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2011年1月 6日 (木)

荒野の旅今なお険し~悲しみよ、いつ終わる

何とも言えず・・・ただただ涙ありきというのが、率直なビデオを見終わっての感想でした・・・
タリバン、アルカイダ、否、旧ソ連、アメリカが元凶?当たらずとも遠からず、しかし更なるその奥底にあるものは人類の罪でしょう。
上を見てはキリがないし、下を見てもキリがないでしょう。日本には日本の苦労があるし、アフガニスタンではアフガニスタンの苦労がある。しかし、日本に生活する我々はここまでひどくないと感じます・・・

私が神の統治する御国を待望する理由の一つがここにもあるのです。我々人類では、どんなに逆立ちしても、何億万年かかっても為し得ないことです。

未だに政治に期待している人、いいかげんやめた方がいいです。誰がやっても同じ、時に逆らうことはできない。身近な所で菅政権を見ていればわかります。厚生大臣の頃は、多少気骨が感じられましたが、首相になったとたんに、アメリカと財界の言うこと聞いてりゃ政権は回るとばかりに売国に邁進・・・仮に小沢がやったとしても五十歩百歩、少しはマシかもしれませんが、しょせんは中国の後ろ盾を標榜していたわけで、日本の真なる独立を目指したわけではありません。

主はとこしえに死を滅ぼし、主なる神はすべての顔から涙をぬぐい、その民のはずかしめを全地の上から除かれる。これは主の語られたことである。

その日、人は言う、「見よ、これはわれわれの神である。わたしたちは彼を待ち望んだ。彼はわたしたちを救われる。これは主である。わたしたちは彼を待ち望んだ。わたしたちはその救を喜び楽しもう」と。

イザヤ 25:8~9

わたしはエルサレムを喜び、わが民を楽しむ。泣く声と叫ぶ声は再びその中に聞えることはない。 わずか数日で死ぬみどりごと、おのが命の日を満たさない老人とは、もはやその中にいない。百歳で死ぬ者も、なお若い者とせられ、百歳で死ぬ者は、のろわれた罪びととされる。
彼らは家を建てて、それに住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。彼らが建てる所に、ほかの人は住まず、彼らが植えるものは、ほかの人が食べない。わが民の命は、木の命のようになり、わが選んだ者は、その手のわざをながく楽しむからである。
彼らの勤労はむだでなく、その生むところの子らは災にかからない。彼らは主に祝福された者のすえであって、その子らも彼らと共におるからである。
彼らが呼ばないさきに、わたしは答え、彼らがなお語っているときに、わたしは聞く。
おおかみと小羊とは共に食らい、ししは牛のようにわらを食らい、へびはちりを食物とする。彼らはわが聖なる山のどこでもそこなうことなく、やぶることはない」と主は言われる。

イザヤ 65:19~25

病気、事故、悲しみ、苦しみetc・・・その時、あらゆるマイナスの要素が解決される。
そんな事は不可能に決まっている。単なる理想、到底不可能なファンタジー、美辞麗句を並べ立てた夢想家だと思われるでしょうか?そう思いたい方はそれで結構ですが、私はそうは思いません。人間にはできなくとも全知全能の万物の創造主なるいわゆる聖書でいう神にはできます。

それでも認めたくない方は、非理法権天と言えば理解できるでしょうか。

簡単に言えば

無理<道理<法<権力<天

と言う図式になりますね。

私はこのブログで、ある人たちにとっては胡散臭い、おどろおどろしいカタストロフィ的、破滅的なことばかり書いてますが、その行き着く先は決して「滅亡」「絶望」ではなく、「希望」なわけです。

その過程として、「産みの苦しみ」を避けて通ることは出来ず、苦難が目の前に立ちはだかっているということです。そんなの無きゃ無い方が良いに決まってますが、それはちょっと出来ない相談でしょう。耳障りのいい事ばかり書くつもりはありません。

このような子供たちの為にも我々は執り成し、祈るべきでしょう。一日も早く成就するようにと。

そのためにも

このイエスこそは『あなたがた家造りらに捨てられたが、隅のかしら石となった石』なのである。
この人による以外に救はない。わたしたちを救いうる名は、これを別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」。

使徒 4:11~12

とあるように、お気に召そうと召すまいとこれが真理。信じること、出来ることから始めようではありませんか。

わたしはわたしを求めなかった者に/問われることを喜び、わたしを尋ねなかった者に/見いだされることを喜んだ。わたしはわが名を呼ばなかった国民に言った、「わたしはここにいる、わたしはここにいる」と。

イザヤ 65:1

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、はじめまして。元伊勢80社と申します。

毎日拝読していますが、鋭い分析に関心を持っております。

>未だに政治に期待している人、いいかげんやめた方がいいです。誰がやっても同じ、時に逆らうことはできない。

私も全く同じ意見です。
ただ一つ気になるのは、何も考えずに生きる人々と共に、50年後100年後を考察する人々もいるのではないかと思います。

50年後、100年後…。って、まだそんなに続くんですか?もう勘弁して下さいよ。

>50年後、100年後…。って、まだそんなに続くんですか?

私は2つの世界に分かれるのではないかと思っています。
1つの世界が13000年かその倍数の26000年か6500年かは知りませんが、聖書予言にも神の千年王国もあることですし。10年や20年で世界が終わるとは思えません。

新しい世界を目指して別の道を進む人々と、今のままの旧体制を継続する人々に分かれるのでは。
50年後100年後を考察する人々も2つに分かれるのではないかと。

元伊勢80社さん、はじめまして。投稿ありがとうございます。

仰るとおり、特に東洋においては、物質世界は未来永劫に続く。始めも終わりもよくわからないと考えている人が大多数かもしれませんね。

見方を変えれば、私も霊界を含めた大宇宙は永遠に続くのだと考えてます。
ただ、この今の物質世界に関してはどうなるか?・・・

個人的には希望も込めて、一日も早くケリつけてもらいたいところですね。
とは言うものの、我々の思い通りに事が進まないのもまた真理ですね・・・

ということでガリラヤさん、そう悲観せずに^^;
とりあえず、今の資本主義的物質主義の限界はそう遠くないはず --;

物質主義の限界にあるものは、戦争でしょうか?
それしかないように思えてならないのですが……。

>物質世界は未来永劫に続く。始めも終わりもよくわからないと考えている人が大多数かもしれませんね。
見方を変えれば、私も霊界を含めた大宇宙は永遠に続くのだと考えてます。
ただ、この今の物質世界に関してはどうなるか?・・・

 私は、ひふみ神示などのように2012年か2013年ごろから物質の崩壊が開始されて2040年ごろには人間がいなくなると考えているのですが、
 ヒトラー予言では、2039年に人類以外のものに進化するか退化するといわれております(いわゆる超人と一種の機械人間)。
 そしてまたヒトラー予言では2089年から2999年にかけて完全な神々と完全な機械的人間に分かれた世界になると言われています。
 これは聖書予言の「神の千年王国」に類似していますから作り話とも思えません。

 この相反する2説をどのように解釈するかという問題になりますが、もしかすると2つの世界に分かれるのではないか。つまり私が思うところの、2040年までに世界が消滅して新しい世界が作られるという説と、ヒトラーの言うように今の世界が2999年まで大変動を繰り返しながら継続してゆくという世界の、2つの世界が別々に展開されるのではないだろうか。

 新しい世界に旅立つ人々を今の世界の人々が見ると「消える現象」として現れ、反対に新しい世界の人々には今の世界が見えなくなり、お互いに相手の世界が見えなくなるということになる。
 ヒトラーが見た世界は今の延長の世界の方であり、ひふみ神示などの記述は新しい世界の方を説明しているのではないかと考えています。

あるいはヒトラー予言も、聖書予言も、ひふみ神示なども元々同じでものあり、別バージョンで民族ごとに違う説明をしているのかもしれません。

コロ助さん、いつもどうも。

そうですね・・・歴史を振り返る限り、その臨界点は暴力、常に戦争をもってひとまず終了でしたね。
私的には来るべき今度の最終戦(になろうかと?)とハルマゲドンをもって、人類の忌むべき歩みに終止符を打っていただきたいものです。もちろん、神の大いなる御手でもってですが。

元伊勢80社さん、示唆深い考察ありがとうございます。
ヒトラーのラスト=バタリオンですが、ニーチェの超人論にも通じるモノがありますね。私的にはサタンからのインスピレーションであったと考えてます。

さて、年明け早々摩訶不思議、クラッシュ報道のオンパレードで。
今年のうちにある程度の?答えが提示される可能性が無きにしも非ず・・・

それでも私の物質的世界観は、始めがあり、終わりがあるになってしまいますね。

それでも私の物質的世界観は、始めがあり、終わりがあるになってしまいますね。
それでも私の物質的世界観は、始めがあり、終わりがあるになってしまいますね。

お久し振りー、
いらん突っ込み!
物質的世界観ー意味不明。
全ての価値を貨幣価値に置き換える価値観という意味ならば理解できますが。
物本来の価値は存在であり、不変の価値であり、私達の価値観はそれに依るべき物です。イエスもかつては肉であった。
肉も物質です。

ごめーん!!

お久し振りー、
いらん突っ込み!
物質的世界観ー意味不明。
全ての価値を貨幣価値に置き換える価値観という意味ならば理解できますが。
物本来の価値は存在であり、不変の価値であり、私達の価値観はそれに依るべき物です。イエスもかつては肉であった。
肉も物質です。

ごめーん!!

だぶりましたー
ごめーん!

空海さん、お久しぶりですね。

私もはっきりしたことなどわからんのですが、早い話、三次元世界と四次元世界の境界がなくなる世界になるのか?もしくは四次元的世界になるのではないかと考えるわけです。言い換えるならば、霊的世界と物質的世界のハイブリットとなるのか、霊的世界に物質世界が取り込まれるのかというところでしょうかね?
そのような意味です。

世間一般の人に話したら狂人扱いされるでしょうけど --;


ども、わたぴ~です(vv)

こちらでは今年初の書き込みになります。
ザアカイさん、本年もよろしくお願いします(vv)
子羊通信、子羊村のみなさん、本年もよろしくお願いします(vv)

さて、空海さんへ

>だぶりましたー
ごめーん!

すみません、爆笑してしまいましたぁ~!☆ヾ(≧▽≦)oギャハハ♪
普段、真面目なコメントされてる空海さんですから、
何だかギャップがあって、コケちゃいました。

このネタ、もらっていいですか?
え?ネタじゃない?

ごめーん!(早速、使っとるやないかいっ!!ゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ)

空海さん、今年もよろしくです(^^;

わたぴ~さん、毎度です。
わたぴ~さんのブログで一度挨拶は済ませてますが、あらためてこちらこそよろしくお願いします。

むむ~、確かに私も空海さんって、ハードボイルドなイメージがあったので「成りすまし投稿か?」とも思いましたが、何となく微笑ましかったので、「気にする必要ないじゃん」ということで ^^;

それと、アンちゃんよろしくです。私も時々参加させてもらいますので(笑)

ハードボイルド?
人には三つの自分が居る!

他者が感じる自分、

自身が思う自分、

本当の自分、

自分では自身を、孤立、陰険、、、なイメージでみていました。ユダのイメージです。
主なる神の時が来て、新たなユダを必要とするならば、ユダになろうと思う日々です。

ここでは本音が語れます。
ザアカイ様今年もよろしくお願いします。
小さな燈を絶やさないでください!

本来自分も成さなければいけない事をザアカイさんに押し付ける自分、本当に
ごめーん!

わたびーさん、これからもよろしくー

>ここでは本音が語れます。

→どうぞ、どうぞ、遠慮せずに。
私自身もこの場所のみが本音の世界ですので。
こちらこそ、今年もよろしくです。

人それぞれ、その時期、なすべきことは千差万別ですので、気にせずに。

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

人は、悲しみがあると・・・顔に現れ、目は輝きを失い、涙は、頬を伝わり、
うつむいてしまいますね。

人はイエスさまを見上げる時、顔が輝きますね。
どんなお年をめした方でも・・・子供でも・・・たとい病人でも・・・
霊が喜ぶ時、イエスさまの愛は、魂に働いて、どんな環境の中にあっても
人を生かす力となって、内側から光を放ち、顔を輝かせます。

肉は・・・霊の輝きの現われとなって、顔を輝かせます。
だから・・・私たちをサタンが誘惑しても・・・内側の輝きが放たれている時は簡単には近づけない。
光が眩しくて・・・闇の中に後ずさりしていく・・・。
すごすごと・・・。イエスさまの光は、勝利の光だから・・・。

世は・・・益々混迷を深め、罪は積もりに積もって天に届いていますが、
私たちキリスト者は、命の光をしっかり握って「世の光」として、神様のご栄光を現したいですね。

あなたがたは、以前は暗闇でしたが、今は、主にあって、光となりました。
光の子どもらしく歩みなさい。(エペソ5・8)
「眠っている人よ。目をさませ。
 死者の中から起き上がれ。
 そうすれば、キリストが、あなたを照らされる。」(エペソ5・14)

enjeruさん、こんにちは。
私たちはこの世にいる限り、数々の艱難辛苦を味あわねばならないですね・・・

いつもの繰り返しになりますが、この点においては世間一般の人と何ら代わりがない。
そんな時、どうしても自暴自棄になり、暴走しそうになりますが、引き止めてくれる力があるのは感謝なことです。
聖霊は、人知れず働いてくれているのですね。
主イエスにつらなり、信じてともに歩むことが、唯一の道であると感じます。

欲を言うならば、もっともっと主の栄光を顕したいところなのですが・・・しょせんはダメクリの権化 --;・・・能力不足、役不足と言ったところが現実なのが悲しいですが(涙;)

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