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2006年8月26日 (土)

使徒ペテロについて一言、「主よ、いずこに行き給う」

今回は、毎週ありがたい神の御言葉を取り次いでくださる、小石牧師の礼拝説教集というHPメッセージから一部抜粋させていただき、ペテロについて伝承ではありますが、いつも勇気を与えてくれる箇所から紹介したいと思います。主イエスを三度拒んだ弱きペテロというイメージが、どうしてもつきまといますが、使徒行伝、そしてここでのペテロは、さすがは筆頭弟子、主によって疑うべくもなく変えられたという「かっこいい」ペテロの姿を見出す事ができます。聖書の記述にはないので、知らない方も多いと思います。とにかく読んでみて下さい。私は、まだ教会へ通い始める前に読んだのですが、気がつくと涙が頬を伝っていたのを覚えています・・・未信者の方でも感動するのではないでしょうか?とにかくかっこいいです。人生で壁にぶつかった時、私は老ペテロを思います。立ち向かう勇気があたえられますから・・・

―引用開始―

その後のペテロの足跡は、はっきりとはしません。しかし、使徒のあとの時代の第一クレメンス書簡にはペテロがローマで殉教したと書かれています。それを元にしたのでしょうか19世紀のポーランドの作家シエンキヴィッチはすばらしい物語を書きました。『クオ・バ・デス・ドミネ』(主よいずこに行き給う)という名のこの小説はローマ皇帝ネロの迫害の時の様子が見事に書かれています。大迫害の中クリスチャン達次々と犠牲になります。弟子たちはペテロにローマを脱出するように願います。あなたひとりは私たち数万人にも当たりますどうぞ逃れてください。
ついにローマを後にして郊外に出たペテロは向こうの空に輝く光を見ます。それはやがてペテロの横を通り過ぎようとしますが、弟子たちの目には何も見えないのにペテロの目にはその光の中に主イエスが見えました。ペテロは問います。「クオ・バ・デス・ドミネ」“主よいずこに行き給う”。主は答えられます。「ペテロよ、あなたが私の羊を捨てて逃れるなら、私はローマに行ってもう一度十字架に掛かろう」
「主よ申し訳ありません」老ペテロは驚く弟子たちを尻目にくびすを返してローマに帰ります。そしてついに捕らえられ十字架刑に処せられます。その時、ペテロは私は三度も主を否んだ者だ、主と同じ十字架に掛かることなど出来ないと、両方の腕木が下にある十字架にさかさまに掛かり殉教したと伝承にはあります。
弱く、無学で、普通の人だったペテロ。しかし、彼は幼子のように主に従いました。彼は常に真実でした。ガリラヤ湖の無名の漁師は歴史上もっとも有名な人となり、キリストの教会の柱となりました。

注:太字、下線、ザアカイによるもの

メッセージ 2000/7/9 ペテロ(3)

―引用終わり―

どうですか?かっこよすぎませんか?

このメッセージを読むなら、「ダ=ヴィンチコード」「ユダによる福音書」などが、いかにでっち上げられた蛇による嘘、偽りであるかがわかると思います。キリストの真実というものはこういうものです。わかる人にはわかるはずです。

全文読みたい方は↓

小石泉の礼拝説教集:http://www.ne.jp/asahi/petros/izumi/

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