2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

ブログパーツ

なんでも&緊急連絡版

« 哀歌より | トップページ | ジュリアン=アサンジ保釈 »

2010年12月14日 (火)

神の子羊~過ぎ越しの贖罪の血

ここのところ世の中一進一退、中途半端に落ち着いてます。アンテナが受信すべくたいしたニュースがない --;
よって、何でもいいから書けば書けない事もないのですが、テンションが高い時を別として、ブログのポリシーが「新天新地~新しいエルサレムを目指して」なので、閃かず、モチベーションが上がらず、指が動きません(ToT)

こんな時は原点回帰、時間にして25分ほどのよく出来たユーチューブ動画を見つけたので、興味のある方は見てください。ただ欲を言えばラスト、イエス=キリストの復活の場面、昇天シーンを入れてもっと盛り上げてほしかった所ですが。

クリスマスも近いし(ただし、個人的にはケーキは一応?食べますが、ポリシーに反する為、教会の祝会へは参加したことがないし、派手に祝うことはしません。しかしながら、クリスマスの真実を知らず、純粋に祝う人に対して敵対するつもりはないですし、クリスマス=カードを頂いたり、メリー=クリスマス!と挨拶されれば、気持ちよく応えておりますが・・・ニコッとね^^;・・・この辺が中途半端なダメクリなんだねえ~)、初心、基本に戻る為にも、こういうのもいいでしょう。

その前にひとことだけ書いておきましょうか。
何を信じようと個人の自由ですが、アセンション(次元上昇)、宇宙船団メシヤ説はいただけませんね・・・最近ハリウッドを使って「ノウイング」、そして「スカイライン」でしたか?こちらは予告編しか見てないので詳しい事はわかりませんが、洗脳工作が進んでます。完全なるサタンの罠です。キリスト教会にも、携挙=ラプチャーという神学用語が存在しますが、似て非なるものです、サタンは猿真似が得意。

「神のようになる、自分を高く上げる」、「罪にある状態でも天に挙げられる」・・・サタンの巧妙な罠に引っかかるべきではありません。それこそ、過ぎ越しの贖罪の血=キリストの十字架が必要不可欠なのですから。

私は携挙そのものを否定し、信じないわけではありません。しかし、セオリーとして、神の真理があるところにはまた、サタンの毒が混じると言うのもこれまたしかり。慎重になるべきです。

また、政治家に必要以上に期待している人。簡単に偽メシヤ=反キリスト崇拝へと誘われるリスクがあるのでほどほどに。しょせん我々と同じ人間に必要以上に期待すべきではない、それは歴史を振り返れば明らかです。そうであるなら、とうの昔に地上天国が実現していたわけですから。
強制はしません。あくまで自由が前提ですが、信じたくない人、不快に思う方はスルーしてください。

さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。

女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、 ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。

へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。

創世記 3:1~5

我々は今、エデンの園で蛇の姿をして現れたサタンに騙されたエバの轍を再び踏もうとしている。ここから人類の苦難は始まったわけです。天使長ルシファー(ヘレル)は、このこと(神のようになる)によってみずから奢り高ぶり、堕落しサタンと化したわけですから。

ついでながら「サタンは神と和解し光の天使となり復権した」などという、オカルティストでしょうか?とんでもないバカモノがいますが、そんなことは聖書のどこにも書いてありません。これまた騙されてはいけない、その最後は滅び以外にありえません!

>あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです

とあるように、アセンションの本質は、創世記のこの箇所を見れば明らかです。サタンの巧妙なる罠。一人でも多く滅びへと道連れにするために、NWO連中は、手っ取り早くハリウッドなどを使って騙しに躍起になっているわけです。もちろんサタンは、自分の最後を知っており、それが刻一刻と近づいているからでしょう。

論点が横道に外れましたが(って、いつものことですが --;)
それでは再臨を待ち望みつつ、初臨の動画をどうぞご覧あれ。

 

« 哀歌より | トップページ | ジュリアン=アサンジ保釈 »

主イエス=キリストの愛」カテゴリの記事

コメント

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

>キリスト教会にも、携挙=ラプチャーという神学用語が存在しますが、似て非なるものです

真理から耳をそむけ、空想話にそれていくような時代になるからです。(Ⅱテモテ4・4)

終わりの時は、ノアやロトの時代と似たような時であると聖書は言っています。
ノアは、世界を滅ぼす大洪水から箱舟の中で保護され、救われました。
ロトは、ソドムとゴモラの罪が天の神の元に届いた時、天使に導かれてのがれの町に逃げ、救い出されました。

憐れみ深い神は、この全世界に迫っている子羊の怒りから愛する聖徒をどこに導き、救い出されるのでしょうか?

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。(Ⅰテサロニケ4・16-17)

あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。(ルカ19・36)

聖書は、全世界に臨もうとしている未曾有の破壊から、愛する聖徒をのがれさせるため、空中へ導き、天で保護し、救い出して下さると約束して下さっています。
ノアは、箱舟へ・・・、ロトはのがれの町へ・・・、そして終わりの時の聖徒は天へ・・・憐れみ深い神は、救い出してくださいます。

それを「携挙」というなら、それは真実であると・・・。

多くの人は、この真理をあざけり、罵倒し、サタン呼ばわりし、偽りだとののしります。けれども、神の不動の真理は、空の星のように輝き、光を放ち、神の救いがどれほど大きいものであるか、聖徒に告げています。

隠された真理から目が開かれますように。
そして、この破壊から逃れさせ、救い出すために来られる主を待ち望むことができますように。皆さまのために祈っています。

急いでそこへのがれなさい。
あなたがたがあそこにはいるまでは、わたしは何もできないから。(創世記19・22)

enjeruさん、いつもありがとうございます。

人間という生き物は、いつの時代も自分の非を認めたがらない懲りない存在なんですね・・・
そして自分は偉いと思っている人が多いから --;

哀歌を読み終えたあと、一旦新約へと思っていたところなぜか?創世記へと・・・創世記は何回読んでもおもしろいですね!4000年以上も昔の話とは思えず、その情景が生々しく脳裏に浮かびます。

確かにノアとロトの話は強烈ですね。

今日からイサクの嫁盗りの話です^^;

皆さん お久しぶりです
Knoing見ました
エゼキエルとか天国とか出ててあたかも聖書(神様)信じてますって感じですが 本人(映画監督)はまったく信じてないと思います。でなかったら 天使もあんな怖くないし 変な黒い宇宙船(乗り物)も出てこないはずです

>携挙=ラプチャーという神学用語が存在しますが、似て非なるものです

すいません
私もこの言葉(神学用語)に便乗させてもらいます
三位一体とはいったいなんなんでしょうか?
三位一体説を聞いてもうすぐ5年になるのですが いまだに理解できません(納得できません)
もうそろそろやめようかと思ってます(三位一体説)信じようとするのを

ヨハネ17:22わたしたちがひとつであるように
等 聖書の中でイエス様が言ってることはわかるのですが
三位一体になるとわかりません
・・・三位一体は天の父 イエス様 聖霊を神様(3つで一つの神様)とする考えですよね?
皆さんは本当はどう思っていますか?

nさん、お久しぶりですね、お元気でしたか?

三位一体ね・・・以前、このコメ欄でも散々議論を交わした経緯があるんですよ。

結果として、納得できる答えを用意できた人は一人もいない --;
しょうがないです、人間の知識、知恵においては、矛盾だらけの理論破綻している神学論ですし、三位一体はキリスト教信仰の基本だと言いながら、心から納得している人が教職者含め果たして世界中で何人いるか?無理やり己自身に信じ込ませてはいないか?洗脳されてない限り、ちょっと考えれば、当然疑問符がつきますよ。考えずに霊に感じなさいと言われてもそれは無理というもの。異端でもなんでもないと思いますよ。

父、子、聖霊は聖書に出てきますが三位一体という言葉は、聖書に出てきませんからね。この事を持って無理やり三位一体論へと持っていくのも強引ではないかなとも思いますし・・・

結局、「その時まで(主イエスご自身から直接説明されるまで)わからないものはわからないままにしておきましょう」という結論になった記憶があります。人間の理解力を超えてますからね。

かと言って、主イエスの神性、キリストであることを否定するものではありません。

個人的には少なくとも今現在新約の時代、主イエスは父なる神の右に座しており、一切の権威を父なる神から授かった方であると思ってます・・・ただそうなると理論的には、唯一の神という概念は旧約時代の概念で、新約においては唯一でなくなってしまうからこれまたわからない --;

よって私的には、少なくとも今現在において、主イエスは父なる神と同等であり、来るべきメシヤで唯一の救い主であることだけは間違いないと信じます。

また、エホバの証人の肩を持つわけではありませんが、聖霊は父なる神の力とする説は、切って捨てられないんでないかな?とも思います。ま、私に言わせれば、「聖霊によらなければイエスを主であると言うことは出来ない」のだから、表現の違いであって、神の力でも神の霊でも五十歩百歩だと思いますけど。これまた聖霊を否定するものでないことは言うまでもありません。

あまり根つめて考えない方がいいですよ^^;結論など出ませんし、出口のない迷宮に入り込むだけですから(-_-;)・・・

以上、異端キリシタンでしたm(__)m

>主イエスは父なる神と同等であり
これは三位一体の考え方ですよね?

それでは同等ではない例をいくつかあげます
皆に早く気づいてほしいからいっぱいあげます

イエスは言われた、「なぜよい事についてわたしに尋ねるのか。よいかたはただひとりだけである。(マタイ19:17)

またある役人が、イエスに質問して言った。「尊い先生。・・・」イエスは彼に言われた。「なぜ、わたしを『尊い』と言うのですか。尊い方は、神おひとりのほかにはだれもありません。

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。しもべはその主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさるものではありません。・・・わたしの遣わす者を受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。わたしを受け入れる者は、わたしを遣わした方を受け入れるのです。」

聖書の中では誰が神様でしょうか
「わたしに栄光を与える方は、わたしの父です。この方のことを、あなたがたは『私たちの神である。』と言っています。」ヨハネ8:54

「父よ。時が来ました。・・・その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。」ヨハネ17:3

「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。ピリピ2:11

聖書の中で イエス様は自分を神だと言った事はありますか?
パウロも他の使徒もイエス様を神様と呼んだでしょうか

「もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです」ヨハネ9:33

「イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため」 ヨハネ20:31

「私たちの父なる神と主イエス・キリストから・・・私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。・・・どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が」エペソ1

神様は一人 天の父ただお一人なのではないでしょうか?

三位一体は神様から来たものではないと思います。
人間が勝手に決めたことだと思います。
事実 昔カソリックが勝手に決めました。
皆さん 先輩クリスチャンがそうゆうからそうなんだと信じようとしていませんか?事実私はそうでした

それとも私が三位一体について誤解しているのでしょうか

やぶ蛇になってしまったようです。
理解できないのを無理やり理論付けようとすると、どこかでボロがでますね --;

>神様は一人 天の父ただお一人なのではないでしょうか?

→聖書を読むとその通りだと思うのですけど、そうなるとイエス=キリストをどう捉えればいいのか?という問題が生じ・・・神の御子だと聖書には書いてあるので、御子ということは神であり人である?
少なくとも復活したイエスは、栄光の身体となり、マリヤから生まれた人なるイエスとは違う・・・

と、この時点で白旗降参m(__)m
結局のところわからないんです。いつものパターンの繰り返しですな。

白旗揚げましたが参考まで、補足です。

主が昔そのわざをなし始められるとき、そのわざの初めとして、わたしを造られた。 いにしえ、地のなかった時、初めに、わたしは立てられた。

まだ海もなく、また大いなる水の泉もなかった時、わたしはすでに生れ、山もまだ定められず、丘もまだなかった時、わたしはすでに生れた。すなわち神がまだ地をも野をも、地のちりのもとをも造られなかった時である。

彼が天を造り、海のおもてに、大空を張られたとき、わたしはそこにあった。 彼が上に空を堅く立たせ、淵の泉をつよく定め、海にその限界をたて、水にその岸を越えないようにし、また地の基を定められたとき、 わたしは、そのかたわらにあって、名匠となり、日々に喜び、常にその前に楽しみ、 その地で楽しみ、また世の人を喜んだ。

箴言 8:22~31

イエスは彼らに言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」。

ヨハネ 8:58

これらの箇所からは、主イエスが我々みたいな単なる人ではないと思わざるを得ません。また、天使でもないでしょう。ということは・・・?

ハンネ書くの忘れた、ザアカイより。

>主イエスが我々みたいな単なる人ではないと思わざるを得ません。
そうですよ~
>御子ということは神であり人である?
神の子であり人の子である ですよ!

その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マタイ1:20

「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」・・・「あなたは、キリストです。」 マルコ8:27~マタイ16:15~

救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。ルカ2:11

人の子 ルカ12:40 マルコ13:26 8:38

聖なる者 神の子 ルカ1:35 4:41 マルコ5:7 1:24 マタイ8:29

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」ヨハネ14:6

「人の子は、いまに人々の手に渡されます。そして彼らに殺されるが、三日目によみがえります。」マタイ17:22

主は御霊です IIコリント3:17

キリストは、神の御姿であられる方 ピリピ2:6

御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。・・・ 御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。コロサイ1:15

「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」Iテモテ1:15

神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです Iテモテ2:5 ヘブル8:6

「あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ。」またさらに、「わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。」 ヘブル1:5

聖書が言ってるのをそのまま受け入れるので いいではないですか!?

「あなたがたの父はただひとり、すなわち天にいます父だけだからです。・・・あなたがたの師はただひとり、キリストだからです。」
イエス様自身も天の父はただ一人って言ってますよ!?

パウロも言ってますよ
「私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、・・・また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで・・・」

ですが実際のところ
ザアカイさん 皆さん 三位一体信じていますか?

情けない話、信じる信じない以前の問題で、理解できない --;
よって当然、疑問が残ります。
nさんの理解が正しいかもしれません。

蛇足ながら、私のあてにならないカンが外れている事を願いますが、

三位一体が
クシュ=セミラミス=ニムロデをモチーフにしていない事を。いや、聖霊の性質を考えるとニムロデ=セミラミス=タンムズでしょうか?マリア崇拝がセミラミス崇拝とイコールでない事を。

ふたたび出口のない迷宮へと入り込んだようです --;
最後は陰謀論で誤魔化しましたが(ToT)

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/6832/tri.html

参考までにお読みください。割と客観的に書いてあり、かつ専門的です。
それでもやはり・・・結論は出ていない。

寝るにはちと早いですが、今から寝込みます(-_-;)・・・

>理解できない --;

よかった~
ザアカイさんもおかしいって思ってたんですね

>クシュ=セミラミス=ニムロデをモチーフ
あやしい名前ですね
すいませんzaakaiさんがのっけたURl怖そうなので行きません

紹介したURLの記事自体は、ごくまっとうな神学的なものです。
でもさらに混乱するだけかもしれないので、読まなくて正解かも。

ザアカイさん
行ってきましたよ

三位一体はカトリックじゃなくて西方教会が作った言葉だったんですね

>「いずれにしろ三位一体論を文字通りに信ずることは現代では意味がない」
よかった~
三位一体信じないやつは異端だって言うから
よかった 信じなくていいなんて
本当にうれしいです
5年も悩み続けて
せいせいします とってもうれしいですsun

「愚かな議論、系図、口論、律法についての論争などを避けなさい。それらは無益で、むだなものです。」テトス3:9

そうそう、三位一体には、必要以上に関わらず、こだわらずです。
時が来れば主イエスご自身から説明がなされることでしょう・・・たぶん?

三位一体ついでに もうひとつ

主の再臨についてです

人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです。マタイ24 (ルカ21:27も)

私達は主がこのように雲に乗って来るのを待っているんだと思うんですが
主はこれ以外の方法で地球に来ることはあるでしょうか?
こっそり個別に会いに来るということはあるでしょうか?
ないですよね?
というのは よく イエスに会ったとか言う人の本(話)があるからです

例:天国は本当にある トマスチュナム
地獄についての神の啓示 メアリー バクスター

私はこの人達の本を2010年の1月か2月に買ったんですが
もしや イエス様が警戒しろと言ってる偽キリストとはこの人達が会ってるような人(霊)のことではないかと思ったんです(マタイ24)

ジュリアさんに聞いて この二人には気をつけたほうがいいということになったのですが

『そら、キリストがここにいる。』とか、『そこにいる。』とか言う者があっても、信じてはいけません。にせキリスト、にせ預言者たちが現われて・・・さあ、わたしは、あなたがたに前もって話しました。・・・『そら、荒野にいらっしゃる。』と言っても、飛び出して行ってはいけません。『そら、へやにいらっしゃる。』と聞いても、信じてはいけません。

が 確認です
私達は雲に乗ってくる主を待っていればいいんですよね?

あなたがたの心が、放蕩や深酒やこの世の煩いのために沈み込んでいるところに、その日がわなのように、突然あなたがたに臨むことのないように、よく気をつけていなさい。その日は、全地の表に住むすべての人に臨むからです。ルカ21:34 35

やっぱり すべての人に臨むと書いてあるので 個人的に会ったりはしないですよね?

nさん、熱心なる投稿ありがとうございます。しばらく見ないうちに別人のように成長してしまったようで・・・私タジタジ状態です^^;

ええ、私もnさんの理解でいいと思います。
ハルマゲドンのクライマックスの時、天空にしるしがあり、天使の軍団を引き連れそのような形で、世界のどこにいても一斉にわかるような形で(偏在)来られると思ってます。

nさんが列記してくださった他にも、主イエスからお告げがあった、天国、地獄へ連れて行かれて見てきたとか言う人がいますが、聖書を読む限り、特に黙示録19章以降ですけど、本当の意味での天国も地獄もまだ出現していないと思います。

それらの証しを読んでも本当に神からのものなのか疑問点が多々あるし。自称預言者の預言も全く当たりませんしね。

例外的に何らかの形で啓示的なものが与えられる人もいるかもしれませんが、終末に現れるという二人の預言者以外の預言、幻視は慎重なる吟味が必要でしょうね。正しかったり、当たることもあるかもしれませんが --;

実際に私、自称預言者に騙されそうになり、身を持って立ち直れないくらいの大火傷寸前まで行った経験があるからわかります。見事にかみそりアッパー喰らいダウンしましたが、なんとかカウント9で、ヨタヨタしながら立ち上がることが出来たので、ここにいますけど --;

寝ているところにサタンがやって来た。父と子と聖霊が同時に現れた・・・など。冷静になって考えればわかることなのに、危うくマインド=コントロール一歩手前まで引きずり込まれた、語るも恥ずかしい過去があるので、その手の惑わしの危うさを知ってます。

恥の上塗りとして、相手が女性だったため・・・見事にたぶらかされそうになりました(涙;)
今まで生きてきて、女性に騙されされそうなったのはあとにも先にもこれ一回コッキリ!・・・って、威張ることじゃありませんが(T_T)

「一生あなたのために尽くします、私を下僕とお呼びください」などと(笑)・・・冗談言ってる場合じゃないですね(-_-;)・・・

よかった
では 主が雲に乗ってくるのを待てばいいってことで
はっきりしているのでいいですね

本は燃やします

ヨハネ1があったから まだよくわからないかもしれません
でも私はもう三位一体とは関わりません

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
この方は、初めに神とともにおられた。
すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。
この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。・・・

すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。
この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。
この方はご自分の国に来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。
しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。
この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。
ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父の御許から来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

ども、わたぴ~です(vv)

nさんへ

もういっちょ、聖句をば~(^^;

御子は、... すべての造られたものに先だって生まれた方である。
万物は、天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、
位も主権も、支配も権威も、皆、御子にあって造れたからである。
これらいっさいのものは御子によって造られ、御子のために造られたのである。
彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っている。
彼は始めの者であり、死人の中から最初に生まれたかたである
(コロサイ.1:15~18)。

そうそう、私もヨハネ伝の一章の記述を指摘するの忘れてました。
やはり人間の理解力を超越してますね・・・

わたぴ~さん、フォローありがとうございましたm(__)m

こんにちは
わたぴ~さん

わたぴ~さんは三位一体を信じてますか?
やっぱり皆は本当に信じているのか気になります

n様こんにちは。ヨハネの福音書1章1~3節は世界最高のフレーズのひとつだと思います。私の一番好きな文章です。◆◇「三位一体」ですが、私は信じる以前に、ザア様と同じく理解不能です。 確か聖書にも載っていない(よ~な気がする)し。▲▽三位一体節には悪意を感じているのは私だけでしょうか?…ノンクリスチャンに対し、「キリスト教は難解なもの」という印象を植え付け、一人でも多く主イエスの救いに預からせないように仕組んだ、闇の貴族たちの企みではないかと感じています。

こんにちは  ガリラヤ さん

>三位一体節には悪意を感じているのは私だけでしょうか?…
私も悪意を感じます 三位一体
三位一体もう敵視です
(神様のことではない)

わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである。

私絶対散らされてます
三位一体のせいで
三位一体が信じられないせいで
(これじゃまるで三位一体のせいにしているみたいですが・・・)

ども、わたぴ~です(vv)

>わたぴ~さんは三位一体を信じてますか?

これについては、ワタクシもザアカイさんと同じで、
「よく分かりません~」(´ヘ`;)
なので、肯定否定に関係なく、王国で主イエスに尋ねれば良いと思います。つまり、
そうしようと思えば、恵みの救いにまず与らねばいけないワケで。
現状のワタクシたちにとって最優先なのは、教義の解釈論よりも、
まずそちらだとおもいます(vv)
勿論、教義解釈は人それぞれ、いろいろあって良いと思います。
よほど、問題のあるような理解の仕方でなければですが。

三位一体そのものの問題点については、まず、聖書には直接的に
そのような言葉は出てこないこと。
また、その教義理解についても内容が非常に神学的な説明で、
一般の人には非常に理解しにくいことでしょう。
個人的には、一般のキリスト教における三位一体論というのは、
基本的に「四次元の世界」の話ですから、三次元の事までしか理解できない、
しかも、その理解力に限界がある人間が、おいそれと確信を持って
理解できるような事柄では無いと思います。
なので、三位一体を理解していると断言出来る人は、きっと四次元の世界を理解できるひとなんでしょうね~('ε') フーン
そんなものワタクシには無理です。
そんな事を言うと「聖霊によって導かれていないからだ!」って声が聞こえてきそうですが

「そんな問題じゃないと思いますが」(¬¬)

ま、結局、クリスチャンと呼ばれる人たちからは、「異端者」というレッテルを貼られるかもしれませんがね。

実は、もう一つの問題はその点にあって、「三位一体の教義を信じなければ、バプテスマを受けることが出来ない」とか、
「三位一体を信じる事が出来なければ、クリスチャンじゃない」といったような風潮があることです。
バプテスマの条件に、三位一体の教義の信否を絶対条件にあげている宗派もありますが、

「そんなことは、聖書のどこにも書いていません」d( ̄  ̄) 

第一、主イエスがそんなことを聞いたら、どう思われるでしょうね。
三位一体が真理であろうとなかろうと、少なくともそのような宗派の、
福音を広め、主の弟子を導き牧すという役割においては、
その姿勢に疑問を感じずにはおられないでしょう。

>三位一体 三位一体もう敵視です
>私絶対散らされてます 三位一体が信じられないせいで

現状、敵視する必要があるかどうかはともかく・・・(;^_^A
信じる事が必要なのは、三位一体ではなく、

「主イエス・キリストですよ!」(≧ω≦)b

三位一体と違って、これは聖書にハッキリと書かれてますからね。

これは裏づけのない単なる推測に過ぎませんが、
三位一体については、当時の宗教における政治的な影響力、
勢力抗争の一面が強いような気もするんですがね。
「父なる神」「子なる神」「聖霊なる神」の、
それぞれを崇拝信仰する派閥を一つにまとめ上げる事が出来れば、
それだけで非常に影響力のある、一大勢力を築きあげることが出来ますから。
当時は現代のような政教分離もほとんどなかったでしょうし。
ま、三位一体が真実であれどうであれ、

「主イエス・キリストに信仰を置き、その父なる神のみを崇拝し、隣人愛を示す」

これに尽きるんじゃないでしょうかね~。ヽ(ω` )ノヽ(´ω`)ノヽ(´ω)ノ

>信じる事が必要なのは、三位一体ではなく、
「主イエス・キリストですよ!」(≧ω≦)b

ですよね

>勢力抗争の一面
私も 今でもその影響を受けていると思います

>「主イエス・キリストに信仰を置き、その父なる神のみを崇拝し、隣人愛を示す」
私もそう思いますbud

さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。ルカ6:37

三位一体について裁くのをやめます
皆さん お返事ありがとうございました
悩みが解決しました
ありがとうございました
(上のやつも私です 投稿: | 2010年12月21日 (火) 21時35分 )

わたぴ~さんがうまくまとめてくれたようでありがとうございました。

しょせんは人間。
一部知らされているとは言え、わからないことだらけですからね・・・
すべては時が来て、主イエスと顔と顔をあわせれば、すべての謎、問題が解決するのだから、無理に結論付けることもないはずです。
王と直接お話できる時まで待ちましょう。

主イエスに全幅の信頼を置いていれば、それでいいんだと思います。

ザアカイさん、皆さん、こんにちは。

>こっそり個別に会いに来るということはあるでしょうか?

道を進んで行って、ダマスコの近くまで着たとき、突然、天から光りが彼(パウロ)を巡り照らした。
彼は地に倒れて、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。」という声を聞いた。
彼が、「主よ。あなたはどなたですか。」と言うと、お答えがあった。
「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」(使徒9・3-5)

その夜、主がパウロのそばに立って、「勇気をだしなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない。」と言われた。(使徒23・11)

主はパウロに個人的にお会いになられて語りかけられました。
主イエスは昨日も今日も同じ神。ならば、主の御心によってパウロに語りかけられたように個人的にお会いになられて語りかけることも全く否定することはできないのだと思います。
それが、本当に主イエスの御心によるのか、サタンからのものであるのか、吟味が必要ですが・・・。

>あなたがたの心が、放蕩や深酒やこの世の煩いのために沈み込んでいるところに、その日がわなのように、突然あなたがたに臨むことのないように、よく気をつけていなさい。その日は、全地の表に住むすべての人に臨むからです。ルカ21:34 35

この御言葉は、まだこれから起こる世界の神の裁きがすべての地上の人々に臨む警告。

その後の御言葉。

しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。(ルカ21・36)

「しかし」と御言葉は続きます。あなたがた(主を信じる者)は、これらすべてのことから逃れると。

ならば、私たちは、雲の上に乗ってくる主を待つのではなく、天へ避難させ、逃れさせてくださる主を待つのが主の御心だと・・・。
個人的に思っています。

皆さまの上にクリスマスの恵みと喜びが満ち溢れますように祈ります!

enjeruさん 主は個人的にパウロに会ってましたね(^^)

光ならすぐ主かどうか判別できそうですが

>主がパウロのそばに立って
人の形?だとなぁ
たいへんそうだなぁ 判別するの

>あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。(ルカ21・36)

enjeruさん!
神様はノアのことやロトのことも逃してくれたからね!
でも 主が言うように いつも油断せずに祈らないとねtulip

enjeruさん、フォローありがとうございました。

>個人的にお会いになられて語りかけることも全く否定することはできないのだと思います。
>それが、本当に主イエスの御心によるのか、サタンからのものであるのか、吟味が必要ですが・・・

→より正確に述べるならば、そういうことですよね。後半部分が非常に大事なわけで。

今日は年に一度、年末しかやらない作業工程をやったおかげで疲れました --;
魚屋さんの苦労を思い知らされました。
今年の24日は文字通り、クルシミマスでした(ToT)

enjeruさん、nさんには良きクリスマスでありますように。

>クルシミマス

ザアカイさんも 皆さんも よいクリスマスを

こういうわけですから、食べ物と飲み物について、あるいは、祭りや新月や安息日のことについて、だれにもあなたがたを批評させてはなりません。これらは、次に来るものの影であって、本体はキリストにあるのです
コロサイ2:16 17

ザアカイさん、皆さま、こんばんは!
うちの牧師先生も冗談で、クリスマスはクルシミマス、とおっしゃっていました(^o^)
一年中であわただしくて大変ですよね~
どうか良いクリスマス&良いお年をお迎えください!
主イエスさまの恵み豊かにありますように!

一年中であわただしくて

一年中で一番あわただしくて


デス ごめんなさい(>.<)

ゆうさん、こんばんは。
いつもモトイさんとこのコメ欄読ませてもらってますので、お久しぶりという感じはしませんが^^;

今年もいよいよあと今日を入れて1週間ほどですね。
何とか乗り切らなくては --;

この世的には何もいい事のない苦難ばかりの一年でしたが(ここ10年近く毎年そうかな?)、来年に希望を持ちつつ主と共に歩めますように。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/187398/50301407

この記事へのトラックバック一覧です: 神の子羊~過ぎ越しの贖罪の血:

« 哀歌より | トップページ | ジュリアン=アサンジ保釈 »