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2010年11月14日 (日)

田原米子さん

実は今日、教会で伝道会と称して、田原米子さんのビデオ鑑賞会がありました。
話には聞いて知っていましたが、生前の姿を知るのは初めてで、なかなかはっきりしたストレートの直球勝負タイプのキャラなのは意外でしたね。

とてもじゃありませんが、両足切断、片腕切断、残った右手が指三本の重度障害者であったとは想像できません。義足をつけて歩く姿は普通の人と変らない・・・

周りが暗かったから良かったですが、思わず熱くなり・・・涙が頬を(ToT)
実は私、今、少年時代のヒーローもののDVDを見直していまして(笑)、「仮面ライダーX」~全35話見終わり(速水亮、かっこよかったですね!)、昨日から「キカイダー01」へと(爆;)
一本旧作一週間レンタル90円です ^^;

01扮するイチロー曰く、「アキラ君、男は絶対に泣いちゃいけなんだよ!」とのセリフに「(o'ェ'))コクコク、その通り!」と共感を覚えたばかりなのに(-_-;)

ここでちょっと資料を拝借します。

http://homepage2.nifty.com/cocopapa-ken-y/massage8.html

説教題 「キリスト教人物伝:田原米子」  
聖書 Ⅱコリント5章17節
      
      『だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。』

      
      
 おはようございます。私が担当させていただく時には、しばらくの間、有名なキリスト教の偉人たちの紹介をさせていただきたいと思っています。
        作家の三浦綾子さんの作品の中に、このような一文があります。「自分で自分の人生に見切りをつけた時、その人生は貧しくなる。しかし希望をもった時、実 に豊かに生き得るのだ。全国のどれだけ多くの人が、田原さんの生き方に力づけられたことだろう。」2005年4月に67歳で天に召された田原米子さんを偲 ぶ言葉であります。田原米子さんは将にこの言葉の通りに生き抜いた人でありました。彼女は高校3年生の時に、一番愛していた母親を亡くてしまいました。そ のことがキッカケとなって、彼女は全てが空しくなり、ついには電車に身を投げて自殺をはかったそうであります。幸い命だけは取り留めたんですけれども、そ の時に両足と片手を失い、残っている右手も3本の指しか残っていない。そういう悲惨な経験をなさった方です。もう一生涯、人の面倒にならなければならな い。意識が戻って、それを知った彼女は再び死んでしまおうと思い、痛み止めの睡眠薬を致死量までこっそりと溜め込んでいたと言います。けれども、そんなあ る日、あるアメリカ人宣教師と一人のクリスチヤン青年との出会いが、この人の人生を大きく変えることになりました。彼らは病室を何度も訪れて、讃美歌を歌 い、聖書の御言葉を読んで彼女を励ましてくれたそうであります。最初の内は、ベツドの中でかたくなに二人を拒否していた彼女でしたけれども、しかしある 日、その二人が置いていったカセツトテープを何気なく聞いている時に、彼女はついに変えられたのです。

そのカセットテープにはこういうメッセージがふき込 まれていました。「神様は、あなたにどんな欠点や弱い面があっても、そのままの姿で愛しているのです。そして、あなたを生かしたい、助けたい、幸せになっ てほしいと思われて、独り子イエス・キリストをお遣わしになったのです。キリストは、神様に背を向けていた私たちの罪の身代わりとなって、十字架の上で死 んで下さいました。それほどまでに私たちを愛して下さっているのです。」彼女にとって、この言葉は本当に衝撃的な言葉でした。「私を愛してくれているお方 がいるなんて!」愛する母親を亡くした時以来、彼女の心にはぽっかりと穴が空いていて、もう誰も信じられなくなっていました。生きている意味も分からな い。この世から消えてしまいたい。そんな彼女の空しい心に、この御言葉は見事に響いていったのであります。「キリストは命を賭けて私を愛していて、信じる 者に新しい命を与えると言っている。自殺するのはいつでも出来るのだから、キリストが神かどうかは分からないけれど、この人たちの言うことに賭けてみよ う。」彼女はその時、こう思ったそうであります。彼女はその時のことをこのように振り返っています。「その晩は、入院以来初めてぐっすり眠ることが出来 た。翌朝、目がさめた時には驚いた。病室の窓から射し込む朝日がまぶしく、見慣れていた周りの風景のどれもが輝いて見えたからだ。ふと自分の右の手を見る と、それまでは指三本しかないと思って絶望していたのに、三本も残っていることに気づいた。しかも、親指、人差し指、中指と並んでいるから、鉛筆をもって 書くことも出来る。ちょうど幼児が初めて鉛筆で自分の名前が書けた時と同じくらい嬉しくてならなかった。

枕元にあった聖書を何気なくめくってみると、次の 言葉が目に飛び込んできた。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりまし た。」コリントの信徒への手紙第二の5章17節。たしかに私は「新しく造られた者」だ。そして今日から新しい人生が始まったのだ。心が変わったから、同じ ものを見ても違って見える。もう指がない、足がない、などと言って、くよくよすることはしない。神様が「そのままの姿でいいのだよ」とおっしゃって受け入 れて下さっているのだから。その日、病院内で会う人ごとに『おはようございます』と自分の方から無意識のうちに挨拶していた。これも入院以来、初めてのこ とだった。何故、きのうまでの私と、こなにも違うのだろう。そうか、昨日、私は神様に「助けて下さい」と祈ったんだったけ。」

        「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」このことに私たちの目が開かれたならば、田原米子さんのように、たとえどんな寂しさや悲しさ のただ中に置かれたとしても、「この神様は私を決してお見捨てにならない。人が私を見捨てても、裏切っても、この神様だけは私を愛して抜いて下さる。この 愛は永遠に変わることがない。」この平安が、私たちの心の最も奥底に届けられるはずであります。

        彼女は亡くなられる直前まで、全国各地の中学校や高校で精力的に講演活動をなさいました。彼女の講演を聞いた女高生の中には、親にも先生にも相談出来な い心の悩みを打ち明けてくる子供もいたそうです。携帯電話のメールで、「こういう時にはどうしたらいいでしょうか」という人生相談のメールが、よく送られ てきたと言います。本当に最後の最後まで、希望に生きる生き方を世に証しなさった方であります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上引用~

前向きになれればという条件付ですけど

発想の転換
~人間の可能性は無限である

いつかは死ぬんだから、何も自分から死に急ぐことなどない

喜ぶ時はいっしょになって喜び、悲しむ時は自分のことのように共に悲しむ~これは何とすばらしい恵でしょう

身近な人を許すのは難しいが、そのことは完全に罪から解放されていない証拠なのです

車椅子だって、義足だって、前に進めりゃ同じ、それでいいじゃない

~以上、心に残った彼女の言葉です。

素晴らしい証しでした。まさにキリストの愛を、主と共に歩むということを実践してくださった方であると確信しました。そして身障者である彼女を通して、神の栄光を顕したということ。彼女でなければできなかったことだったのでしょうね。

う~ん?私も見習わねば!2~3日はモチベーション維持できるのですが --;
時間と共に「何で自分はこんなに無力で無能なんだ~!何やってもダメ!生きる価値などないではないか~!」となってしまう(涙;)

あ、そうそう。肝心なこと忘れてました。

実は私本日、明日のイベントの準備の為、1時から用事があり行く予定ではなかったのです。ところが!教会の姉妹に「土曜日か日曜日、ちょっと頼むのあるから持ってきてくれる?」と、食品の配達を頼まれてまして・・・「明日はちょっと抜け出せないし・・・よし!2時に切り上げて行くしかないな。テント二梁張ったから義理立ったろう」と、そのあと教会へ直行。いやあ~、行ってよかった!勇気を与えられました!

配達頼まれてなかったら行かなかったかもしれない・・・ビデオ見ることもなかったろう・・・と考えました・・・

聖霊は人知れず、静かに、思わぬ形で道備えをなしてくださり、結果益となるよう働かれるのですね・・・ハレルヤ!

これがあるから、この世にどっぷり浸かっていては味わえないことがあるから、どんなに神に悪態ついても、キリスト者やめられないんですよね!

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コメント

田原さんのことは、コロ助のノンクリ時代に、よくマスコミに取り上げられていたから知っていました。
田原さんも帰天されたのですね。これでようやく田原さんも、欠けのない、新たな姿になったのですね。
コロ助も天に召されれば、欠けのない脳(心)をいただくことが出来るのでしょうか?

ザアカイさん、皆さん、こんばんは。

田原米子さんの記事を読んだ時、20代前半に購入した
「生きるってすばらしい」という彼女の半生の証の本を手に取り、
また読み返していました。

>彼女は全てが空しくなり、ついには電車に身を投げて自殺をはかったそうであります。

彼女の証によりますと、

「生き永らえていることが無性にせつなくて、空しくて、一日も早く死んでしまいた、死んで、できるのならお母さんのところに行ってしまいたいと、何かにつけて考えるようになった」

「心の中におしこめられている、やりきれないような虚しさや、たまらない淋しさや焦燥感などを、思い切り爆発させてしましたかった」

と鉄道自殺をはかる前、心の中を打ち明けています。
その心の葛藤の中、この世の楽しみをしてその叫びを打ち消そうと必死にもがきましたが、ついに彼女は、その身を電車に投げて・・・

「生きたいと思う。そのためには目的が必要になる。しかし、それをどこに求めてよいのかわからない。だれかに教えて欲しいと思うが、誰も教えてくれない・・・」

この葛藤は多かれ少なかれ人が人生の中で一度は経験する魂の叫びなのではないかと思います。
そんな彼女の叫びは天に届き、神さまの目に留まり、その命を生かしてくださったことは、神の愛と栄光が彼女を通して現わされる神の御こころだったのでしょうね。
三肢切断――肉体的なハンディは誰もが経験しない困難な中に置かれましたが、彼女の魂は主イエスを見出した時から喜びに満たされ、平安を得るとができたこと・・・彼女が新しく生まれることができたのを見るとき、生きた神の働きを見ることができて感謝!

その本の中に当時私が記した聖書の御言葉を書いておきますね。

     あなたの光りは、やみの中に輝き上り、
     あなたの暗やみは、真昼のようになる。
     主は絶えず、あなたを導いて、
     焼けつく土地でも、あなたの思いを満たし、
     あなたの骨を強くする。
     あなたは、潤された園のようになり、
     水のかれない源のようになる。(イザヤ58・10-11)

コロ助さん、こんにちは。

まさしく凱旋帰国と言ったところだと思います。仰るとおり、本当の意味で完全なる姿になったことでしょう。
コロ助さんと限らず、その時は私も?欠けのない霊的な、復活後の主イエスのようになれると信じます^^;

enjeruさん、こんにちは。

まったく同感です。
伝道の書の「空の空、空の空、いっさいは空である」
至極名言ですね。

私も今思えば、「若い頃は楽しかった」と言えますが、当時は当時で、何か空虚感を感じていたのは事実です・・・何かを捜し求めていたんだと思います。
せっかく新しくなれたのだから、田原さんのようにこの物質世界において、雄々しく戦い抜いて
「燃えたよ、燃え尽きたよ、真っ白な灰に・・・」と言うことが出来て、凱旋帰国できるならどんなに幸いなことか。

私じゃ無理かも(涙;)

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