶像崇拝・・・どこかの某教団は偶像まみれですが、我々も、現代における偶像崇拝=器崇拝には気をつけねばなりませんね。

もちろん、我々ではモーセやエリヤのように直接、神の声を「日本語でわかるように」聞くことは出来ないので、信頼できる牧師先生を、霊的権威として自分の上に立てるべきでしょうが、行き過ぎて極端に走ると・・・危険ですからね。
完全な人間はいないのですから、バランスの問題もあろうかとは思います。

あとは聖書と祈りを欠かさずでしょうかね。

ンッフッフッ(^、^)‥
月光を背に包丁を研ぐザアカイ氏の姿が思い浮かびます。

ところで、超基本的な質問ですが、
動画に出ている大勢のラビの方々は、

1)シオニズム反対派ですか?

2)シオニズム賛成派ですか?

~よろしくお願いします。

結論から先に言って、シオニズムには反対の立場のようです。

スファラディー・ユダヤのオーソドクス=ジューの大多数はシオニズムには反対の立場のようです。パレスチナ・アラブとの共存を目指す立場のようです。

なんでも「シオニズムによるイスラエル建国は神の御心によるものではない」とする一派もあるようです。

とは言え、形はどうであれ、パレスチナの地にイスラエルが2000年近く時を経て建国されたのは事実でしょうからね。

アンチ・シオニストのシナゴグがどのような扱いをされているか、追加で動画をこのエントリーの最後に貼り付けます。

まるで二級市民扱いされてるかのような --;
要するにシオニストが一級市民なんでしょうね。
ネタニヤフ首相とかリーベルマン外相のようなアシュケナジー・ユダヤが多いのも事実のようです。

ザアカイさん
ひさびさに、気分転換にバッティングセンターにいかれるのか、
草野球を再開されるのですか (*^m^) ふふふ

家庭伝道は、まさにエリコの城壁ですね。
主の手にかかれば、かならず。。時がくれば、城壁は崩れる!! はずですね。

シオニスト。 ユダヤ人でも、シオニスト派とそうでない穏健派
(おそらく主のときをまつという派)がいるのですね。
これも難しい所ですよね。。 もともとあった、欧州各国の
ユダヤ人との軋轢、それとナチの迫害を理由にシオニスト運動が活発化
して、イスラエル建国がなされたわけですが。。
あるいみ、これも(人間のもくろみも含めて)預言の成就ともいえる。。
ともいえますし、まだ預言の成就の途中経過にすぎない。。
完全な成就はこれからだ。。という見解ももてますよね。
まずは、本当に、神殿が再建設されるのか。。それとも、違う意味合いがあるのか。。これも難しいですよね。

主の最初のエルサレム入城のときも、多くのユダヤ人は。。イスラエルの
人々のローマからの解放を、考えていた。。という事もありますし、
主の目的の救出と、人が考える救出の方法の、ギャップがあるという事もありますよね。

先日の礼拝でも、主は、エルサレム入城するときに、すでに自分が
十字架にかかって死なれることをご存知であった。。でもそれでも、
人々が、ちがった目的(期待)をもって、主イエスを、ローマからの救出者、文字通りユダヤ人の王として
椰子の葉をしいて迎えていたことを。。知っていた。。 なおもそのときは
その期待を否定もせずに、そのままにしていた。。(いっても理解されない
とわかっていたこともあるでしょうが、伝えるべき時ではなかったのでしょうね。)という話がありました。
主イエスを十字架にかけろといった人にも、最初主イエスを、救い主として迎えた人もいたでしょう。。 
期待が裏切られた。。と、主の目的がわからない為に。。感じたこともあったでしょうね。。 

同じように、私たちも、クリスチャンになって。。主に希望や信頼をもちつつも、なかなか、思い通りにいかずに
いらいらしたり、不安になることもありますよね。。
使徒たちでさえ。。主が十字架にかかり、一度死なれて、復活するまで、主の本来の目的を理解できなかった。。。という事を考えると、これからおこる預言の成就も、私たちが予測しているのとは、少し違うことが
おこるかもしれない。。こともあり得ますよね。
(過去のことは、聖書をよんで、こういうことだったのかとわかりますが。これからの預言の事は。。まさに当時のイスラエルの人同様に、心して見極めないといけないのでしょうね。。 ただ私たちには、聖霊という
助けがある。。つまり、賢い娘のように霊の油をきちんと用意しているかどうかが。鍵になるのでしょうね。)

enjeruさんの、仰るように、私たちがあがめ、信頼し、希望を持つのは
主に対してですよね。^^
もちろん、多くの牧師さんが、さまざまな預言の見解をのべていますし、終末への心の準備をする為には
参考にはしても、絶対にそうなる。。という確証もない、手探り状態ですよね。
とにかく、ときに疑問があっても、最後は。。主の愛と正しさを信じ抜く。。
それしかないのでしょうね。

^^;・・・ツレをバットでケチョンケチョンに殴ったのでは刑務所行きになるので(笑)、そういうことにしておきましょう --;

しかしそれにしてもサマちゃんのコメントですけど、まったく持って同感。スキなしですね・・・
ほんとにまあ、サマちゃんの成長の早さには驚くばかりです!!

質問です。 キリストは杭で張り付けになったのではないですか?

いちおさん、十字架がT字型ゆえ杭に見えるにせよ、型はそれほど重要ではないと思いますよ。
この手の詭弁はエホバの証人が良く使います。
よってこのような議論はまったく持ってナンセンスです。

主イエスが過ぎ越しの犠牲の羊として我々の罪の対価を贖ってくれて、犠牲の血ゆえ、それを信じるものは罪許されるものとなる、「テッタラスタイ」=「すべてが完了した」との歴史的史実が重要だと私は考えますが。

いちおさん、一応
参照情報を載せておきます。

http://wpedia.mobile.goo.ne.jp/wiki/261237/%E1%F7/6/?guid=ON&vl_sesid=22358_372601


カルバリの発掘現場から発見された十字架の縦の木スティペスを差し込む穴の縦横のsizeが、31.5センチ×35センチだったことからも十字架の縦木スティペスの太さは少なくとも30センチ×30センチ四方はあったと思われます。横木だけでもかなりな重量です。

リチャード茶釜さん、こちらでは初めてですね。
紹介していただいた記事、大変参考になりました。
いつもフォローありがとうございます。

どういたしまして〜突然お邪魔いたしまして、失礼いたしました。

他に♪次のような参照情報もあります。

http://www.allaboutjesuschrist.org/Japanese/common/printable-crucifixion.htm

http://yomi.mobi/wgate/%E8%8B%A6%E3%81%97%E3%81%BF%E3%81%AE%E6%9D%AD/


解答ありがとうございます。聖書についてまだ初心者ですが、勉強していきたいと思います。ありがとうございましたm(_ _)m

いえいえ、至らずに申し訳ありません。
フォローしてくださる方もいますので、こちらこそよろしくお願いいたします。

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

ローマ兵によって
痛めつけられた背中。
むちの後。
痛んだ傷口。したたり流れる血。
あざけりとののしり。
嘲笑と冒涜。つばを吐きかける憎しみ。
その痛んだ傷口に背負う十字架。
ひと足ひと足、前に行くごとにのしかかる重圧。
その背に乗せた罪の膨大な山々。
主の背に重く高くのしかかる。
自らが支払わなければならない人類の債務証書。
肉体とともに十字架に磔にされた。
十字架に打ち付けられた。
主の叫び。
主の痛み。
主の苦悩。
その全てに神の愛が集約されている。
犠牲は命を生み、
死は他を生かす。
全ての苦しみの杯が飲み干された時、
罪の贖いの道が完了した。
ここに神の愛が極まる。
主の復活。
永遠の命と希望。
終わることのない神の国。
神の救いは人類に差し出された。
この救いが地の果て果てまで届きますように。

神はそのひとり子を世に遣わし、
その方によって私たちに、
いのちを得させてくださいました。
ここに、神の愛が私たちに示されたのです。(ヨハネⅠ 4・10)

enjeruさん、いつも投稿ありがとうございます。

明日はイースターですね。
金曜日がぺサハで今年は見事に?一致してますね。
ちょうど今ヨハネ伝を読んでいたところで、昨日16章から一気に読み終えました。

なんとも言えず、グッドタイミングでした。

鈴木師も自らの掲示板で、十字架の意味を説き続けています。

そして今回はエンジェル女史が
十字架の偉大さについて話して下さいました。

多忙のあまり、なかなか聖句・聖書を開けないガリラヤには
ありがたい恵みの御言葉です。

イエス様のご復活の日曜日、イースターおめでとうございます。

数日前の強い風とはうって変わった穏やかな日曜ですね。
この国で、12月のクリスマスだけでなく、この日曜日も、もっと知られ、祝われるようになれば良いですね。本当に、そう願います。

ガリラヤさん、てぃしゅりさん、いつも暖かいコメントありがとうございます。

私に書けないことを、いつもenjeruさんがフォローしてくれてます<(_ _)>
まさしく御使い=援軍です。

ところで、てぃしゅりさん、ご自分ではキリスト者ではないと仰っておられますが、私の目から見ると、キリスト者以上に「らしい」方に見えますよ。

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