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2012年2月24日 (金)

Sound of Silent War in Japan

「戦争の噂」も大事ですが、たまには国内に目を向けてみましょうか。

ここ最近、三件続けて餓死者のニュースが飛び込んで来ました。何とも言葉が見つかりません・・・
この国は一体どうなっているのだろうか?ただ単に爆弾、ミサイル、銃弾が飛び交ってないだけで、戦時体制なのではないか?と常日頃感じていたところ、イーグルヒットというブログに以下のようなコラムが。抜粋引用します。

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マスコミ等ではまだあまり報じられていないが、企業での「正社員」の職を捨てる現役世代が秘かに増え始めている様子だ。

「もう貧乏を覚悟した。年収が半分に減ってもいい。民間企業の生活からオサラバしたい。そういう層は昔から一定数は存在していたのですが、ここに来てそれが顕在化され始めた」とは、人間行動学に詳しいある企業経営者の弁。

これは、サラリーマン自身が日本企業を見限り始めたということか?

戦争に疲れた若者が、人間としての自由な生き方を志向し、伝統的な社会や制度を否定したように、会社の人間関係や人事制度などのしばりから解放されたいという。

「そういう意味では近年の日本は間違いなくビジネス戦争の渦中にあったということです。そして今もそれは続いている」

―― 戦時中であると。そう考えれば400万、500万人ともいわれるうつ病患者の大量発生、207万人を超える生活保護受給者、アパートでの餓死志望者の増加・・・などは、戦争の被害者であると。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

見事に代弁してくれています。
かく言う私も経済戦争での負傷者の一人であり、身に覚えがあるゆえなおさら実感します --; 
目に見えない「サイレント=ウォー」、「静かなる無音兵器=マネー」の存在をイヤでも無視するわけにはいきません。現世では手かせ足かせ嵌められて生きていくしか術がない。

しかし、ある人は言います・・・だったら、この物質世界から離れて田舎で自給自足の生活をすればいいではないかと。福島は言うに及ばず、勇気を出して東京みたいな大地震のリスクがあり、放射能に汚染されている地域から離れなさいと(個人的にはマイクロ・ホット・スポットがあるとは言え、天皇家が皇居にいるうちは大丈夫だと思ってますが)。
確かに一理ある。しかしこのようなことが可能なのは経済的に裕福な人だけでしょう。あくまで自分を基準にしか物事が見えないからこのような無責任な言動になる。特に日本独特の文化、国土、国民性を考慮しつつも、大多数の人は「したくたってできない」と言うのが冷徹な現状です。出来る人はやったらいい。私だって可能ならば毎日、嵐山の渡月橋を散歩しながら生活したいくらいです --;

疎開先でどうやって食っていくのか?誰が生活を保障してくれるというのか?物件を買うといったって100万やそこいらで手に入れられない。今の世の中、現実そんなに甘くない。
カネが尽きれば逃げ帰ってくるだけ。逃げたくたって逃げる先などないのだ、与えられた環境で生きていくしかないのだと。世の中、見栄や世間体だけ、物質的価値観、いい家に住み、高級車乗り回し(フェラーリのオーナーにだけは一生に一度でいいからなってみたいと思いますが(笑))、愛人を囲い、贅沢三昧の現世至上主義的価値観に洗脳されている人ばかりではありません。弱き羊ゆえに出来ない人だっているのです。

ましてや日本人たるや、サバイバル能力に関しては低いはずです、このような物質文明に慣れてしまっているゆえすこぶる脆い。震災時、わずか48時間停電生活を余儀なくされただけで気が狂いそうになりました(涙;)

私はキリストを信じるものでこの世がすべてではない、「キリストを信じる者は死んでも生きるのだ」、永遠をどこで過ごすのかが大事なのだという価値観を持ってますけど、このあたりは常識の範疇内で生きており現実主義者。
森永卓郎氏が言うように、「放射能で死ぬのは間違いないが、今の世の中、貧困でも人は死ぬんです」という考えです。タイムラグで癌を発症する前に野垂れ死にしてしまう。賭けに失敗し、わざわざ死に急ぐこともないでしょう。下手すりゃ黙ってたって、世界中のどこにいたって、今年中に肉の命を落とす事だってあり得ます。世が終末なのは間違いないのですから。

時があるのだから、その時まで何らかの理由があるならば、主は生かしてくださる。

そこで私は「なぜ生まれてきたのだろう、何のために生きているのか」と自問する時がある。死んだらどこへ行くのかという疑問はとうの昔に解決済みですが、この命題に対してはお恥ずかしながら、情けない話、まだ確固たる答えが見つからないでいます・・・

この物質世界は戦場なんですね。戦後の日本が古今東西、歴史上まれに見る、平和な社会主義的資本主義が成功した数少ないモデルであっただけでしょう、それも今や過去の話、人間のやること、永遠なる成功という言葉はない。

生きていくということは本来であれば、大変リスキーなことなんだと思う。日本人は「平和だ、安全だ」が当たり前の世界に生きてきたから気づかなかっただけなんでしょう。

いくら「自分のことは放っておいてくれ、私はキリストだけを拝し、静かに過ごしたいだけなのだ」と言ったところで、この世の君=空中の権を持つ者であるサタンとその下僕であるNWOグローバリストは、たとえそれがどんなに小さな存在であっても見過ごしてはくれません。一人でも多く、地獄へ道連れ、滅びへ向かわせようと牙をむいてきます・・・
神を憎み、御子であるイエスを憎み、人間を憎みます・・・いつの世も、たとえ平和に思えても、「霊的な戦場」なんですね。

わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。しかし、肉体において生きていることが、わたしにとっては実り多い働きになるのだとすれば、どちらを選んだらよいか、わたしにはわからない。
わたしは、これら二つのものの間に板ばさみになっている。わたしの願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかに望ましい。

ピリピ 1:21~23

私などパウロ先生に比べたら、無駄飯食いの役立たず、道端の落ち葉、虫けらレベルのクズ野郎ですが、最近、この聖句が少しもわかるようになりました。

でもここまで生かされたのだから・・・エゼキエル書38章の成就を見てからでないと死んでも死に切れない・・・などと思ったりもして --;?
その時こそ、このブログが終わる時なのかもしれない・・・などとこれまた思ったりもして ^^;?

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コメント

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

人の前には、
2つの門が開かれている。
すなわち、広き門と狭き門。

狭い門からはいりなさい。
滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。
そして、そこからはいっていく者が多いのです。
いのちに至る門は小さく、その道は狭く、
それを見いだす者はまれです。(マタイ7・13-14)

広き門
この世の快楽、栄華、栄誉、権力。
滅びの門。その道は広く、見た目に麗しい。
その最後は、火と硫黄の池、地獄の炎へと繋がっている。

いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。
                         (黙示20・15)
狭き門
小さな門の入り口に十字架が立っている。
そこを通って歩む道は狭い。

わたしは門です。
だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。(ヨハネ10・9)
門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。(ヨハネ10.・3)

所々で、試練、苦悩、悲しみ、涙が待ち受けている。
試練の中、良き牧者がいる。
その名はイエス。慰め主、助け主、救い主。

正しい者の救いは、主から来る。
苦難のときの彼らのとりでは主である。
主は彼らを助け、彼らを解き放たれる。
主は、悪者どもから彼らを解き放ち、
彼らを救われる。
彼らが主に身を避けるからだ。(詩篇37・39-40)

狭き門の最後は、永遠の命、天国へと繋がっている。

わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。
彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から
彼らを奪い去るようなことはありません。(ヨハネ10・28)

私たちの国籍は天にあります。(ピリピ3・20)

広き門と狭き門。
あなたの前に差し出されている。

主は言われる。
狭い門からはいりなさい。(マタイ7・13)

あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから
「これが道だ。これに歩め。」
という言葉を聞く。(イザヤ30・21)

enjeruさん、いつも投稿ありがとうございます。

狭き門・・・見出すのは口で言うほど簡単じゃないと感じます。
また、巧妙に造られた似て非なるものまである次第・・・

まさしく自力では不可能、聖霊の助けを借り、主のみ見上げて、真贋見分ける眼を授けてもらわねばですね。

ザアカイさん、みなさま、こんばんは☆
ほんとに世の中を見るとつらいことだらけですね
主イエスさまが再び来られるまでもつのかな…
信仰を持って耐え忍ぶほかないですね
天国で、先に亡くなったクリスチャンの方々や小羊村の皆さまに会えるのが楽しみです^ ^

さっきのコメントはゆうでした。ごめんなさい(> <)

ゆうさん、こんばんは・・・と言っても夜中の2時半です --;
なんか夜の8時ごろ閃いて、風呂入って、夕飯食べて、途中10時からフジテレビの「最後から二番目の恋」見て^^;・・・
遺書のごとく、何かに取りつかれたように4部作を書いていたらこの時間になってしまいました。

>主イエスさまが再び来られるまでもつのかな…
信仰を持って耐え忍ぶほかないですね

ええ、それしかなさそうですね。でもゆうさんは最後まで主が守ってくれそうな気がします。だって、私みたいなヘンテコリンなヘンクリ(ヘンなクリスチャン)の相手してくれるんだから(笑)
女性クリスチャンはこうあるべきという手本みたいですもん(^_^)v

御国ではジュリちゃんといっしょに賛美リーダーやってもらいますからよろしくです。

それではおやすみなさい、そろそろ寝るとします。

ザアカイさん!そんなに良く言っていただいてありがとうございます
でもぜんぜん、そんなじゃないです
ザアカイさんのご両親のしつけが厳しかったことを小羊村で読ませていただきました
うちも、子供時代は、明治どころか戦国時代並?みたいに厳しかったです
ゆうは、鍛えられすぎて、かえって、ぽーっとした人に育ってしまいました
ザアカイさんは男の人だったから、しっかりした、反骨精神を持った人になられたのでしょうね…

あら~、戦国時代並ですか --;
私としては自分がそうだったせいか、何でも気軽に話せる家庭を理想として子育てしたつもりで、甘やかしたつもりはありませんが --;?

結果として、子育てには失敗(涙;)
さじ加減が難しいですね。

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