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2007年8月 2日 (木)

キリストの十字架とは~読者の誤解を解く

 ザアカイです、あと一本アップする記事が残っていたのですが、その前に、キリスト教に対する誤解を解かねばなりませんね。別に読者全員が福音を受け入れてくれるなどとは思ってませんし、わかる人だけがわかればいいと思っています。自分も小石牧師の著書と聖書と出会ってから、キリストの福音を心から受け入れるまで10年近くの月日を要してますから別に驚くことでもありません。どこぞやのカルト教のように、脅迫、強制で回心したところで意味ないですし・・・あくまで自分の自由意志で!受け入れる以外に道はないと思っています。

 なお何度も言わなくてはならないのが残念ですが、ここは議論の掲示板ではありません。挑戦を受ければ私はいくらでも買います・・・徹底的にやりあう覚悟もあります、その位の覚悟がなければこのような性格のブログを運営する資格はありませんから。しかしそれほど私暇ではないのです、まだまだやらなければならないことが多々あります。そしてそれは神の御心ではないはずだし・・・また、そのような非友好的なコメントを削除するほど、私、軟弱ではありません、残しておきます。悪い癖で、迫害されると血わき肉踊るのです、体の奥底に追いやったはずの戦闘的な心に火が点いてしまうのです。私も人間、聖人君子ではありません、どうぞお許しいただきたい。

 一度だけ反論します。それで気を悪くし、不快な思いをしたのであれば、もう二度とこのブログにはアクセスしないでいただきたい。ここはわがホーム=グラウンドですから・・・それでもわからないようなら、それなりの措置をとらせていただきます・・・

>ユダはイエスにモーゼやマホメットのような異教徒・異民族と戦ってくれるような民族の英雄になってくれることを期待した。しかしイエスはそうしなかった。そして磔にされたのです。

→イスカリオテのユダは確かにこのように考えたかもしれません。しかしこの程度のレベルで投稿などしないでいただきたい。これではいかにも浅はか、木を見て森を見ていないという見解です。この世的な唯物論者、物質世界至上主義者の考えです。我々は眼に見えるこの世の一時的な世界のみを見ているのではありません。我々人間の罪を贖うにはそれ以外に方法がなかった。そして一度死んで甦るというのは、我々人間の雛形=我々も同じ復活に与るということを主自らが証明してくださったのです。キリスト教とはまだ未完なのです。聖書の神=主イエスがユダヤ民族だけの神だと思ったら大間違いです。人類すべての神=創造主なのです、そのことを世界的に宣べ伝えるためにまずは、ユダヤ人を選んだというだけのこと。異民族、異教徒と戦って民族の英雄になるなどという猿山の大将的考えなど人間だけのもの、そんな我々人間が考えているような小物ではない。もっと大いなる使命を持たれて人として、受肉して、文字通り罪の贖いの子羊=救い主として初臨されたのです。そして復活して昇天、最大の敵である死を滅ぼしたわけです。ローマ時代に来られた目的はそこまでだったのです。本番はこれからなのです。今度来る時、いわゆる再臨の時は、期待通りに、王の王、万軍の主、戦闘の総司令官として来られる事でしょう。あのヨハネでさえ気絶した恐ろしい姿をして来られるはずです。もし運良く再臨の場面に立ち会えるなら、感激のあまり涙が流れることは間違いないでしょうが、はたしてその恐ろしさの為、それ以前に気絶するかもしれませんね。

そして Kingdom of God のさきがけともいうべき千年王国が完成するのです。今度こそ!裁き主としてかつ、メシヤとして来られるのです。この世の君=サタンに破壊しつくされたこの愛すべき地をも取り戻すために!

・・・まあ、信じる信じないは自由です。そして私のことを頭のイカレタ狂人と思ってくださっても結構です。それくらいの覚悟をもってブログを書いているということをご理解いただきたい。伊達や酔狂でやっているのではありません。私だって得意分野ではありませんが、この程度の福音を語るくらい・・・主イエスは武器として与えてくださってます。単なるPC前の陰謀マニアだと思っていたら大間違いです・・・

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コメント

 聖書では、栄光の救い主と苦難の救い主の預言があります、ローマ時代ユダヤ人はローマからの開放を願って栄光の救い主を待ち望んでいました。しかし、神は全人類を救うために苦難の救い主をこの世に使わしたのです、そして栄光の救い主はザアカイさんの言ってる通り再臨の救い主です、私たちはこの救い主イエスを私自身の罪の贖い主と信じているのです。

バルナバさん、ナイスフォローありがとうございます。さすがわかってらっしゃる。

→以下少し訂正いたしました。イスカリオテのユダがそのように考えたであろう事は事実だったでしょうから。

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