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2011年5月 7日 (土)

2011年1月~4月期の総括

今年もはや、1/3が過ぎ去りました。内容盛り沢山、あまりにも激動の4ヶ月でした。もちろん悪い意味で。

大きく見て

1月より現在も進行中~北アフリカ、中東革命

3月~2011/3/11 東日本大震災~巨大地震、巨大津波

そして、福島原発事故

浜岡原発が停止されるようです。
これはこれで正解でしょうが、即、日本全国の原発全面廃炉は無理でしょう。理想と現実はそううまくはいきません。
そもそも、狭い国土の上、地震多発列島・・・国策としての原発推進がボタンの掛け違えだったのだが、今さらゼロからの出発というわけにも行かない。経済的にも恐慌状態で弱りきってます。

東電という伏魔殿に巣食う、大手町、永田町、霞ヶ関の原発利権に絡んだ電力マフィア。電気を質にとって国民を脅迫することまで平気でやる暴力団連中です。

代替エネルギーを確保するまでは、即廃炉とは行かないのが冷徹なる現実ではないかなと考えます。私も今回48時間停電、二週間断水を経験しましたが、こんな状態が数ヶ月続いたら、一般市民はまいってしまいます。一度文明の恩恵に浴したら、元へは戻れないというのが人間です。アフリカ、南米奥地、東南アジアの人たちに比べ、日本人のサバイバル能力が低いのは当然。悪魔の陣営は、そのあたりはとことんまで我々の弱点を知り尽くしている --;

廃炉の副作用をなくすべく、つなぎまでの耐震強度、防波堤の確保。税収、雇用、電力の確保を早急に急がねばならないでしょう。それが「政治」の課題なのですが今の政府、現状では・・・期待する方がバカというものでしょう(涙;)
これが人間がやることの限界ですね・・・核を人間の力でコントロールできると考えた人間の傲慢、驕り高ぶりの結果でしょう。人類は来るべき地点まで来てしまったかのようです。先に見えるのは断崖絶壁です。

4月4/7,4/11の巨大余震?攻撃

アメリカ南部におけるトルネード・ハザード

ここでも原発が危機一髪でした。

5月の頭~にずれ込みましたが、米軍特殊部隊による「ビン・ラディン暗殺」の国家あげての狂言プロジェクト --;

このような少なくとも平時ではない、準戦時体制において
「キリストにある知恵と勇気」を私は切に祈り求めていますが、私ごとき木っ端では、なかなかこうもいきません。

これらのことから、せいぜい思い浮かんだキーワードですが

戦争、核、原発、テロ、天変地異

でしょうかね。

このような暗いことばかり書いていると嫌になってくるのですが、書かないわけにはいかない。これらをベースにして、今年後半起こる可能性が高い事柄。あくまで可能性、当てにならない予測ですので悪しからず。

中東大動乱~ゴグ・マゴグの乱~エゼキエル書38章が現実に見えてきてます。

世界大恐慌本番突入

小型核を使ったテロ

原発を狙ったテロ ~少し解説を加えるならば、今回の福島原発事故において、いかに人間が「核と放射能」に恐怖するかが証明されたわけで、イスラムテロリストの仕業にして、自作自演の原発テロを狙う可能性は十分あり得ます・・・ないに越したことはありませんが。ビンラディン暗殺のリークの狙いの目的の一つとして、それがあるのではないのか?とどうしても勘ぐってしまう。

やはり黙示録の「第七の封印」第一から第四のラッパまでは、「核」が関係しそうです。原則、天災というより、やはり人災となるような気がします。今さらながらですが、人類は核に手を出すべきじゃなかったのです。

そこで、七つのラッパを持っている七人の御使が、それを吹く用意をした。

第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった雹と火とがあらわれて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。

第二の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして、海の三分の一は血となり、 海の中の造られた生き物の三分の一は死に、舟の三分の一がこわされてしまった。

第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。
この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ。

第四の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一とが打たれて、これらのものの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は明るくなくなり、夜も同じようになった。

黙示 8:6~12

しかし、大いなる希望もまたあります。

神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。
このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、われらは恐れない。〔セラ

一つの川がある。その流れは神の都を喜ばせ、いと高き者の聖なるすまいを喜ばせる。
神がその中におられるので、都はゆるがない。神は朝はやく、これを助けられる。
もろもろの民は騒ぎたち、もろもろの国は揺れ動く、神がその声を出されると地は溶ける。
万軍の主はわれらと共におられる、ヤコブの神はわれらの避け所である。〔セラ

来て、主のみわざを見よ、主は驚くべきことを地に行われた。
主は地のはてまでも戦いをやめさせ、弓を折り、やりを断ち、戦車を火で焼かれる。
「静まって、わたしこそ神であることを知れ。わたしはもろもろの国民のうちにあがめられ、全地にあがめられる」。
万軍の主はわれらと共におられる、ヤコブの神はわれらの避け所である。〔セラ

詩篇 46篇

と、ここで第一部終了。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

続いて、首都圏在住の方々を対象から除いた?レポートへ。
特に大阪圏在住で、何もわざわざ東京まで足を運ぶ必要のない、関西の都会暮らしの人向け?です(笑)
大阪との現状の違いが鮮明かと。

夜の首都高を走ったのですが、とにかく暗い!!およそ東京の夜とは思えません。東京タワー、六本木ヒルズ、森ビルはライトアップなしで真っ暗!暗い影だけが頼り --;
派手な電光広告看板、ネオンもついてないし、渋谷駅の近くに来たって、暗くて東急東横店がわかりづらい --;
街路灯は間引きで暗いし、あれはいくらなんでも危ない --;ゴールデンウイークで都内の道路はス~イスイですが
あれだけカーブが多く、交通量の多い首都高を70~80キロで飛ばすのだから、明かりが命綱みたいなものです。テレテレ走っていたらぶつけられますから。

節電もやり過ぎると経済的に悪影響ですね、東京があれでは気持ちまで暗くなり、誰も消費などしませんよ。

なお余談ですが、首都高ドライブに、RVのミニバンは不向き。車体の低いスポーツタイプの車がグッド!
一つ前に乗っていた四駆のSUVではかなり減速しないと、カーブが怖いしきつい --;
父親のプリウスを借りて走った時もいまいち --; 、納得いかん・・・
今はスポーツタイプのセダンベースのステーション・ワゴンなので、ハンドリングがシャープで、多少スピード出してカーブに突っ込んでもハンドリング・レスポンス、タイヤのグリップなど申し分ありません。
若い頃、プレリュードで夜中の首都高を3周したことありますが^^;、いや~、あの感覚が戻ったような!おもしれ~!!
車好きの気だけ若い中年オヤジには、やはりミニバンのRVより、ライトウェイトのスポーツタイプの車がいい!う~ん?やはり・・・離婚を覚悟してセリカを買うべきだったか --;
家内の猛烈な反対にあい、あえなく断念(涙;)・・・

「いい歳こいて何がツードアのクーペよ!実用性が低いからダメ!前から頭おかしいのはわかってたけど、いよいよ焼きが回ったわね!!私は嫌よ、ふだん乗るの私なんだから。私まで頭のイカレたおばさんだと思われるじゃない!その時は離婚よ、離婚!!」というエピソードが(ToT)

Photo

確かに50近くでこの車は違和感があるか?今は生産中止車種です。でもこの手のツードアクーペのファンは、我々中年のオヤジ世代なのだが?若い頃のノスタルジックで--;・・・無念!!

と話がそれました。
久々に新宿へと。何年振りでしょうか?ルートは

首都高4号線経由で新宿ランプで降りて→西口センタービルの地下駐車場(二時間で1200円ふんだくられた。とにかく高い(ToT))→京王モール→新宿駅南口→ミロード・モザイク通り→小田急地下街→丸の内線乗り場地下道→アルタで地上へ→新宿三丁目伊勢丹前→靖国通りへ→歌舞伎町→サブナード地下街→センタービル53階へ

新宿から→水道道路→幡ヶ谷→環七→甲州街道→環八→瀬田交差点・東名東京→東名横浜町田→R16を八王子方面へ→帰路再び東名高速から首都高・・・→

と、若かりし頃、渋谷と並び新宿のよく彷徨っていたあたりと、よく使ったドライブルートです。

それにしても、東京で写メるにはテクニックを要します。元?シティーボーイ(笑)、田舎者だと思われたくないので、携帯をやっているフリをして、隙を見てパシャっとな(笑)
西口はゴールデンウイークということもありほとんど人はいませんが、さすがに東口方面となると --;

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前に見えるは小田急デパートと京王百貨店。さすがに西口は閑散としています。

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ご存知東京というか、日本の「ソドムとゴモラ」新宿歌舞伎町。このあたりはまだ健全なエリアで、私はもっぱら映画館、ゲーセン、バイト先のコックさんらと行ったこの写メった地点にあるビルの8F、「ポップコーン」というディスコくらいにしか行きませんでした。今はさすがにポップコーン・・・なかった --; ビリヤードバーになってました。プールバーが25年ほど前に流行りましたが、今時ビリヤードって・・・流行ってるんだろうか?

行く途中、久しぶりだったので歌舞伎町一番街入り口から三丁目方面(へ行くホド、ソドムとゴモラ色が強くなる)へ三つ目の道を間違って曲がってしまい、ポン引きのおっさん3人に声をかけられた --;
午前の10時頃だというのに「お兄さん、いい娘いるよ~!マッサージどう?」などと^^;・・・昼間からアホか!

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旧新宿コマ劇場前より。このあたりの映画館でもよく映画見ました。懐かしい!

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新宿センタービル。私はよくこのビル出入りしていた為なじみがあり、新宿における拠点はこのビル^^;
それにしてもあの地震の時・・・揺れただろうな・・・

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地上210mセンタービル53階から。右奥が神宮の森です。左上の方に国立競技場が・・・見づらいですね<(_ _)>
「巨大地震だけは来ないでくれよ~!」と(笑)
久々に53階まで高速エレベーター使うと耳が気圧で痛い --;

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甲州街道の一本北を走る水道道路。渋谷区幡ヶ谷3丁目付近。学生時代、ワタクシこの町に住んでました、懐かしい・・・

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環八(環状8号線)瀬田交差点。東名高速東京インター入口、この先を右折すると東名高速下り、横浜方面へ。さすがに運転中は信号待ちじゃないと危なくて写メれない --;

おカネさえそこそこ稼げて、自由に使えれば、東京は面白いところであるには違いありませんね。大阪と違い(残念ながら大阪環状線と阪急京都線しか乗りこなせない(^^ゞ)地下鉄も道路も自由に乗りこなせますので。
京王線改札近くの立ち食いカレー「C&C」、都営新宿、京王新線改札前の喫茶店「亜麻亜亭」・・・学生時代よく世話になりました。26年経った今でも!!まだ潰れずやっていた!!これまた懐かしい!ただ残念なのはだいぶ前ですが、小田急線改札前のイタリアンハウス「レナウンミラノ=アルフィオ」が消えている・・・ここのパスタ大好きだっただけに・・・

いつまでこの大都会=首都東京が存続するのか・・・あとどれくらいなのか・・・私にわかろうはずもない・・・

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黙示録、聖書預言」カテゴリの記事

コメント

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

主の荷われた十字架

一人一人の罪の刑罰は、永遠に裁かれるほど
重く、深く、膨大なもの。

ひとりひとりの一生の間に犯す罪の大きな醜い山のような塊。

その罪の重圧を一身に引き受け、
神の子でない限り背負うことの出来ない罪の刑罰。

その日、罪は神の子に釘と槍を突き刺した。
釘と槍。神の子の肉を引き裂き、
初めて、この地上に神の子の血が流された。

犠牲の血、聖めの血、罪の浄化の血。

悪魔が勝利を確信した日、
神の子は、血を流すことにより勝利した。

その日、地球の一点、ゴルゴダの丘、十字架の地が輝いた。
空は暗く、闇に包まれたけれど・・・。

十字架は、幾世紀も人間を照らす灯台となって
信じる人々を罪から解放し、永遠の命に至る道標となって輝いている。
そして今も・・・。

主イエス・神の子、ハレルヤ!
世々限りなく御子イエスに栄光と誉れがありますように。

キリストは人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、
死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。(ピリピ2・8)

神は、私たちを暗闇の圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移して
くださいました。
この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。
                         (コロサイ1・13-14)

enjeruさん、毎度さんです<(_ _)>
いつも思うのですが、詩人ですね。

そうそう、先ほどいつも読むHPメッセージで、
「黙示録の時代とはもう元へは戻れない」ということだとする見解が。これには私も納得でした。

そしてやはりキーワードが、「核と放射能」でした・・・重度に汚染されたら回復、復興不可ということですね。
益々主を見上げて歩まねばなりませんね。

かっこいい車ですね

>50近くでこの車は違和感があるか?
いいではないですか!!

nさん、こんばんは。

実は・・・息子が18になったので・・・うまくたぶらかして密かに買わせようかという奸計を画策してます(笑)

体調をくずし10日ほど寝込んでいました。
昨日仰天の記事をみました。
黙示録の獣666は誰かということです。
なんとダイアナ妃の息子ウイリアム王子だというのです。
これは結構おもしろい説です。


さてはてメモ帳
デンバーの壁画で識別された反キリスト
http://satehate.exblog.jp/16297474/

漁師さん、こんにちは。
まだ本調子ではないでしょうから、お体ご自愛ください。

ご紹介いただいたサイト見てきました。
フリッツ=スプリングマイヤー氏によると、英王室はイルミナティトップ13血流のうち、第13番目の「聖なるダビデの血流」だということのようです。

同じようなこと考える人っているもんですね・・・
私もおそらくは世界の中心、イギリスからかも?などと思って、イギリス王室、ロスチャイルド家、イギリス首相あたりからだったりして?
などと考えたものです。

英聖公会とカトリックとの関係も近いものがありますしね。ローマ教皇が第二の獣候補としても有力かな?などとも。

でもウィリアム王子、若い頃と比べてあまりいい男じゃなくなっちゃいましたね。キャメロンやクレッグあたりのほうがいい男ですし、ルックス面でちょっとマイナスかな?などと。(笑)


世界統一宗教(エキュメニズム)の危険性と反キリストの登場

http://zaakai.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_6924.html

2006年9月11日
ブログ始めた頃書いた記事です。

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

>来て、主のみわざを見よ、主は驚くべきことを地に行われた。

神の御子がご降誕された時、
多くの天の軍勢、神の御使いたち、野宿の番をしていた羊飼いたち、
東方の博士たちが、
その誕生を大きな喜びの中で賛美した。
神の威光がほめたたえられた。

父なる神は言う。
「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」(マタイ3・17)

主イエスが、この地上で歩まれた現実の見える世界でのお姿。
  
彼には、私たちが見とれるような姿もなく、
  輝きもなく、
  私たちが慕うような見ばえもない。
  彼はさげすまされ、人々からのけ者にされ、
  悲しみの人で病を知っていた。
  人が顔をそむけるほどさげすまれ・・・(イザヤ53・2-3)

この世での主イエスのお姿は、王の王、主の主・・・近づくことも出来ない
光の中のお姿とは、全く違っていた。
けれど・・・すべて罪ある地上の暗き人間の間で、彼だけは
父なる神と全く一つ、罪なきただ一つの存在、光の存在として
輝いていた。
人の目に映る姿とは違って・・・。
彼の存在する所だけは、真実の父なる神との交わりがあり、
天国と地上が繋がれていた。

キリスト者が試練の中、打ちのめされ、砕かれる時、
悲しみ、悩み、苦痛の中に置かれる時、
主イエスと同じように見とれる姿も輝きも見ばえもないかもしれない。
しかしその叫び、涙は天と地の見えない糸で繋がれていて、
神の耳に届いて神の目には光っている。

天国と地上。主イエスのゆえに今も信じるひとりひとりと見えない糸で繋がれていることを心から感謝します。

ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。
私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。
この方は恵みとまことに満ちておられた。(ヨハネ1・14)

enjeruさん、いつもありがとうございます。

今聖書購読、ヨハネ伝に入ってます。面白いもので、読むたびに新たな発見がありますね。

ちょうど夕べ、8章途中まで行ったところで力尽きていつの間にかそこのページを開いたまま寝てました^^;
布団に入ったまま読むと、ろくなことないですね --;
最も場合によっては、座椅子に寄りかかったまま寝てしまうことも(笑)

夜明けに携帯の緊急警戒地震速報で目が覚めました --;
結果は二つとも不発弾、一発目は多少揺れましたが --;
時間が時間だけに、当たらないならやめて欲しいですね・・・
う~ん?自分でも気づかないうちに疲れてるんでしょうか?

いつも思うのですが、もし自分もあの時代に生まれていたら・・・
果たして見抜くことが出来たのだろうか?と・・・

でも今度来る時は、誰の目にも明らか。王の王としてくるわけですからね。
そしてやはり、再臨は絶対になくてはならないし、譲れませんね。
そうでないと、本当の意味での「正義」・・・示しがつきませんから。

ブルガリアでの出来事なんですけど、エホバの証人が謎の暴徒に襲撃されたようです。これって、終りの日にキリストの弟子は迫害されるって言う聖句が当てはまるんでしょうか?普通のキリスト教でもこんなことってあるんですか?http://www.youtube.com/watch?v=sy9lQjwwbEM

エホバの証人がキリストの弟子かどうかは疑問ですが、暴行はよくありませんね。

日本においては今はまだないようですね。勝手に内輪もめやってるようです --;

キリストの弟子が実によって見分けられると読んだことがあります
三位一体が間違いで旧約のyhwhがキリストでないとしたらキリスト教はほとんど全滅するのではありませんか? 十字架にしたってバビロンの遺跡に刻まれてますよエゼキエルのタンムズに関する記述はご存知だと思います 超教派の立場から失礼しましたhappy01

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。
光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。

ヨハネ 1:1~5

文法的なお話なんですが・・(*_*)
>>言は(神)と共にあった
の(神)(ギリシャ語’テオス’)は定冠詞が無く、
>>言は<神>であった。
の<神>(ギリシャ語’テオス’)には冠詞がついていません。\(◎o◎)/
このおふた方は別であるということです。
もし疑問であれば原文を調べてください。
著者のヨハネが意図していたであろう記述ですが、プラトンの哲学の影響もあり、使徒教父の時代には既に三位一体という思想が完成しつつありました。パウロもこう書いています 「不法の秘密はすでに働いています。」古来より、エジプト、バラモン、ヒンドゥー、仏教など類似した思想は散見しています。これらの異教の源は言わずとし知れているのではないでしょうか?一度、伝統宗教の盲信を捨てて、考古学的観点からのキリスト教観を持つようにオススメします(・_・)

失礼・・訂正
>>言は(神)と共にあった
の(神)(ギリシャ語’テオス’)は定冠詞が無く、・・

New→定冠詞の変化形がついており・・

>><神>(ギリシャ語’テオス’)には冠詞がついていません。\(◎o◎)/
>>もし疑問であれば原文を調べてください。

New→言は神であった。のように動詞が先行する場合は定冠詞はつきません。
ただ、聖書全巻を見て訳者が判断した場合、不定冠詞が挿入されてきました。


偉そうに失礼しますた
(m´・ω・`)m

で、言いたいことはと言えば、
イエスキリストは力ある神(סגיב אלוהים)であって、全能の神(אלוהים אדירים)では無いということです。ここらへんがキリスト教会では曖昧にされてる気がします

ザアカイさん

東京は本当に震災のあと、だいぶ おとなしく?
なってしまったのですね。
しかし安全面を考えると街路の電気は必要ですね。。

車。スポーツカーですか。。VWのケーファー(ビートル)なんかもかわいいですよね^^
ファミリー向けではないですが。。
ちょっとオールドタイマーなのも私はすきです。


ラッルルさん  はじめまして。

十字架について まず、論点が若干はずれているので補足しますね。
ガラテア6:14
しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。
この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。

主の十字架は わたしたちが罪(神からの断絶)から救ってくださり あがなってくださったという大切な象徴であることには変わりません。
基本的にキリスト者にとってキリストの十字架を誇りにするとは、神の子羊の血による あがないと救いを信じることであって十字架自体を崇拝するという意味ではありません。 

偶像礼拝はたしかに問題ですが。。本来注目すべき焦点は神の子羊による救いであって、十字架か杭を論じるのはさほど重用ではありません。。 
主を救い主と認めないことのほうが、主がかかられたのが十字架であると たとえ誤って理解して象徴とみなす事よりもはるかに重大な問題です。

コロサイ人へ手紙1章27節
神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。

人間は、他人や組織を改革や批判によって完全な形に変える事はできません。
主を自分のうちに受け入れて、御霊によって変えていただく事しかできません。  
キリスト教会のあらゆる問題(偶像などの問題、クリスマスがキリストの誕生日でない事)は、既に多くの牧師さんもキリスト者も知っています。 しかしある種の教会のように土曜礼拝をしたり、クリスマスを祝わないから
義とみとめられるのではなくて、主の恵みによって信じる事で義とされる事をわすれてはいけません。 

ローマ 12章2節
いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、
完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。
          
教会を改革したり論破する以前に自分自身を一新できないと、どうにもなりません。。
意見を言うのはかまいませんが、根本的に ほんとうに正しい方向に変えられるのは人でなく、主の
御霊の助けによります。 ひとは外でなく、主によって内からしか変えられないものですよ。

サマちゃん、毎度さんです。
ええ、日本の「ソドムとゴモラ」もこれで悔い改める・・・わけないわね --;
新宿のサブナード地下街なんかも、間引き照明までやってて、暗かったですよ~

VWのビートルは、セカンドカーとして乗るにはいいんでないの?確かにあれ、かわいくなりましたよね。
基本、ワタクシ、車はスポーツタイプの2ドアクーペか、4駆のSUVが好きでして(^^ゞ
ま、先立つものは何たらかんたら~で、今は中途半端な車を転がしてますが(涙;)

それはそうとフォローありがとうございました。
ま、どんなに学識ある人間でも、霊眼が伴わないとなかなか受け入れるのは難しいですからね。
「もはやこれまで」と思ったので、スルーしちゃいました。

ラッルルさん、または匿名さんへ

あなたが盲信しておられますエホバの証人の新世界訳聖書のヨハネの1:1の解釈はまったくのデタラメですよ!

詳しい内容は次で調べて下さい。

http://www.geocities.jp/abdlesa/updatetext.html

http://www.jca.apc.org/~resqjw/verse/john.htm

イエスことばは神です!

お!アンちゃん。こちらのカキコは久しぶりでないの。

ほほ~・・・アンちゃんはそう来ましたか。
う~ん?ここまで来ると性格的に、私も黙ってられなくなりました。今ひとつ確信が持てなかったのでフライングを防ぐべく、らしくなく控え目にしてましたがね(笑)

ただ本能的なカンといいましょうか?まわりくどい牽制球投げてきて、様子を伺ってきた姑息なやり方。まともなクリスチャンでないのは確か。どうも霊的に嫌悪感を感じたのは事実でした。よって私も余計なことは書かず、クイックモーションで牽制球を投げ返しましたが。

私も「ものみの搭」の信者?でもエホ証はネット閲覧を禁じられてるはずだし --;?
ここが引っかかってたんですよ。
でも書き込み内容からすると、どうしてもエホ証のにおいがする・・・あの切り返し、訓練されてる・・・ある程度のポジションにいれば、エホ証でもネット閲覧は許されているのかもしれない・・・もしくはバイブル=カルト系か?おそらくどちらかだろう、などと勘ぐってました。

面白いことってあるもんですね。サマちゃんの書き込みに続き、アンちゃんの登場。
たった今ピン!と来て、おそらくアンちゃんの推測通りだろうと思います・・・おかしなHNが気になってましたが、ラッルル→ラッセル・・・

そう、あのカルトの教祖、フリッツによると、イルミナティ13血流の家系ラッセル家、チャールズ=ティズ=ラッセルをもじっている可能性大ですね。

嘘と真実をうまくミックスし、へ理屈こねて、何が何でも主イエスをキリストであると認めたくないようで --;

そうそう、すでに知っているかもしれませんが、ものみの搭のその本当の崇拝対象が「サタン」であるという決定的証拠を掲示板に貼り付けておきます。
私もウラを取るため、うちに来るエホ証さんに、2010年の7月号のバックナンバー、持ってくるよう頼んであります(笑)

>>偶像礼拝はたしかに問題ですが。。本来注目すべき焦点は神の子羊による救いであって、十字架か杭を論じるのはさほど重用ではありません。。 

「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」

キリストは本当に十字架にかけられたのでしょうか?崇拝にしろ象徴しろ「真理」でないとしたならば、神を真の意味で崇拝することができないのではありませんか?

同じようなことが聖書に書かれています

「あなたがたは、自分たちの言い伝えを守るために、よくも神の戒めをないがしろにしたものです。モーセは、

『あなたの父と母を敬え。』また『父や母をののしる者は、死刑に処せられる。』

と言っています。それなのに、あなたがたは、もし人が父や母に向かって、私からあなたのために上げられる物は、コルバン(すなわち、ささげ物)になりました、と言えば、その人には、父や母のために、もはや何もさせないようにしています。こうしてあなたがたは、自分たちが受け継いだ言い伝えによって、神のことばを空文にしています。そして、これと同じようなことを、たくさんしているのです。」

一世紀のパリサイ人と同じように、プロテスタントもパウロの信仰義認に関する聖句を引用して、実際には背教に端を発している習慣や慣習(自分たちが受け継いだ言い伝え)を守り続けています。

>>キリスト教会のあらゆる問題(偶像などの問題、クリスマスがキリストの誕生日でない事)は、既に多くの牧師さんもキリスト者も知っています

すでに知っていながら行い続けるのはいったいどういうことでしょうか?

「律法に通じたあなた方は災いです!あなた方は知識のかぎを取り去ったからです。あなた方自身が入らず、また、入ろうとする者たちおも妨げたのです」
そういった知識を持っていながら、見捨てられた子羊たちに誤ったことを教えるなら、主イエスはあなた方のことを叱責されるのではないでしょうか?
http://www.google.co.jp/search?um=1&hl=ja&client=opera&rls=ja&channel=suggest&biw=1440&bih=788&tbm=isch&sa=1&q=%E7%A5%9E+%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%88&aq=f&aqi=&aql=&oq=
エジプトの神々の十字架

>>イエスことばは神です!

確かにイエスは神です。しかし文法的に異なります。

>>言は神と共にあった。
の神はθεός(テオス)であり、

>>言は神であった。
の神はὁ θεός(ホ テオス)
となっており、福音著者はこの両者を明確に区別していたと思われます。

本当に疑問ならギリシャ語原文をお読みください。
おそらくはぐらかされるでしょうが、クリスチャン志望の方からこう指摘されたならどうお答えするのでしょうか?信仰とは証拠を無視して盲信すると思われてしまうでしょう。


 

ラッルルさん改め名無しさん 基本的に名無しには無視していいですょ ゼアカイさん
ただ、しつこい名無しさんなので、ちょっとだけ書きます。
名無しさん なぜハンネも書けないのですか あなたは卑怯です。マナー違反ですね。私はアン(・シャーリー)

いろいろ御託を並べておられ迷惑です。まじ十字架について、まじめに読んでください。
http://www.allaboutjesuschrist.org/japanese/common/printable-crucifixion.htm

イエスは杭ではなく正真正銘 十字架につきました。私は散々ネットで十字架擁護を展開してきましたが あなたがたはヤフー知恵袋で 十字架ではなく杭だと展開しておられますよね ハッキリ言って苦々しいです。まじめに次の内容を読んでください。と言っても多分卑怯なあなたは読まないのは知っていますが 読まないで話の展開は進みませんからね

ザアカイさん 次に十字架にケチをつける方々には次の内容を見せつければ良いと思います。彼らは、論理破綻しているからです。
http://yomi.mobi/wgate/%E8%8B%A6%E3%81%97%E3%81%BF%E3%81%AE%E6%9D%AD/

イエス以前に十字架を予め表した旧約聖書の例をあげます。

1.荒野で野営したイスラエル十二部族の配置は、契約の箱の幕屋を中心に東西南北に 広がっております。空中から見るとイスラエルの配置はまさに巨大な十字架になります。
2.青銅の蛇は、ユダヤ伝承によると火急の事態だったので、手の込んだ細工ではなく、真っ直ぐな形で鋳造された。樫の木に赤い紐でくくりつけられた青銅の蛇は、まさに十字架だったのです。

3.対アマレク戦で、岩に座って両手を開いて祈るモーセの姿は、まさに十字架につけられしキリストの姿を預言的に現していました。
4.エゼキエルに現れた神の幻は、十字架型の乗り物でした。

古代バビロンでタウτがどのように用いられようが 主がTまたは†形の十字架につけられたことを否定する根拠にはなりません。ものみの塔は新世界訳捏造聖書とデタラメ解釈で 結果的に十字架の敵になっているのがわからないのです。

とりあえず十字架か杭かの説明をしました。

名無しさんへ
ヨハネの1:1の言葉は神の原文云々と言っておいでのようですが、新世界訳だと 英文新世界訳からの二重訳ですよね。たしか記憶では王国行間逐語訳では、テオスには 冠詞はなかったと思いましたが、ギリシャ語の英文訳には a godの aはありませんでした。なのに、右側の翻訳に俄かに現れた アレはなんなのですよか かなり古い逐語訳にはそうありましたよ~

名無しさんへ質問。

第一コリント12:3に「イエスは主である」とあります。名無しさんも イエスを「主キュリオ」とみなしますよね

でなければ、クリスチャンの条件をクリアできませんからね。ローマ10:9
次に イザヤ45:18に「わたしが主 ほかにいない」とあります。

証人である名無しさんは「主」は不適切で 「エホバ」こそ原文からの忠実な訳であると不審に思いますか

次に エゼキエル38:23「彼らはわたしが主であることを知るようになる。」

パウロは旧約聖書のなごりの割礼などを批判しました。しかし、YHWHの発音をアドナイ キュリオ「主」と発音し続ける態度に一度も非難しませんでした。つまり、パウロにとって旧約聖書ヘブライ語聖書のYHWHがイエスに成就シフトし ヤハ(ウェ)の実体として地上に来られたと納得した上で、「イエスは主(アドナイ)と告白することをクリスチャンに求めたのではありませんか

イザヤ35:4 ローマ10:9


そうやって考えると 最初のヨハネ1:1の言葉ロゴスを神テオスに訳すのに エホバの証人のように、なんだかんだ言って屁理屈つけて否定するのは非聖書的ではないでしょうか

ザアカイさん、久々お邪魔いたしました。
ちなみに、私 レムナントの久保有政の自称秘書でした。目薬の岩村義雄 真理のみことば伝道協会のヒゲオジサンとも連絡しております。

クリスマスや誕生日の件はいちいち反論しなくてもいいですね

証人たちは組織の奴隷で、本当に救われていないので悪魔に騙され惑わされた気の毒な方々なのです。パーフェクトワールドのギャスパー少年をご存知でしょうか。彼らはお正月は勿論、ひな祭り 端午の節句 七夕も、中秋の名月も、祝えないので 義務教育では証人の子どもたちは大変です。誕生日も母の日も偶像崇拝になるそうです。もちろん、キリストはみ使いミカエルで神ではないと教えなので、キリストの誕生日のクリスマス(本当は仮庵の秋祭りの頃と推定されますが)は当然、偶像崇拝なので禁止です。

笑ってしまいますが彼らは本気の本気 学校や会社にこんな人が一人いると 大抵孤立無援で根暗になっちゃいますよね

そんな訳で証人たちは非常に気の毒な方々なのです。なぜなら、彼らは本気で地上に臨む患難時代を生き残って、千年王国 楽園となる地上で「今の身体で永遠に生きるつもりで」います。「救い」の意味もよくわかっていません。彼らにとって救いとは 大患難を生き残ることとイコールなのです。

ハア ため息出ちゃうわ。お邪魔いたしました。

訂正

ヒゲオジサン×

ウィリアム・ウッド○

ごめん遊ばせ

アンちゃん、お疲れさんでした<(_ _)>
別に好きなときに書き込んでくれてノー・プロブレムですが。

結局のところ、エホ証さんは聖霊を受けてない、肉のまんまなんですよね。理屈だけでわかろうはずもないのに。

さてこの先、酒癖の悪い飲兵衛オヤジのように絡んでくるかどうかわかりませんが、これ以上の議論はナンセンス、平行線でしょう。

釘を刺しておきましょうか。ラッセル、じゃなかった匿名さん、これ以上、持論を展開したかったら、ご自分でHPでもブログでも立ち上げてやってください。
はっきり言ってあなたに用はありません、迷惑です。
あなたのID番号とリモートホストの魚拓は取っておきました。賢い貴殿のこと、ここまでやらせないでくださいね。

>>アンさんへ
旧約聖書における十字架の予表ですが、いまいち根拠にかける様に思います。
私が知っているのはエゼキエルのタンムズに関する記述とダビデがキチガイのようになって、唾で門に十字を書いたやつぐらいです。

釘が副数形ってのは初耳です。ただ絵画とかでは、圧倒的に杭で処刑されている人たちの方が多いです。

あと旧約で「主」と訳されているのはすべて
יהוה(ヤハウェ、エホバ、ヤハベ等)です
パウロはパリサイ人だったそうですので当然このことは知っています(^_^)v

「父なる神」と「主イエス」。両者は区別されており、使途的な見解です。理屈とかではなくこれは明快な事実です。

>>はっきり言ってあなたに用はありません、迷惑です。

簡単な疑問を言っただけなのにどうして・・
「おまえは全く罪の中に生れていながら、わたしたちを教えようとするのか」。そして彼を外へ追い出した。ヨハネ伝

主がお癒しになった盲人のように追い出すのでしょうか?
あなた方はクリスチャンではないのですか?
プロテスタントの方は、このHpでもそうですが、カトリックを教皇、マリア崇敬、偶像礼拝だと批判しますが、三位一体について尋ねられると、何一つ聖書的なことはお答えできません。

「もし国が内部で分裂抗争したら、その国は存立できない」
と書いてあるとおりです。
(-_-)
このコメントも削除されるでしょうけど、カトリックなどのほかのキリスト教を非難するときは自分たちが同じ三位一体の神を崇拝していると言うことを忘れないでください。

できるなら、できるなら、裁く様なことではなくて、真理の正確な知識についてお話したかったです(T_T)

今度はぱるるさんとして登場ですね。否定しないところをみるとエホバの証人の方で間違いないようですね。

だから言ったではないですか、どこまで行っても平行線だと。反論、議論するだけ無駄だとも。真理はキリストが再び地上にやってこられる時はっきりする。それでいいではないですか。何をそんなにムキになっているのか私には理解できません。

何を信じるかは各々の自由意志に任されている、信じるのも自由、信じないのも自由。私は一言もあなたに対して押し付けがましいことは書いてないつもりですが?

だから提案したのです、自分でHPなり、ブログなりを立ち上げて神学理論を展開すればいいと。それともあなた方の組織はそのような自由すら認められてないのでしょうか?
そうしてくださいよ。その場合、あなたのブログに出張って行ってケチをつけるつもりもまたありませんから。

↑のコメントを削除するような卑怯で姑息な真似は私はしません。

最後に一言だけ。
私はどこの宗派、教会、教理も、聖職者も100%盲信することはしておりません!間違いに気づいた時は、悔い改めて軌道修正するだけです。人間は不完全なんだから、100%完璧に正しいことなどわかるわけないではないですか。

主イエスはキリストであり、来るべき再臨のメシヤであると確信し、信じてこのブログを書いているだけです。その時こそ、すべての問題が解決すると信じているだけです!

そんなに目障りなら読まなきゃいい。もう十分でしょう?私は「ものみの搭」の信者になるつもりはこれっぽっちもないゆえ、これ以上のおせっかいは迷惑だと言ったまでです。

私は別に改宗を強要しようと言うつもりはありません。「父が引き寄せる」とあるのですから、人間の努力ではなかなかがんばっても無理でしょう(^_^;)

ただ、無宗教の国日本で聖書を読んで教訓としておられる方に「愛」をもってお話ししたつもりです。

文法とか難しい話をしてお節介とか言われてしまえばそれまでですけど、、気分を害されたなら謝りますm(_ _)m

主に対する愛を抱いていることは拝見していてありありと伝わりました。
世を裁かれる方がまもなく来られるのですから、その方にお任せしようと思います。それでは(^_^)

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