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なんでも&緊急連絡版

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2008年8月20日 (水)

ヨーロッパ合衆国のパワーセンター=ドイツ、フランス?

 まずお知らせです。左サイドバーにもリンクを張っておきましたが、よくコメントくださる、わたぴ~さんのブログ「三軒茶屋の軒下から~」が最近開設されました。聖書に興味がある方、キリスト教をかじってみたい!という方にお勧めです。わかりやすく解説してますよ(^^♪。

 正直言って、驚きを隠せません(-_-;)。タダモノではない・・・とは感じてましたが、あのような賜物に満ち満ちていたとは!下手な聖書学者、牧師先生顔負けです・・・わけわからん神学校へ行くよりいいです!タダだし(笑)。おまけにへんに信仰偏ってないし。

「この世の誰をも教師と呼んではいけない」との聖句から(新約のどこだっけ?(^^ゞ・・・ヤコブ書だったか?私のレベルはちなみに、この程度!わかっていても、箇所が出てこない!見つけるのに5分はかかります)「先生と呼ばないで下さい」と言うので、わたぴ~先生とは言わないで、わたぴ~さんと呼びましょう。

 ぜひ一度訪問してください。わがブログのコメンテイター諸氏も盛り上げてくれてますm(__)m。聖書の基本からの学びにぜひ!ちなみに私も「三茶わたぴ~聖書学院」(勝手に命名(^^ゞ)の生徒の一人に、これまた勝手に!させていただいてますm(__)m。間違いなく「今の時」に、ここ日本の地に遣わされた器でしょう。私などではどう逆立ちしても・・・あのようなブログを書くことは不可能です(ーー;)。

 さて、というわけで本題。私は私なりに出来ることをします。最近・・・ロシアに焦点が集中してます・・・ロシア情勢ブログになりつつあるきらいが(-_-;)・・・

 北野幸伯氏のメルマガから抜粋。この人のロシア現地情報は貴重です。全文読みたい方は以下から。

http://archive.mag2.com/0000012950/20080818225130000.html

3、欧州を分断

旧ソ連では、バルト3国が既にNATO入りを果たしました。

その他、ウクライナとグルジアがNATO入りを目指しています。

しかし今回の戦争で、グルジアのNATO入りは、遠のく可能性があ
ります。

なぜでしょうか?


欧州は二つに分裂しています。

一つ目の陣営は、(アメリカ)・イギリス・東欧諸国。

これらの国は、ロシアを敵視しており、「反ロ軍事同盟」であるNAT
Oにグルジアを加盟させたい。

東欧諸国は、1989年まで実質ロシアの植民地だったので、非常に
恐れているのです。


もう一つは、フランス・ドイツを中心とする西欧諸国。

これらの国々は、石油・ガスをロシアに依存していることから、対立
を望んでいない。


「グルジアなんて遠い国のために、俺たちがとばっちりをくらっては
たまらない」と思っている。


考えてみてください。

グルジアが既にNATO加盟国だったとしましょう。

すると今回の戦争はNATO(アメリカ + 欧州)軍 対 ロシア軍
の全面戦争ですよ。

当然ロシアは欧州むけの石油・ガスを止めたでしょう。

そして、戦場が拡大した場合、犠牲になるのは遠いアメリカではな
く欧州です。

この戦争は、西欧の恐怖が現実化することもあり得ることを証明し
た。


独仏は今後も、グルジアやウクライナのNATO入りに反対していく
ことでしょう。

以上引用~

* ロシアにガスプロムというロシア最大のガス会社があります。ちなみに天然ガスの埋蔵量世界第一位がロシアで二位がイランです(-_-;)・・・

それから、メドベージェフ大統領がCEOだか会長?だか忘れましたが、ここの出身です。去年だったか?ウクライナがこれでいきなりガス価格を値上げするぞと脅かされ、痛い目にあってます。そして故意か過失か?いきなりパイプラインの故障でガスが突然止まることがある(-_-;)。欧州の冬は日本より厳しい!真冬に「あ、そ!じゃあ天然ガスのパイプライン止めるわ」と脅されたら・・・びびりますよね?冷凍砲が発射されるわけだから。

サマリア人さんのレポートにあるとおり、シュレーダー元首相は、イラク戦争の時から親ロシアでした。今考えれば、あれがドイツの本音かもしれません。メルケル首相にしても、親米のように見えますが、本心はわかりません・・・フランスの猿孤児にしても・・・失礼、サルコジ大統領ですね、腹の底では、そう簡単にアメリカに尻尾を振るようにも思えない・・・

イギリスに限っては、イスラエル、アメリカと一蓮托生と見ていいかもしれません。ここに案外、大陸ヨーロッパの弱みと同時に、米ロ対立の漁夫の利を得て、生き延びて覇権を取り戻す鍵があるような気がします。そして私は少数精鋭のEU(西欧)と中国で世界覇権を目指し、ハルマゲドンまで行くような気がする。イスラエルは当然、破壊されないことでしょう。主の再臨の地として不可欠なはず。

現実的に、今の欧州、中国ではどう逆立ちしても、米ロと戦争して勝てるわけがない!聖書預言から推察するに、やはり米ロ対決は避けられず、世界の二大スーパーパワー没落後、新たな地球人類が滅亡しない程度?の、覇権国家が誕生するのでしょう。そうじゃないと、人類はマジ、滅亡してしまうと思う。ここに神の配慮というか、憐れみが働く気がする。

その当のアメリカですが、すごい事になってます!8/17の株価で

フレディマック  -24.96% 終値$4.39
ファニーマエ   -22.25% 終値$6.15

だそうで、双方で600兆円近くの債務保証(一般のアメリカ国内の商業銀行の住宅ローン債権も再保証している)があり、株主に責任を取らせて、国有化という手も難しいとか?明らかに債務超過であると。なんせ住宅価格が下げ止まらないので、損失の確定が出来ないらしい。そして、シティ、リーマン、メリル、AIG、GM、フォード、それからここに来てGE(ゼネラル=エレクトリック、ここも金融子会社を持っていた)と、世界に冠たるアメリカの大企業群が危ないらしい・・・

当然ファニーメイ、フレディーマックの債権(フレディーポンド、ファニーポンド)を大量に買い込んでいる日本の農林中金、三菱東京UFJ、そして郵貯などもただじゃあ、済まない筈・・・結局はめぐりめぐって、我々一般市民の生活が破壊されるわけです。

ここまで来ると、FRBといえどどこまで支えられるか?ましてやロス茶、ロックさん連中でさえ、いくらまで金出すんでしょうかね?パトロンに見捨てられて、追い詰められたアメリカがとる手段と言えば・・・戦争しかないんでしょう・・・要するに旧約の時代から人類は全然進歩してないわけです・・・悲しい限りです・・・

当然こうなったら、これ以上ロシアは黙っていませんわね?イギリスも、みすみすかわいい子分国家=アメリカを失うわけにもいかず参戦か?

少なくとも、私ごときでさえ、このような推理が働くまでに、この世の時は進められた気がします。

その時には、世の初めから、現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな艱難が起こるからである。

もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。

マタイ 24:21~22

だから、目を覚ましていなさい。その日その時が、あなた方にはわからないからである。

マタイ 5:13

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黙示録、聖書預言」カテゴリの記事

コメント

まいど、わたぴ~です。( ̄▽ ̄)

なんだか、久しぶりのコメのような。(;^_^A
それにしても、いきなり記事の中で紹介されるとは・・・持ち上げすぎです。(;~〓~)
さてはプレッシャーかけてますね? 心臓止まっちゃいますよ。ヾ(;´▽`A

それにしてもグルジア問題、いきなりでしたからね。いつでも、どこででも、何でも起こりえるということでしょう。油断大敵という奴です。ワタクシ、数字アレルギーですので、経済、金融はトンと疎いのですが、その国の状況や立場によって艱難の内容の突出した部分が
違うのかもしれませんね。例えばそれが、ある国においては、おもにに「軍事」であったり、他国ではおもに「経済」であったり、また「人権」であったり、「食料」であったり・・・。

>世の初めから、現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな艱難

怖っ!! (゚_゚i) 西暦70年のエルサレムの滅びでも、人肉が食べられてますから(聖書預言にハッキリ書かれてありますから・・・)
知り合いに聞いた話では、現在の中国でも同じことがあるらしいです。写真見たことあるそうです。(((((\(;゚∇゚)/ 
これ以上詳しくは書きませんが・・・(-_-;)|

それから、ザアカイさん、今更ながらお願いです。
ワタクシのブログ、実は「三軒茶屋の軒下から~」はサブタイトルで、「愚者の侃々諤々」がメインタイトルとなっております。<(_ _)>
紛らわしくてすみません。出来れば、リンク先のタイトル、変更しておいていただければ、嬉しい限りなのですが。(;^_^A

いえいえ、プレッシャーなどとんでもない。「素直に認めた」と捉えてください。
本当に今回の事件は、どこから何が起こるかわからないと実感しました。

>西暦70年のエルサレムの滅びでも、人肉が食べられてますから

→どこの箇所ですか?良かったら教えてください。

>出来れば、リンク先のタイトル、変更しておいていただければ、嬉しい限りなのですが。(;^_^A

→了解しました。さっそくやりましたよ。
実は私漢字苦手で・・・読めなかったんです(^^ゞ。カンカンガクガクだったとは!リュウリュウダクダクじゃなかったのね(笑)。


またまたわたぴ~です。<(_ _)>

>どこの箇所ですか?良かったら教えてください。

ハイ。では早速。(vv)

エレミヤ 19章9節   哀歌 2章20節  4章6~10節

ローマの歴史家であったヨセフスも『ユダヤ戦記』の中で詳しく述べています。
ユダヤ戦記によると143日におよぶ包囲のために、エルサレムでは飢餓のために人肉が食べられていたとはっきりと記されています。

>実は私漢字苦手で・・・

ザアカイさん、理数系ですか? ワタクシ、文系です。2人合わせれば「鬼にうまか棒」ですな。
もとい、もしそうなら、2人で1人「バロローム」ですな? ( ̄▽ ̄;)(なんのこっちゃ~)

>リュウリュウダクダクじゃなかったのね

そっちのほうが、インパクトあって良いかも。(>▽<;;

わたぴ~さん、ありがとうございました。
(^^ゞ・・・実はエレミヤ書、哀歌と3回くらいは読んでいるのですが
全然ここの箇所記憶にありませんでした(ーー;)・・・実質読んでないんだね(涙;)

>ザアカイさん、理数系ですか?

→トンデも8分、歩いて15分・・・って、古いギャグです(-_-;)。
文系ですよ。アクセサリーの法学部卒です(笑)。
タダ私変っていて、英語と社会系(受験科目は世界史でしたが)はなんでもOKでしたが
国語が苦手でした(涙;)。もし国語もできていたならW大かK大から合格通知が来て
人生変っていたかも?

理数系はジンマシンが出るほどダメです(涙;)
大昔?、一時期金融機関で働いていたことがあるので
金融、経済はある程度?わかるつもりです・・・
中学校の理科、数学(加減乗除)までは理解できましたから(笑)。

こんにちは
前述のガスプロム、今年の4月リビア国営石油会社は、協力関係の構築に関する覚書に調印していますね。。両社は、合弁企業設立の他、リビアからヨーロッパに向けた新たなガス輸送パイプラインの建設を計画している。と以前のニュースで読みました。
そして、今日のニュースで、リビアとアメリカ、EUとの関係が是正されており、
間もなく商品を関税抜きで販売可能にする連合協定(自由貿易協定)を結ぶ、とカダフィ大統領の息子が国営テレビ局にて、発表しました。
これをみると、世界はまさに持ちつ持たれつの関係で、1つにむかっているようにも見えるのですが。。そうはいかないのですね。
アメリカ、ヨーロパとロシアとの関係がどうなるかが鍵ともなりそうですが。

追伸、わたしも理数系、、だめです。
関数ですでに。。。つまずいてました。生物はすきでしたけど。化学もだめでしたcoldsweats01

バルナバです。
 キリスト者はたとえ八方ふさがりの状態になっても、天に逃げる道が
用意されているといいますが、私の場合もイエスさまは耐えられない試練は与えていないと
思っています。腎臓の機能も正常値ですし(蛋白は-~+2ぐらいです)、C型肝炎ウィルスも陰性です(インターフェロン治療のときは高熱で苦しみました)今は糖尿病と合併症(左目は硝子体の手術をしています)ザアカイさんのブログに出会う前は本当に苦しい時期でした早く楽になりたい、健康な体になりたい、死というものを身近に感じたことも有ります。
イエスさまに対する信仰も振り子のように揺らいでいました。しかし、私を支えたのは家族でした。せめて、3人の子供が成人するまでは傍に居てやりたい、私は中3の時に父を亡くしていますので自分の子供たちにはそんのな思いをさせたくありませんでした。そして、家族みんなで携挙されたい、そう強く感じていました。
そんな時、顔も素性もわからない、イエスさまを信じる人達と同志になれたのは嬉しい限りです。
私の理解では144,000人はイスラエル人です、私たちは
その後、私は見た。見よ。あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、だれにも数えきれぬほどの大ぜいの群衆が、白い衣を着、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立っていた。 (黙示録7-9)です。

長老のひとりが私に話しかけて、「白い衣を着ているこの人たちは、いったいだれですか。どこから来たのですか。」と言った。そこで、私は、「主よ。あなたこそ、ご存じです。」と言った。すると、彼は私にこう言った。「彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで、その衣を小羊の血で洗って、白くしたのです。 (黙示録7-13~14)
私は大艱難の前に携挙が有ると考えています。
アンさんが艱難期の前に携挙されたら、私は後から携挙されるので待っていてください。
合言葉は『子羊通信』ですよ。

わたぴ~です。<(_ _)>

>彼らは、大きな患難から抜け出て来た者たちで

あらら、バルナバさんに言われちゃいましたか。(;^_^A
実は、この箇所に関してはワタクシ、伏せておこうと思ったのですが・・・。
「世の初めから、現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな艱難」ですから、「主に従うもの」は神様からの聖霊の守りがなければ、助かることは難しいと思うんですよね。
ただでさえ「主に従うもの」は狙われているわけですから、携挙後、再臨までの間、地上において聖霊が取り除かれてしまうというのは、少し考えにくいのです、個人的に。(vv)

携挙って前か後のどちらかなんでしょうかね? 案外両方だったりして・・・ ( ̄▽ ̄;)


>世界はまさに持ちつ持たれつの関係で、1つにむかっているようにも見えるのですが。。そうはいかないのですね。

→難しいところですね・・・中国とアメリカだって経済的には協力関係にあるし
BTCラインだって、ロシアとBP(ブリティッシュ=ペトロリアム)の合弁ですし・・・ほんとロスチャイルドはしたたかですね、双方に保険かけてる(ーー;)。

バルナバさん・・・常連コメンテイターの中ではウェッブ上とはいえ、nnobitaさんとともに一番つきあいが長くなりましたね。
お気持ち、痛いほどわかります。私もプチ迫害を受けているとはいえ、かみさん一人(当たり前か)とわがままな高1のバカ息子が一人いますから。
未信者でも、二人から「頭がおかしい」と言われても、日曜日が来るたびに睨まれようと
出来が悪くとも「たとえ自分はどうなろうとせめて家族だけでも・・・」と思うものです(当の二人はそんなことなど思ってもいないようですが)。

>ザアカイさんのブログに出会う前は本当に苦しい時期でした

→私は時々ですが「主よ、私のやっていることは本当に御心にかなっているのでしょうか?
もし間違って、暴走しているようでしたら、取り返しのつくうちに、速やかに教えてください」と今でも祈る時があります・・・
「何の役にも立ってない無力な人間だな」と思うのですが、あながち間違ってもいないようですね。
いてもたってもいられず、ブログやってよかったかもしれません、感謝。

わたぴ~さん、懲りずに再来場、感謝の限りですm(__)m

>携挙って前か後のどちらかなんでしょうかね? 案外両方だったりして・・・ ( ̄▽ ̄;)

→バルナバさんに指摘されて、ハッとしたんですよ!
そして、イラク、アフガン、北朝鮮の人たちなどは、すでに大艱難期のまさに最中でしょう。
歴史上でも、フスなんか生きたまま火あぶりにされたわけで
解釈次第ですが、プリターナチュラルの体となり、144,000人の一人としてスタンバっているかもしれないし・・・
益々わからなくなってきました・・・前とも取れるし、後とも取れる・・・

ひょっとしてわたぴ~さん、国文科の出身ですか?
なんか先天的な読解力に聖霊の賜物が加わっているみたい?
聖書の深読みにかけちゃあ、私の知る限り一番かもしれませんね・・・
人間ですよね?・・・実は天使だったりして(;一_一)
悪気はないので怒らないで下さいね(^_^;)

わたぴ~です。<(_ _)>

>携挙って前か後のどちらかなんでしょうかね? 案外両方だったりして・・・ ( ̄▽ ̄;)

と、ワタクシ自身言ってみましたが、これはそんなに大げさな話ではありません。。(;^_^A

というのは、聖書を学んでいると「真理は一つ」という観念がどうしても出来てしまうので、
(それはその通りなのですが) ともすると、何でもかんでもそれに当てはめようとしてしまう傾向が出て来やすいと思うんですよね。「二者択一」「二極論」に陥りやすいというか。( ̄ー ̄;
人間社会の物事(出来事)って、必ずしも一方が善なら他方が悪という訳ではないですし、同じ善でも程度問題ということもあったりしますから、そういう「人間の側の考え、感覚」が聖書理解に反映されやすくなればなる程、「解釈」と「適用」がごちゃ混ぜになりやすいのではと思うんですよ。そうなると、「適用」が先立ってしまった場合、「真理は一つ」であっても混乱しやすくなり、真理である答えが曇りやすくなってしまうかも・・・。
「神は唯一」ですから、「神=真理」ゆえに「真理は一つ」であり、本来、イエスの例えからもわかるように、真理は非常にシンプルに説明できるはずなのですが(真理は一つ=答えは一つ)、人間の理解力ではどうしても限界が・・・。(-_-;)

>国文科の出身ですか?

いえいえ、ワタクシ、高校中退です。(;´▽` A大学の勉強なんてカジッたこともありませんよ~。

>聖書の深読みにかけちゃあ

ワタクシもサマリア人さんと同じく、納得しないと気がすまないタチなもので。( ̄  ̄;)
(ワタクシの場合は、単に疑い深いだけかも?)

>人間ですよね?・・・実は天使だったりして(;一_一)

ワタクシの場合、どちらかというと「早く人間になりたぁ~いっ!!」(古っ!!) w(゚ロ゚;w(゚ロ゚)w;゚ロ゚)w
まぁ、それは冗談ですが ( ̄▽ ̄;) ごくごくフツーのオヤジですよ。もし、ワタクシのコメントを通して聖霊の賜物を感じられているのであれば、神様がワタクシを通して御手を働かせてくださっているのでしょう。ワタクシの力などではありません。<(_ _)>
まぁ、当の本人は全然そんな自覚はありませんが・・・(やっぱりヘッポコクリスチャン決定だな (((( ( ̄ ̄;) )

すみません。わたぴ~です。(;^_^A  訂正です。

>(誤)いえいえ、ワタクシ、高校中退です。(;´▽` A大学の勉強なんてカジッたこともありませんよ~。

>(正)いえいえ、ワタクシ、高校中退です。(;´▽`A  大学の勉強なんてカジッたこともありませんよ~。

尊敬する神の人デイビッド・ウィルカーソン牧師のメッセージスレを貼っておきます。
http://www.google.co.jp/gwt/n?u=http%3A%2F%2Fdavidwilkersonjapanese.blogspot.com%2F&hl=ja&q=%E4%B8%BB%E3%81%AE%E6%97%A5&source=m&start=5&site=web

レムナントにも出入りしていますので、一度おいで下さい。実名フルネームでなくてよろしいですよ
http://6202.teacup.com/remnant/bbs

バルナバさん、nobitaさん、ザアカイさんにわたぴ~さん、皆さん博学ですね。
携挙は信仰です。期待していない人は取り残されます。奥山実先生が「世の終わりは近い」という黙示録講解講義で仰っておられました。
聖歌にも♪何時か知らねど~主イエスの再びこの世に来たもう日ぞ待たるる~、その時聖徒は死よりよみがえり我らも栄えの姿とならん♪ですわ。

sa15nnobitaです。みんなが「のびた」と言うもので、今度から「のびた」にします。

上記コメントで、気の付いた所を自分なりに書いてみました。

まず携挙ですが。カトリックの幻視者の情報をまとめれば、艱難前にも艱難中にも再臨直前にもありそうです。艱難後は再臨ですから、携挙の必要はありません。

艱難前には、言葉が悪いのですが、大混乱の時代にじゃまになる幼子や年寄りが神の憐れみによって最初に携挙されます。彼らは「携挙」なる言葉も知らないでしょう。天は、ラプチャーには目撃者がいる、と言います。そうでしょうね。そうでなければ、単なる大規模なオカルト的誘拐と見なされるでしょうから。その意義を残された人々に考えさせるのには目撃者が必要となるのでしょう。

次は、艱難中、再臨直前のその他の人々ですが、どのような人が恩恵にあずかれ、どのような人がそうでないかは、カトリックの罪の教義と関連するのでここでは書かないことにします。

皆さんが誤解していることは、携挙された人はそのまま天国へ直行するのだ、と思われていることです。彼らは、まだ地上で学ぶべきことがあるのに、神の憐れみによって一時別の場所に避難させられたと解釈されればいいと思います。平和の統治が始まれば、彼らは空から降りてきます。

八方塞の時でも天だけは塞がっていなくて開いている、と言われています。だから、人が自分の手に余る困難に直面した時、天に助けを求めるのです。しかし、イエスの「御父よ、どうして私を見捨てられたのか」の時には、天も塞がっていたのです。天から見捨てられた感覚、何の応答も無い感覚、家族も無く友達もなくてもいいが、私には神があるからいいという最後の寄り所まで失った感覚、まったくの孤独感。それでも、神よあなたのお好きなように、と言わなければならないのです。

これを通過する人が14万4千人と数が少ないのはそのためです。イスラエルの部族の血を持つ人が日本人の中にも案外いるのですから、日本人からもでてくるでしょう。

「先生」と呼ばれる人たちの教えがすでに限界にきていることは、世を見ればわかることです。それは、聖職者にも言えることです。彼らは「論語読みの論語知らず」です。平和の統治では役不足、多くの人はその任を終えています。天は平和の統治の時代の先生を選びつつあります。それが、小さき人たちの群れから選ばれるのは、平和の統治の構成員がそういう人たちであることからもわかります。教会にはその牧師よりも聖書をよく知り、その牧師よりもよく祈り、その牧師よりも謙遜な平信徒はいるものです。きっとそういう人は、神から目を付けられるであろう平和の統治の先生候補です。

ひぇー!カトリックでもそんな意見あるんですか、知らなかった。実は敢えて言わなかったのですがプロテスタントのクリスチャンの預言の賜物を持つ方々の中に同じ意見持つ方がおられるんですよ。
例えばメル・ボンド牧師 彼は今年秋来日されるのですが、携挙ラプチャーについて徹底してみ言葉から研究し、先ほど研究の成果を発表しました。それによると、ラプチャーは過去に何度も起こっているそうで①エノク②エリヤ③これは特別ですがイエス様の昇天とそれに付随したシェオールからのパラダイスの住民たちの天へのエクソダス(キリスト復活前まではエデンのパラダイスは霊の地下に隠されていました。エゼキエル31:15-18)これはラプチャーとは微妙に違います。
そしてこれから起こるのが④患難に関係なく2000年の間何時でも起こり得る花嫁の携挙(子供や未信者の老人については不明、小説レフトビハインドでは10歳以下の子供は無条件で地上から避難されたとありますが)
⑤七年患難の真ん中でもう一度ラプチャーがある。緊急避難 いよいよ地は混乱
⑥二人の証人の携挙と幾等かの方々のラプチャーがあるそうです!そして
主はオリブ山ゲッセマネの庭に聖徒と共に地上再臨

すくなくとも三回携挙があると

ザアカイさん、こんにちは。
ザアカイさんは、渋谷にある某有名大学の法文学出身の方だったのですね。
「ひぇ~!」そのような方を相手に反論など・・・。とてもとても出来ませんわ。
でも、過去のコメではたくさん反論してるし・・・。無知な私としたことが・・・。
聖霊の力がなかったら、とても出来ないことでした。遠い田舎から、見守るだけだったかも。
わたぴーさんが、中退ってホントかな?私には信じられませんけど・・・。

主に一つ証をするように導かれています。ホントは、胸の内にしまっておきたいと主に申し上げたのですが、「語りなさい」というのが、主のお答えでした。(使途19・18)
博学な皆さんの前、証をするのは、私にとって非常な勇気がいります。たろさん同じで、びくびくしながら、コメ書いています。
だから、失礼な文章があったら、赦して下さいね。

以前、追突事故をされたこと話しましたよね。その朝、「まさ夢」を見たことも。この話には、まだ続きがあるのです。その3日後、私また夢を見たのです。
それは、映像があるのではなく、心に語りかける「声」でした。その時、すでに「むちうち」の症状が出て体調はよくありませんでした。
「仕事を辞めなさい。そして、大勢の悩んでいる人々のために祈りなさい」
ザアカイさん、私「終わりの時」このような霊の世界は十分気をつけなければならないこと承知していました。
そこには、サタンの領域でもあると思っていますから・・・。それで私、その「声」に向かって
「これは私が自分で考えて言っていることなのですか?」と聞き返しました。(どういったらよいか分からなかったので・・・)
すると「声」が返ってきました。
「わたしだ」と。
私は、3日前「まさ夢」を見ていたので、とても恐ろしくなりました。サムエルに主が語りかけた聖書を思い出しました。(サムエルⅠ 3:4-10)
私は、とりあえず「声」に従って仕事を辞める決心をしました。仕事を辞めることは、すぐ生活が経済的に圧迫されるのは目に見えていました。
住宅ローンを抱えていましたし、夫の給料も下がって・・・。しかし、主に従うことが一番だと。
退職は1ヶ月前に言わなければならないのですが、スムーズに辞めることができました。
それから、病院に通いました。その間、負債はどんどん膨らんで・・・。ホントにあれが主からのものか、弱い私は何度も主に訴えました。
ただ、御言葉のみが支えでした。
医師が、「もう大丈夫ですよ」と通院を止め、体調も良くなっていました。
それから2001年8月3日、私の通帳に自賠責の保険と任意の保険の支払いが一気に振り込まれました。ザアカイさん、その額を見て驚きました。
負債の合計+2万円でした。この時、あの「声」もあの夢も主からのものであることがはっきり分かりました。
うれしくて、うれしくて・・・。「ハレルヤ、主よ感謝します」と心からいえました。
経済的な試練の最終段階の作業は、負債のある金融機関への返済でした。負債が「ゼロ」になった日。それが試練の終わりでした。
金融機関にお勤めだったザアカイさんなら、私のいわんとすることがよく分かると思います。
2回目の経済的な試練もそうでした。負債が「ゼロ」になったのです。これは、私に対する主からの試練でした。
けれどもこの試練を通して、主と深く結びつき、主の備えを体験し、さらに主を愛する者に変えられたことは、感謝なことでした。(ピリピ4・11-13、19)
多くの方が経済的な試練にあっていると思います。このように助け出す主を知ることができれば、どんなにか希望と光を見出すことができるでしょう。
私が受けた恵みは、イエスさまの信じている方なら同じように体験することが出来ると信じます。(コリントⅡ6:8-10)
もし経済的な試練の中にある方がおられるなら、「ジョージ・ミュラーの祈りの秘訣」(いのちのことば社)を読むことをお勧めします。
この本によって激しい試練のとき、魂を励まされました。

わたぴーさん
>ワタクシもサマリア人さんと同じく、納得しないと気がすまないタチなもので。( ̄  ̄;)
いやー。。頑固者の比較対象になってしまってます。。わたくし。まあ本当だからいいか。
しらべるの大好きですから。。理屈っぽすぎるかも。だからなかなか前に進めないのね。
わたぴーさん中退しているんですか?きっと、なにかの専門職の方なのでしょうか?器用そうです。
じつは私も高校中退してます。(中学もほとんどいってませんしcoldsweats01
通信制高校と大検併用で受験して、首都圏にある私立大学に進学しました。
英語は当時、得意だったのです。でもいまでは使ってないので、ドイツ語と混ざってます。

のびたさん
>sa15nnobitaです。みんなが「のびた」と言うもので、今度から「のびた」にします。
すみません。。わたしがかってに、のびたさんと呼び始めてしまって。。
敬愛をこめているので、ゆるしてくださいね!
しかし、ラプチャー。。カトリックの幻視者の見方。。個人的にそうなるといいなと思います。
主に信仰を持つものの家族で、一番よわいものをラプチャーされるのが、最善だと。。
多くのクリスチャンは、獣政府の迫害を受けるのだろうと思うからです。
命の書に書いてないものは、獣の印をうけいれる。。ということは命の書に書かれている、クリスチャンがその艱難の時に獣の印を拒否するという、預言だと思うからです。

アンさん
ラプチャーの解釈が違うので、もしかすると、ちょっと敬遠されているかもと心配しております。
信仰がないのではなく、聖書解釈もいろいろあり、私には100%正しいと確信できないからです。
神にとってラプチャーをすることなど簡単です。しかし、神の御意志とはなんなのか?
たとえ、最悪小さな子供も艱難の前半に巻き込まれたとして、それは人間の歴史上ずっと起こってきたことであり、神は死んでも魂を救い、また生き返らせてくださります。
冷たい言い方と思われるかもしれません。わたしも幼子をもっていますので、
苦しみは想像を絶すると理解しています。
それでも、神は最悪の状態を回避してくださる、もしかすると苦しまないように弱いものの命を
病気なり、災害なりで召されることをお許しになるかもしれない。。それが違う形でのラプチャーかもしれない。。

マタイの16章21から23節にイエスが十字架にかけられると予告されたときに、
ペテロは人間の考えでもって、愛する主がそのようなことにはならないといいました。
そのとき、イエスは、ペテロをお叱りになりました。神のことでなく人間のことを思っている。と
それをふまえると。。ラプチャーがたとえ、なくても失望しないでいられるのではないでしょうか。
神が人間の考えで、キリストの犠牲を拒んだなら、私たちに救いはなかったのですから。
申命記を今読んで、いままで、異教徒に対する容赦ない裁きに恐れを抱いていましたが、その厳しさの根底には、人間を魂の死から救おうとする、愛がやっと私には垣間見えてきたきがするのです。
ひょっとすると、お父様の介護という話からアンさんは私より年上かもしれませんね。
若輩者の生意気な意見と思われるかもしれませんが、お許しください。


クリスチャンが、ある日突然集団失踪するこの出来事はかなり世界的なセンセーションを巻き起こす事でしょう。
飛行機操縦パイロットが突然蒸発してしまい、機内はパニックに
数機はトラブルの最中墜落炎上
ニュースキャスターも服だけ残して失踪、しかも生番組中の出来事でいくら映像分析してもトリックでないことが判明
妊婦の胎内の子らが消失 しかも世界規模で、約十歳以下の幼児たちが全て地球上から消え失せる!
人々は何が起きたのかパニックる、そして失踪したクリスチャンたちが家族に宛てたメモから世界は聖書に書いてある携挙が起こった事を認めざるを得なくなる。
http://www.google.co.jp/gwt/n?u=http%3A%2F%2Fhomepage1.nifty.com%2Fkameari%2Fworship%2F2004%2F10%2F1031.html&hl=ja&q=%E3%81%84%E3%81%A4%E6%90%BA%E6%8C%99&source=m

のびたです。

「三位一体」、「携挙」と続いたコメ欄の主題は、知ってか知らずか各自の生活の苦悩を読者に披歴する様相に進んできました。

いいことですよ。自分の中の誰も触れてほしくない何物かを他人に露わにすることは大変勇気のいることです。コメ欄がその助けの一助をなしたとしたら、大変役立つコメ欄ではあります。

そして、その次の認識は、他人は自分が最大の悩みと思っている事にほとんど関心がないということです。他人は、本人が思うほどその人の事を思っていないものです。他人は、実際、他の人にそんなに関心がないのです。人の関心の大部分は自分に集中しているからです。

コンプレックスがあるとすると、人に話すことによってその90%解決です。なぜなら、その後、自分の中でその問題を膨らましていたことがわかるからです。他の人はあなたのことをほとんど気にしてないからです。

コメ欄に自分を暴露して、ゲロしちゃいなさい。楽になるよ。 ね!ザアカイ刑事。

後のカツ丼はうまいよ。出前はいつも出入りの「のびた食堂」よりお届けします。

いやあ~、知らぬ間に盛り上がってましたね(^_^;)。
これだけ日本で!ハイレベルのクリスチャンが集められるとは、ブログを始めた時は夢想だにしませんでした。
ただただ、主に感謝です。

>他人は、本人が思うほどその人の事を思っていないものです。

→さすがnnobitaさん、おっしゃるとおり、世間などはこういうものです。しょせんは他人事。
主イエスと出会うまで、私はこれで生きてきました・・・
信じられるのは自分だけ、すべて自己責任、死のうが生きようが自分だけが頼り。
腐ってもタイ、つまらぬプライドくらい持とうよと。
社会へ出て、ほどなくこのことを悟りました・・・皆仕事に忙殺されていて他人を顧みる余裕すらなかったから。

ところが教会へ行きだしてわかったこと、このコメ欄兼掲示板もそうだと思ってます。
どこぞのサタンに乗っ取られた、I○Fキリスト教掲示板とは違う!というのだけが、わがブログの誇りでもあります。

人それぞれ、いろいろな賜物を持った人が、おのおの良さを発揮している。
ebony & ivory ~♪live together in perfect harmony ~♪
とポール=マッカートニーが1982年、スティービー=ワンダーとデュエットしてヒットさせましたが
まさにこのごとくですね(^_^)v

それと同時に、我々はキリストの肢体であって、だれか具合が悪いと
自分も具合が悪い・・・つまらぬプライドすらズタズタに引き裂かれ、主イエスに頭を垂れてはじめて
他人への気遣いが出来るようになり、思いやれるようになる。自分のごとく痛みをわかってやれる・・・
私も変ったものです、というか変えられたんでしょうかね?

とまあ、これがキリストの愛というものなのかなあ?などと。偉そうに聞こえたならスミマセンm(__)m。

それからenjeruさん・・・
鋭いですね(-_-;)・・・これで桜島の件とで痛み分けですね(笑)。
でも出エジプト2:13~15にある通り、モーセほどの、この世(当時のエジプト)の帝王学を学んだ人間でも
仲介役が出来なかったように、神の御前においては、この世のキャリアなど塵あくたなんですよ、きっと。
とは言え、わたぴ~さんが高校中退なら、私など中卒です(-_-;)・・・彼お得意のジョークなんじゃないかなあ?

その一方で、パウロがそうであったように、私も人生で今までやってきたこと、学んできたことが
このような形で生かされているのは事実かも?
英語、政治、金融経済、経理、歴史、陰謀論!(これが大きかった!)、PCときて、最後の仕上げがキリスト教と聖書だったから・・・
このブログ書くためだったのかも?などと勘繰ったり。
とは言え、まだまだひよっ子レベルですけど(涙;)
それと不思議なのは、私なんかより有能なクリスチャンはいくらでもいるのに、アクセスも増えてるし
よく続いているなあ?ということです(驚!)

いつも素晴らしい証しには励まされており、感謝しております、お金じゃ買えないから。
enjeruさんの聖書理解と応用力、主に対する素直さと従順は賜物であって、誰も真似できないと思います。
だからこれからも、使徒行伝のペテロのように、臆することなく大胆に!語ってくださいな。
みなさん楽しみにしていますから(^^♪

>大勢の悩んでいる人々のために祈りなさい

→あんがいこれが、enjeruさんに与えられた主からのミッションなのかもしれませんね・・・
ハレルヤ~!

バルナバです。
 皆さんの証を読むうちに私も書くように促されました。私がこの掲示板を読んでいるまだイエスさまを信じていない人達に分かってほしいのは『この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。』ローマ書5:5という事です

 >実は、この箇所に関してはワタクシ、伏せておこうと思ったのですが・・・。
わたび~さん、これはどうですか
『小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された。』 黙示録6:9~11

 この時までに携挙は終わっていると思います、携挙は生きたまま天に携え挙げられることです。私は携挙は突然多くの人々が聖霊とともに天に引き上げられ、残されたキリスト者は殉教か棄教、その他の人達は聖霊がいないのでイエスさまを信じることが出来ない状態になると思います。

『見よ。その日が来る。――神である主の御告げ。――その日、わたしは、この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。」アモス書8:11

バルナバさん。こんにちは。よろしくお願いします。<(_ _)>

最初にお断りさせていただきますが、ワタクシ自身、「艱難期前携挙説」に関して、全ての事柄を熟知しているわけではありません。また聖書理解に関して、自分の考えを押し付けるつもりもありません。ただ、バルナバさんと共に「主にあるもの」として活発に意見交換でき、またそれがこのブログをご覧になっておられる方々のお役に、少しでも立てば思っています。携挙に関して「前」であろうと「中」、あるいは「後」であろうと、大事なのは黙示録の講義ではなく、必ず来る「終りのときに備えるため」の励ましであり、また終りの時に備えることだと思います。「意見の違い=信仰の違い」ではないと思っています。(マルコ9章40節)

バルナバさんが挙げられた「黙示録6:9~11」についてです。

この聖句は素直に受け取れば、殉教する場合を含め、キリストを信じる信仰の歩みには苦しみを伴うこと、クリスチャンにはこの世にあっては患難があることを説明しているものとワタクシは思うのですが。

・黙示録:20章4、5節では「第一の復活」について述べられていますが、その復活にあずかることが出来る人たちが「殉教者」たちであることが記されています。では、この人たちはいつ復活するのでしょうか。テサロニケ第一:4章16、17節では「キリストの再臨 」「第一の復活」「携挙」となっています。その一つ前の15節では、「生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません」とあり、死んでいる人々が生き残る人々より先に復活します。このことから、「第一の復活」である最初の復活が「主ご自身が天から降って来られ」なければあり得ず、なおかつ、携挙によって生きたまま引き上げられる人たちよりも優先して神のもとで復活することが理解できます。ですから、大艱難の前に携挙があるのでしたら、その大艱難期の前に「第一の復活」がなければならないことになります。更にそれより先に「再臨」が行われなければならなくなってしまいます。また、コリント第一:15章23節24節には「復活には順序があること」がテサロニケ第一:4章16、17節と同じように述べられています。

また、同じテサロニケ第一:4章16節では、キリストが来られるのは「神のラッパの鳴り響く」時であると述べられています。「主は、号令と、御使いのかしらの声と神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。」ここで言う「私たち」は「キリストに従うもの(クリスチャン)」ですから、まず、主ご自身が天から下って来られなければ何も始まらないと理解できます。コリント第一:15章52節では、「再臨」「復活」「携挙」が起こるのは「終わりのラッパ」の鳴り響く時であることがわかります。この終わりのラッパは「最後に鳴らされるラッパ=第七のラッパ」と理解するなら、艱難前携挙説では「終わりのラッパ(第七のラッパ)」を大艱難前と聖書の記述通りの部分との2回に渡って吹かれなければならないことになります。

また、バルナバさんが採り上げられた黙示録6:9~11で「あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで」とありますが、ここで述べられている「あなた方」とは、この聖句にあるように「白い衣が与えられた殉教者」であることが理解できます。しかし彼らの血の復讐は、「殺されるはずの人々の数が満ちるまで」は行われません。バルナバさんのお考えでは、この時までに携挙は終わっているということですから、この時点で「携挙によって天に上げられたクリスチャン」と、「地上に残るクリスチャン」の2つのグループが出来てしまいます。なぜなら、殺されるはずの人々の数が満ちる以前に携挙が行われるのであれば、その時点では「人々の数が満ちていない」訳ですから、「あなたがたと同じように殺されるはずの人々」が地上にいることとなります。つまり、本来、殉教者となり「第一の復活」(死んでいる人々が生き残る人々より先に復活する)に預かるはずであるのに、携挙によって生きたまま引き上げられる人たちよりも後になり、取り残されることとなります。

では、この2つのグループ「携挙によって天に上げられたクリスチャン」と「地上に残るクリスチャン」の違いにどんな意味があるのでしょうか。また、どんな関連性があるのでしょうか。艱難時代にあっても携挙されて、安心していられるクリスチャンと、地上にあって艱難を生き抜かなければならないクリスチャンと、クリスチャンに2つのグループがあるということなのでしょうか。

・2つのグループができるのであれば、携挙は全てのクリスチャンが引き上げられるという訳ではなくなります。携挙そのものが「神様から守られる」ものなのであれば、地上に残されるクリスチャンは、携挙されていないので「守られない」ということになってしまいます。もしそうであれば、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな艱難を、ただでさえクリスチャンに対する迫害が厳しい中、偶然に無事に切り抜けてこられることは考えにくいと思います。(マルコ:13章20節)

・「艱難時代の始まる前にはクリスチャンではなかった、あるいは真のクリスチャンとはいえなかった。しかし、艱難時代に改心してクリスチャンになった」ということなのでしょうか。もしそうであれば、それはどの箇所の聖句から理解できますか。

・黙示録:3章10節「 あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう」

神がクリスチャンを「守る」場合、聖書の実例では、一般的に患難の「ただ中で守って」こられたことが見てとれます。たとえば、神がモーセを通してエジプトに「十の災い」を下されたとき、イスラエルの民はエジプトにおいて、その患難の「ただ中で」守られました。特に十番目の災厄の時には、聖別するためのしるしを与えられました。終末においても黙示録7章において(3節、4節)しるしが与えられています。また地上に大洪水が起きたとき、彼らは大洪水の「ただ中で」箱舟によって守られました。洪水から救われるために、別の場所に移動したわけではありませんでした。そして、神がノアの時代、人の世界に関して感じておられたことは創世記:6章11~13節に述べられています。

黙示録:3章10節の「試練の時には」と訳されている言葉は、ギリシャ語原語では「~には」「~から」とも訳されるエク(ek)であることをあげています。これは試練の時「から」あなたを守ろう、 つまり「試練の時を経験せずに済むように守ろう」、という意味にも訳せますが、原語に忠実な聖書訳は皆、「試練の時から」とは訳していないようです。「試練の時には」と訳されているようです。「試練の時には守ろう」は「試練のただ中で守る」という意味にとったほうが自然だと思います。もし「試練の時を経験しないように守る」という意味であれば、エクよりはアポ(apo)「~を離れて」が用いられただろう、とギリシャ語学者は述べているようです。また「試練の時からあなたを守ろう」という訳し方であっても、「試練のただ中で守る」という意味には全く解釈できないというわけでもないでしょうから、この部分に限っていえば「試練の時を経験せずに済むように守ろう」という解釈の決定打とするには少々無理があります。

・「彼ら(クリスチャン)をこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします」(ヨハネ:17章15節)
この聖句にある「守って」という言葉は、原語では、先に説明した「試練の時には守ろう」の「守る」と同じ言葉です。

・「あなたを守ろう」の句のすぐあとの聖句、黙示録:3章11、12節において

「わたし(キリスト)は、すぐに来る。あなたの冠を誰にも奪われないように、あなたの持っているものを、しっかりと持っていなさい。勝利を得る者を、わたしの聖所の柱としよう」

と記されています。仮に患難時代の前に携挙があって、患難時代に地上にクリスチャンがいないのであれば、なぜ「あなたを守ろう」と言った後に、「持っているものをしっかりと持っていなさい」と述べられているのでしょうか。すでに携挙によって守られているのであれば、それを奪おうとするものもいないのに「しっかりと持つ」ことが求められるのでしょうか。あるいは「勝利を得る者を~」とありますが、携挙によってすでに「勝利を得た」のではないのでしょうか。患難時代を通過するからこそ「その試練に対して励ましが与えられたのだ」と考えたほうが、自然なように思えるのですが。


・マタイ:24章30節で「人の子が天の雲に乗って来る~」と書かれた後、続く31節で、「彼(人の子)によって選ばれた人たちを四方から呼び集める」とあります。大艱難前に携挙がある場合、「彼(人の子)によって選ばれた人たち」とは誰のことでしょうか。

・テサロニケ第二:2章2~4節
当時、パウロの置かれた状況の中でも「主の日がすでに来てしまったかのように言うものがいても」と書かれています。実際、そう言う者がいなければ、このようには書かないでしょう。パウロはそれに対してどう助言したでしょう。「すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち減びの子が現れなければ、主の日は来ない」からです」と延べ、「携挙が起こらなけれぱ、主の日は来ない」とは述べませんでした。また、艱難前携挙であれば、その前にまず「背教が起こり、不法の人、すなわち減びの子が現れ」ていなければならないということになります。さて、携挙(救い)と不法の人(減びの子)では、どちらが見分けやすいのでしょうか。


再臨は、黙示録だけではなく、新約・旧約聖書の多くの部分に書かれているので、再臨時の解釈も人によっていろいろです。黙示録だけでなく、旧約のダニエル書、新約の福音書のイエスの予言、テサロニケ第一、ゼカリア、エゼキエルなどをあわせ読む必要があると思います。ただ、それだけ広範囲にわたれば、異なる解釈がされるのは当然かも知れません。

さて、ワタクシの個人的な疑問点としてもう一つ、初期クリスチャン達は「生きて主の再臨を待ち望んで」いたという印象が非常に強いのですが、仮に、大艱難前、或いは再臨前に携挙があるのであれば、何故、誰一人として、携挙を最優先して待ち望まなかったのでしょうか。


・・・・と、まあ、ここまで書いてきましたが、確かに、調べていくうちに艱難前携挙説というふうに、受け取れなくも無い解釈の仕方もあるような気もします。ワタクシ自身も勉強中ですし、理解不足や誤解なども多々あると思います。もし、ワタクシのこの意見をバルナバさんが読まれて不愉快な思いをさせたのであれば遠慮なく仰ってください。また、間違いがあればいつでも遠慮なく指摘してくださいね。誤字、脱字などがあればお許しください。まあ、これに懲りずに、いつでも気軽に声掛けていただければ、うれしく思います。ワタクシにとっても、改めてよい勉強になりました。バルナバさん、感謝します。<(_ _)>

主イエスが、このブログでの皆さんの集まりを喜んでくださることを願って。

>ザアカイさんへ。

長々と書いてしまいましたが、場所を提供してくださり感謝します。<(_ _)>
ヘッポコクリスチャンですが、今後もよろしくです。(最近、ヘッポコがパワーアップしたらしい・・・( ̄▽ ̄;))

あ・・・それから、ワタクシ、紛れも無く「高校中退」です。( ̄‥ ̄)=3 (威張ってド~スルッ!ヾ(- -;))

神様がよくご存知ですので。ハイ。(;^ω^A

わたぴーさん、今晩ははじめましてかな?
アン・シャーリーと申します。よろしくお願いします。

少し私の理解と違っていたので書き込みします。あまり気になさらないでください。
さて「第一の復活」のことですが、奥山実氏の「世の終わりは近い、黙示録講解」では、「では第一の前に復活はないのか?実はあるのです。第一のことばにしがみつくと解釈がゴチャになります。それが患難前携挙とセットのはじめの復活です。
では第一の復活とは何か。第ニもあるのか、実はこれもあるのです。‥」とありました。
今手元に本がないので記憶で書いていますが、時間ありましたら詳しい内容をまたお知らせいたします。

わたぴ~さん、ご苦労様でしたm(__)m。
ええ~、この解説をわが拙いブログのコメ欄で終わらせるのはもったいないです。
是非ともご自身のブログ記事にエントリーとしてアップしてください。
貴重な参考文献となることでしょう。

それと私が感じたことを一つ。

いずれにせよ、近いうち・・・真実がはっきりするので
騒いだってしょうがないのだから、携挙に関してはこの辺で打ち止めということでどうでしょう?
人間の理解は完全ではないんだから、いくら議論したってわかるわけがないと思うのです。
もし間違っていたら、その時点で悔い改めればいい事です。
プライドを粉々にされ、自分に死ねるのだから感謝です。

私は間違って理解していたからと言って、ある四国の女伝道師の言うように
裁かれるとは思いません!

今ならまだ間に合う、必要以上にこだわり、エスカレートすると

愚かで無知な論議をやめなさい。それは、あなたが知っているとおり、ただ争いに終わるだけである。

第二テモテ 2:23

御使いのかしらミカエルは、モーセの死体について悪魔と論じ争った時、相手をののしり裁く事はあえてせず、
ただ、「主がおまえを戒めて下さるように」と言っただけであった。
しかしこの人々は自分が知りもしないことをそしり、また、分別のない動物のように、ただ本能的な知識にあやまられて、
自らの滅亡を招いている。

ユダ書9~10

となってしまうリスクを伴う気がします。
これは主の御心ではないはず。

>私たちにとって必要で十分なものは聖書です。
>私たちを救う、キリストの贖いに勝る奇跡はありません。

私がもっとも尊敬する小石牧師がおっしゃいました。
実に簡単明瞭!好奇心旺盛でなんにでも首を突っ込みたがる私は目を覚まされた思いでした・・・

わたぴーさん
わたしも、上に上げられたテサロニケの聖句で、同じ疑問をもっていました。。
わかりやすく説明してくださってありがとうございます。
こればっかりは、何度も言いますが解釈の違いになりますね。。信仰の違いではない。同感です。

わたしが感じたことと、疑問をすこし。。
黙示録7章 144000人の僕に印が付けられる。(彼らはまだこの地上でいきている、聖徒達なのでしょう)彼らに印が付けられた後、4人の御使いが地と海とを損なう。。これは黙示録第8章7−12節??)これが2人の証人、もしくは144000人が存命中におきる伝道活動の
間に起こることなのか。。

黙示録14章 144000人が子羊とシオンの山にたっている。御座の前新しい歌を歌っていることから、艱難中の3年半の伝道期間に144000人が殉教することを意味するのでしょうか?

黙示録20章4節 イエスの証をし、神の言葉を伝えたため。殉教者がまず復活するといいます。。
それではけい挙された人々は、もしくは殉教ではなくて艱難中に災害や病気で命をおとし、
そのなかで信仰を保った人々は、、1000年後の(文字同リ1000年かは謎ですが)
第2の復活が来るのを、黄泉?もしくは天国で待機するのでしょうか? 
黙示録14章13節には艱難の後、主にあって死ぬものはー労苦を解かれて休むとあります。
わたしは、けい挙まで生きながらえるかはわからないので、がんばって命の書にかかれるよう、信仰を保ちたい。。 

アンさん
奥山実牧師は、けい挙が艱難前に起こるという信仰を持ったものは、けい挙されると解説しているようですが。疑問です。神は不公平な方ではないはずです。
もし艱難前にあるとしても、神が選ばれるのであって、私たちの意志でどうにかなるものではないと思うのです。決定するのは当然ですが、神です。
マタイ20章の20−23節で 使徒がキリストの右と左に座ることについても、それは神によって備えられるとキリストはいいました。

enjeruさん
あなたの信仰心には、わたしは到底及びません。ただ以前おっしゃられた、言葉が気にかかっています。 艱難前にけい挙がなかったら、主に喜べない。。というもの
先輩であり、尊敬するクリスチャン姉妹に、私がこのようなことをいうべきでないかな。。と迷いましたが。。けい挙、艱難中でもいいじゃないですか?
主にあって信仰を保ち、 ローマ6章22.23にあるように、主における(神のエルサレムでの)永遠の命という賜物をいただけるのですから。
あなたほどの信仰の持ち主が、弱気にならないでください。
今までのように、必ず支えてくださるはずです。

箴言13章13節
望みを得ることが、長引くときは、こころを悩ます。 願いが叶うときは、命の木を得たようだ。

でも、100%、けい挙の時期は断言はできない。。という結論です。ただ、けい挙が艱難前でなくても神は私たちを愛し、守ってくださることを確信していることを、伝えたかったのでした。。

ザアカイさん、いつも長文すみません。

どうも サマリアです サマイア。。ではありません。
ザアカイさん、行き違いでした。
神とキリストにますます、信仰を強めていただけるよう、み言葉の危機の時代にも
聖霊を送ってくださるよう祈るのみです。

わたしも、enjeruさんを始め、皆さんの信仰の強さにおいつけるよう、
必死に成長しなければ。。。とりあえず、聖書通読。。。
旧約は、私には少し固い食物なのか、消化が悪くなりますが。そういうときにはわたぴーさん、胃腸薬となって助けてもらいます。happy01

わたぴ~です。<(_ _)>

皆さんすみません。<(_ _)> 長々とした書き込みでお騒がせしてしまったようです。
テサロニケ第一:4章16、17節、コリント第一:15章23節24節だけでよかったですね。
ここには順序が書かれているわけですから、「この順序を前提としない解釈は、どこかで勘違いがあるのではないか」ということで十分だったと思います。

ザアカイさんへ

>いくら議論したってわかるわけがないと思うのです。

ハイ。ご心配ありがとうございます。<(_ _)> そんなつもりは全然ないので、その点は大丈夫ですよ。(*^-^) ただ、やりずぎ(書き込みすぎ)て、お騒がせしてしまったことは事実です。
UPした後に「しまったぁ~っ!!」と・・・。∑( ̄ロ ̄|||) バルナバさんからの返信がどのような内容であっても、最初からこれで打ち止めにするつもりでしたから。

>バルナバさんへ

今回のことで少しご迷惑を掛けてしまうような形になったかも知れません。申し訳ありません。<(_ _)> 
論争するつもりなど頭からないですが、ワタクシが少々やりすぎて(書き込みすぎて)しまいました。どうかお気になさらず、これからもこのブログへ参加なされるようよう、願っております。

>アン・シャーリーさんへ

>少し私の理解と違っていたので書き込みします。あまり気になさらないでください。

だいじょうぶですよ。(o^-^o) アンさんこそ、そんなに気を遣わないでくださいね。自分の解釈が絶対だなんて、ワタクシ思ってないですから。ただ、奥山実氏云々ではなく、「聖書を用いて」アンさんご自身の信仰理解を示していただければ、嬉しく思います。

>サマリア人 さんへ

疑問の点については、うちのブログのほうで扱わせていただきたいと思います。<(_ _)>

>胃腸薬となって助けてもらいます

「胃腸訳」だったりして・・・((( (_△_;)(オイオイ)

解釈の違いはともかく、出来るだけ誤解されずに伝えようと思った結果が、良くない方に出ちゃいましたね。(vv;)

こちらの方へは、しばらく謹慎して自己反省いたします。<(_ _)>


わたび~さん「主にある兄弟」として感謝します、こちらこそよろしくいお願いします。
携挙の後にお会いできるのを愉しみにしています。(合言葉は子羊通信ですよ)
 私は艱難期中携挙説です。それもど真ん中です。

>「生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません」

私もこの聖句を探していたのですが、この部分は『第一の復活』とは考えていません、これも携挙だと思います、それも肉体を伴なった。
(肉体を伴なった携挙なら復活だろ~ってわたび~さんのつっこみが聞こえそうですが)

テサロニケⅠ 4-13~18ですが
テサロニケの人たちが自分たちの生きている間にイエスさまの再臨が在ると信じていたのですが、その内の幾人かは
すでに死んでしまいました(眠った人々です)。そして死んでしまった人達の事で不安と失望が有ったのです。
しかしパウロはイエスさまの死と復活をテサロニケの人達は信じているのですから、死んだ人達はイエスさまの再臨の時に復活しますよ
、つまりここで大切なのは、不安の原因であるすでに死んだ人達との再会を語り、失望した人達を慰める事でした。
(御国が来る時に生き残っている人々に特別な祝福が有ると考えられていたようです)

その時に復活した人達と共に生きている人達が携挙されるのです。
『次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、
私たちは、いつまでも主とともにいることになります。』 テサロニケ4-17ですが

「一挙に引き上げられ」はギリシャ語の(ハルパゾー)で出来事の力強さと突然性を示しています。
「いつまでも主と共にいることになります」この聖句が最も大事で「主と共に」はギリシャ語のシュン・キュリオーでキリスト者の
死と復活の後にのみ使われる表現です。パウロはここでイエスさまの死と復活を中心とした望みが単なる個人的な望みでなく
キリストの教会全体、神の民全体の唯一の望みであるから、はっきりとした知識によって(イエスさまの約束のみことば)「互いに
慰め合いなさい」と言っています。
私は再臨(来臨であって地上再臨ではない)、携挙で『第一の復活』については語ってはいないと思います。

さてその『第一の復活』黙示録20:4ですが
『 また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、
イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印
を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。』

殉教者だけだとは思っていません。(特にこの箇所、はこれから来ようとしている獣(反キリスト)対するものです。)そうだとすると
千年王国は殉教者だけになってしまいます。使徒達や聖徒達、キリスト者として天国へ帰っていった多くの人達も『第一の復活』に
に与れます、つまりイエスさまの地上再臨までにキリスト者として死んだ人々全てです。
 この後地上では艱難期を生き延びた多くの人達もいます。そして千年の後サタンは開放されて人々を惑わし、キリスト者に戦いを
挑みますが天からの火で焼き尽くされます。

『あなたがたに言いますが、その夜、同じ寝台で男がふたり寝ていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。
女がふたりいっしょに臼をひいていると、ひとりは取られ、他のひとりは残されます。畑に二人の男がいれば、一人は連れて行かれ、他の一人は残される。』
ルカ17:34~36
キリスト者が全員携挙される訳では有りません。
同じ環境にあっても携挙されるか、されないかはイエスさまの憐れみに拠ると思います。
私的には、獣(反キリスト)はキリスト者を殺す事が許されているし、反キリストに抵抗し殉教する為に残されると考えています。
私たちは肉体を滅ぼす者を恐れてはいけません、魂を滅ぼすお方を畏れなくてはいけないのです。それこそが『神の守り』だと思います。
どうでしょうか、わたび~さんのレスとして書いたのですが皆さんはどの様に考えますか?
(未熟な文章やあくまでも私的解釈なので、読みずらい所や、辻褄の合わないところはご勘弁を・・・) 

わたび~さん久しぶりにこの箇所を読み返してみて、意外と読み飛ばしている聖句があるものだと思いました。
沢山の人達がイエスさまの方に心が向くと良いですね。

PS:ザアカイさんすみませんこれでこの件は最後にします

おはようございます。とりあえず今回に限って奥山実氏の著作を参照に携挙について書き込みします。

──第一の復活にあずかる者とは、大患難に苦しみを通って妥協しなかった人々のこと
では携挙された人たちはどうなるのか?
20:4
すでに「ある人々がさばきの座についている
19:7、8
「小羊の婚宴」とある
つまり携挙された人々は、このところで婚宴を済ませているので第一の復活の時に携挙される訳ないのです。
ですから携挙は第一の復活の前にあるのです。第一の復活というのは患難時代の殉教者に起こること
第一の復活の時にしか、聖徒の復活はない、となると無理がある。というのは、マタイ27:51-53にも復活はあったからです。また二人の証人も復活します。このように第一の復活前にいくつかの復活があるのです。
このように第一の復活がある、ということは復活はここにしかないから、携挙もこの時に起こる、というのは無理な解釈です!


ですから千年王国とはこの時に復活した人 その前に復活した人 携挙された人 そして何よりも救われたイスラエルの人々が治めるのです。携挙は大患難前の2000年 何時でも来て良いのです。ですから今日かもしれません。
携挙を患難前にもってくるのに反対する人々は教会が全部ラプチャーされると考えだからです。
しかし実際には取り残される人々が多い。
20億のクリスチャンがいると言われてますが、そのほとんどは携挙を否定します。ラプチャーという言葉さえ知らない人もいます。ヘブル11:5

携挙は特別な恵みなのです!この恵みにあずかる者は本当に幸いです!パウロの再臨待望の姿勢は携挙待望です! 主よ来てください。花嫁が結婚の時に胸ときめかせその日を待ちます。携挙は逃避なんかではありません!今日か今日かと花婿を待つ健全な教会の姿なのです!一気に雲の中に引き挙げられ、空中で主に会うことを待望したのです!それが花嫁のあるべき姿なのです!だから携挙を信じな者は今日か今日かと主を待ちませんので、五人の愚かな女のようになって「私はあなたを知りません」となるのです。

わたぴ~です。<(_ _)>

>バルナバさんへ

ワタクシの意見を快く受け入れた下さった上に、丁寧に回答していただき大変感謝いたします。(vv)
現状における解釈はそれぞれですが、バルナバさんの仰ることも、よく分かります。意見の違いはあっても、バルナバさんとはいろいろ実りの多い話ができそうな気がします。「合言葉は子羊通信」ですからね。その時はどうぞよろしく。(vv)(*'-'*)

>アン・シャーリー さんへ

>携挙された人々は、このところで婚宴を済ませているので第一の復活の時に携挙される訳ないのです

今回はバルナバさんとの質疑応答でしたので、この点については、あえて省かさせていただきました。どうかご容赦ください。。<(_ _)>

・・・ということで、こちらの方へは、しばらく謹慎して自己反省いたします。(vv)

どうもキリスト教関連のブログをやっていると、デーモンのパシリの霊が紛れ込むようです。
面倒なのでスルーしたいのですが、管理人としてそうも行かないようです。
はっきりと言わねばわからないようですね。アンさん、イエローカード一枚。

気は済みましたか?極端な信仰は危険だと思う。
100%艱難期前携挙を否定するわけじゃないし
自分の信仰、解釈、考えを主張し、ある程度ディスカッションするのは有益だと思う。
しかし信仰を押し付けるのは個人的に嫌いです。

あなたは未来をあなたの目で見てきたのでしょうか?
解釈の違い以上の何があると言うのでしょう?

>だから携挙を信じな者は今日か今日かと主を待ちませんので、五人の愚かな女のようになって「私はあなたを知りません」となるのです。

→曲解です。はっきり言います!強制、脅迫であって信仰ではない。
厳しいようですけど
まるでエデンの園で騙されたエバのようです。
これから、大艱難がやってこようとしている時に、霊的備え、ガードを緩めさせる非常に危険なサタンの惑わしに感じます。

かなりティム=ラヘイの「レフト=ビハンド」の影響を受けているようですね。
ラヘイ、ハル=リンゼイのスポンサーは文鮮明でした。その元になっている幻視者マーガレット=マクドナルドはウィッチでした。
J=ダービーもメイソンでした。
誤解の無い様に言っておきますが、すべてが間違いだとは思ってません。
しかし、巧妙に毒が混ぜられてます。

携挙されるもよし、されなければ、3年半耐えることを考えればいいのでは?

携挙は、キリストによる罪の贖い、復活、再臨の希望より素晴らしいものなのですか?
ニューエイジャーが好むアセンション(次元上昇)じゃありません。
どっちだっていいじゃないですか、そこまでこだわる理由が私にはわからない。

ペテロは携挙されなかったことを恨みながら逆さ十字架にかかったのですか?
パウロは「何故携挙してくれなかったのか」と主を恨みながら獄死したのですか?
違うでしょう?

キリストの十字架の救いというのは、「死んでも生きる」という希望ではないのですか?
キリストだって一度死んでいるのです、虫が良すぎはしませんか?

携挙が艱難期前になかったとしても、肉の命が尽きて再臨に立ち会えなくとも
サタンが滅び、神の国が成就して、統治権が神に帰し
真の平和が訪れるのならそれでいいじゃないですか。

私は携挙にこだわるよりは、「火のような試練の中においても
堅く信仰を守り通すことの出来る、ネロの迫害の時の老ペテロに見る、主にある知恵と勇気」を主が与えてくださる方を選びますがね。

最後にもう一度だけ言います

>だから携挙を信じな者は今日か今日かと主を待ちませんので、五人の愚かな女のようになって「私はあなたを知りません」となるのです。

悔い改めて、サタンの惑わしから離れてください。
あなたの信仰は間違っている。
ここの箇所は携挙のみについて語っているのではありません!
私はこのブログを「仲良しクラブ」にするつもりは毛頭ありません。

わたぴーさん
>解釈の違いはともかく、出来るだけ誤解されずに伝えようと思った結果が、良くない方に出ちゃいましたね。(vv;)

そうですね。 
わたしはいつかは断定できないけどけい挙はあると信じています。
それは皆さんに十分わかっていただけたと思います。

バルナバさん
解釈を興味深く読ませていただきました。
艱難期中とは、金の鉢の災害、つまりかりいれのことでしょうか。(わたしはそう推測しています)

アンさん
わたしは、(以前にもいいましたが)クリスチャンと呼ばれている人、全員がけい挙されるなどとは思っていません。
バビロンの教えに侵されていることに気づかない、また形だけのクリスチャンはけい挙にあずからないでしょう。ある意味で選ばれた人々というのには同意します。
以前 allegro さんでしたよね。。 がおっしゃったように、けい挙が艱難前だとしても、艱難中期だと予想している人でも、もしくは情報不足でけい挙をしらなかった強い信仰を持つ誠実なクリスチャンも、神が選んだ人はけい挙されるでしょう。。
愚かな娘というのは、おそらく悪霊のすむ金が降るような、怪しい教会のクリスチャンや、形だけの信仰のないクリスチャンのことだと推測します。

わたしは、艱難中けい挙だとしたら、艱難初期に、2人の証人とおそらく144000人が伝道するときに、信仰を持つ人々もかりいれのときに、けい挙されると信じています。
ぶどう園で、最後の1時間しか働いてなくても。。わたしはさしずめ8時間中、2時間でしょうか。
(洗礼は受けてないものの、以前より強い信仰をもったときと考えると。。)
神は、8時間働いた人も最後の1時間(もしくは30分?)しか働いてない人にも、同じ扱いをされます。人間からみたら8時間と1時間の労苦の差をみて、多く働いたからもっと報いを受けるべきだ!と思うかもしれませんが、賜物をあたえる権限をもつかたは神であります。
神は不公平ではないこと。神の権威を私たちは認識する必要があると、キリストは伝えたかったのだと思います。

ザアカイさん。
すみません。また出過ぎました。。coldsweats01
次回からほかの話題にします。
どうしても 私には神のことを、愛情ある天のお父さんであると同時に、厳しいが公平な最高の君主という意識がつよいのです。
enjeruさんのように愛するイエス様と呼べず、ハトのようなこころになかなか、なれないのです。せいぜいからすかな。
クリスチャンになることは神の愛される子供となる、と同時に神の兵士といいますか、将軍につかえる武士のような
心構えが必要な気がするのです。
時代小説を読みすぎたのかも...
わたくし、司馬遼太郎の作品では、世に棲む日々の吉田松陰にとても感銘をうけました。人徳また、心構えのすばらしい人であったと思います。

かつて高杉晋作が吉田松陰に、男児の価値ある死とは何か?と問うたとき、(サマリア人は女ですが考え方が中性なのかも)松蔭は ー 死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつまでも生きるべし。僕の所見にては生死は度外におきて、ただ言うべきと言うのみ。。 と、かれは安政の大獄で30才と若く処刑されました。
クリスチャンにもあてはめられるかな?と感じましたが。
いかに。happy01

すみません。 また行き違いでした、書くのに時間が かかってしまって。。
ザアカイさんに先に送られてしまいました。

のびたです。

私が、8月22日の書き込みで、この「携挙」問題から次のステージにもっていこうとしたのですが、ちょっとずれましたね。

さすが、ザアカイさん、どうするのか見ていましたが、やはりしっかりした管理人でした。終わらせましたね。

このサイトは、キリスト教系で最大の読者を得るだろうと感じていますので、今後もがんばって下さい。

私は、このたびはこのコメ欄に書き込みすぎましたので、しばらく沈黙します。

のびたさん
次のステージ気になります(性懲りもないサマリア人coldsweats01
のびたさんのブログでできれば取り上げていただけると嬉しいです。
信仰の成長には、クリスチャン同士、励まし合い、学び合うことも助けになると思うからです。
勿論、参考とする場合もありますし、わたしの考えとちがうかな。。ということもありますが、

ザアカイさん
教会見学してまいりました。。
今日は、福音派(ルーテル系)の自由教会とよばれる、10人程のひじょうに 小さな群れでした。
福音派の小中一貫学校の教室の一室を借りておこなわれる、本当にちいさな群れです。
実を言うと家から一番近い教会だったのですが、いままで見ていませんでした
(学校関係者の教会かなと?思い、いくのをためらっていましたが、実際は全く関係ないようなので安心しました)
自由教会なので一般のルーテル派と違い、長老のような代表者がいるだけで、牧師はいません。
幼児洗礼も行わず、幼児には祝福の言葉をかけるのみとなっているとのこと。その点ではバプテスト教会に似ています。
第一印象はよかったので、また見にいきたいと思います。
とりあえずルシファーの目はありませんでしたから。。なにせ、視聴覚室のような部屋にちいさな木の十字架をテーブルの上に置いて行われる、アットホームな礼拝です。

教会にいくと、まるで同郷の人たちにあったようでほっとしますね。とくに現代のあくせくした、物質的な世のなかで
安らぎを得られる気がします。 
家族と言えど、旦那は基本的に宗教,信仰に寛容なものの、残念ながら神が人間を作ったなど、信じない無神論者ですから。。(旧東の人間ですから,共産主義の両親と国に培養されてます)私だけでも強い信仰を持たないと、私に免じて?家族を助けられません。
ですから、強い信仰を持てるよう、必死なのです。
皆さんと同様、家族みんなで、神のエルサレムでも暮らしたいからです。

また、教会の人に聞いたところ、旧東にもクリスチャンはたくさん存在していたようです。禁令ではなかったようです。
ただ、共産主義の成人式ともいえる(キリスト教の堅信礼のかわり)が14才のときに盛大に祝われたそうですが、
いわば共産主義に忠誠を捧げるようなものですから、
クリスチャンのなかには、この成人式に参加しなかったひともいたようです。 その罰?として、かれらは学校の中庭を掃除する役目を与えられたりと、中傷もあったようです。
また、学業の優秀な人でも、厳しい共産主義の教師から、1段階低い不当な評価をつけられることもあったようです。
大学に進学するのも、非常に限られた人だけで、基本的に共産主義者でないと大学に行けなかったとのこと。
つまり、共産主義の成人式を拒否するような人は進学は出来なかったということです。
旧東のクリスチャンのなかにも、ある意味、獣の印を拒否した人々がいたのでしょう。これからの心構えとして、非常に参考になりました。

サマリアのドイツ教会レポートでしたhappy01

>愚かな娘というのは、おそらく悪霊のすむ金が降るような、怪しい教会のクリスチャンや、形だけの信仰のないクリスチャンのことだと推測します。
>死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつまでも生きるべし。僕の所見にては生死は度外におきて、ただ言うべきと言うのみ。。

→サマリア人さん、私が牧師だったら、「今すぐ!洗礼受けましょ!」って迷わず言いますよ(^_^)v。

nnobitaさん、私の目に狂いはなかったです(良かった)。
やはり最高ですよ、こうして後ろにアドバイザーとしていてくれるから、私も思い切って書けるのです。来てくれると思ってました。
お恥ずかしい話・・・プロテスタントにもサタンは巧妙に入り込んでいるようです(涙)。
こんなどうでもいいようなブログにさえやってくる・・・
霊的ガードは常に必要ですね!

それはそうと、あまりプレッシャーかけないで下さい。
私はnnobitaさんこそ、カトリックからレムナントを引き出すミッションを授かった器だと思っているんですから。

ついでだから、最後にこぼれ話(ーー;)

教会へ行く前にネットはやるもんじゃないですね(/_;)・・・
自分のブログが気になって礼拝どころじゃありませんでした(涙)
今だかつてない、最悪、最凶の礼拝でした・・・
「ざまあ見ろ!私に楯突くからだよ!」とサタンの高笑いが聞こえました・・・

説教も何しゃべっていたか全然覚えてません、
賛美歌も口動かしてるだけ、気が散って祈りにならなかったです(主よ、このバカモノをお許しください)
ただ、テサロニケを例にとって
「当時、テサロニケの人々は携挙が気になって気が気じゃなく、仕事にならなかったようです。
 主は働かざるものは食うべからずとも聖書で言ってます、極端に走らず、均等の取れた信仰生活を歩みましょう」
というところだけ覚えてました!
私はまさに「これだよ!」と・・・感謝!

まるで私の心を見透かしていたような・・・プチ奇跡でした。


今度は私が行き違いのようですね(笑)。
サマリア人さん、教会レポートありがとうございました。
ドイツの現地情報は本当に貴重です。

>教会にいくと、まるで同郷の人たちにあったようでほっとしますね。とくに現代のあくせくした、物質的な世のなかで
安らぎを得られる気がします。 

→これが教会のいいところなのですよ(^_^)v。

PS;私って本気モードになると・・・顔文字や(笑)、(涙;)を一切使わないようです・・・いまさらながら気付きました。


>死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつまでも生きるべし。僕の所見にては生死は度外におきて、ただ言うべきと言うのみ。。
前者は キリスト、後者は、ヨハネ、パウロ、ペテロといえるでしょうか?
近年の方では、後者にカトリックのマザーテレサも当てはまると思います。

→サマリア人さん、私が牧師だったら、「今すぐ!洗礼受けましょ!」って迷わず言いますよ(^_^)v。
ありがとうございます。。でも、まずは心地よい教会を、決定しなければ。。
でも今日の小さな群れ、以前のバプテスト教会、候補です。
それから、洗礼受ける準備の勉強をするとおもうので。。。最短で1年ぐらいでしょうか。
万が一、洗礼を受けれなくても(艱難がはじまって洗礼が困難になっても)こころの洗礼を
神と、キリストに捧げようと思います。

しかし、ロシア。。さすがに我慢強く見守っていたドイツも、フランス、アメリカ、イギリスについで、ロシアに警告を強め始めました。
その矢先に今日、ゴーリから5kmはなれたところで、アゼルバイジャンからのグルジアの黒海沿岸の町バツミに向かう貨物列車が爆発を起こしました。当局は地雷によるものだと報告しています。
一週間程前にも、グルジアの重要な鉄道網上の橋が爆撃によって破壊されました。
グルジアはロシア軍によると告発し,ロシアはそれを却下しています。。
どうも、まだまだくすぶっていますね。

>前者は キリスト、後者は、ヨハネ、パウロ、ペテロといえるでしょうか?
近年の方では、後者にカトリックのマザーテレサも当てはまると思います。

→そうですね、もう少し拡大解釈するなら、我々にしてもそうですよね
前者、後者双方に当てはまるかも?

>でも、まずは心地よい教会を、決定しなければ。。
>こころの洗礼を神と、キリストに捧げようと思います。

→そうですね

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